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巡り歩く旅人

 じゅうじゅうと魚が焼きあがる厨房の中、どさどさと届けられる魚の山。

 僕がコンロの前で魚の様子を見守っている横で、ブルーが魚の大小などを確かめて使用目的に合わせてより分けていた。まぁ、うちはあえて小魚を選んでいるというか、数を揃えられない極端な大物を仕入れないようにしているから、大小なんてたかが知れているんだけど。


 僕の家は、あまり魚を食べない家だった。

 せいぜい秋ごろにさんまを食べるか、鍋に入れるか。それか弁当だったりお惣菜だったりで食べる程度。だから、口に入れた魚の種類なんて、容易に数えられる程度だと思う。

 回らない寿司は当然のことながら、回る寿司も食べたことはない。

 近所になくて、なかなか行く機会がないままだった。家族みんなどっちかっていうと肉類の方が好みだったから、そっちはファミレスなんかを中心にわりといろいろ食べたと思う。


 そんな有り様なものだから、魚によって適した料理方法があるなんて。

 当然、そんなこと知るわけもなかった。


 最初の頃、魚の仕分けを任されるもよくわからずに途方に暮れて、ブルーには心底残念なものを見る目を向けられた時は、怒涛の長時間お説教コースへの一本道でした。

 かくして『火の管理だけしてるのだ』とのご命令を賜り、僕は魚の焼き加減を眺めるだけの時間を与えられたのである。できることがあるだけましだと思う、そう思いたい。

 ガーネットお手製の青いエプロンを、身に付けるだけの作業をいつかしてみたいな……。


「うむ、今日もよい大きさのお魚なのだ」

「そりゃあよかった。この手のちっちぇえ魚はよ、なかなか取引先が見つかんなくてよ。せっかくとれても里じゃ消費しきれねぇから、こうして大量に買ってもらえて助かってるぜ」

 と、テッカイさんをさらに超える筋肉を持つ、元の世界ですれ違ったら格闘家の人かなと思う体格のおじさんが言う。黒い短髪、日にこんがり焼けた肌、実に健康的な見目の男性だ。


 彼は漁師のレーリオさん。

 ナルのお父さんだ。


 よく笑う人で、童顔系の顔つきだから、僕と変わらない年齢の息子がいるようには見えない時がある。あれだな、子どもと一緒に玩具で遊んで、奥さんにセットで怒られてそうだ。

 あまり似ていないこの親子、ナルはお母さん似なのだという。それなりの家柄のお嬢さんだったらしいのだが、家族と縁を切ってレーリオさんと結婚したすごい人だと聞いた。


 前に一度だけあったけど、ほわんとした優しそうな女性だった。

 いいところのお嬢さん、というのも確かに頷ける。だけどところかまわず擦り寄ってくる夫に膝と肘をたてつづけに見舞っていた当たり、結構気の強い女性のようだ。

 ……まぁ、だから家を捨てて漁師に嫁いだりしたんだろうけど。


「そういやよ、兄ちゃん。ここは露店とかだしてみねぇのか?」

「はい? 露店?」

 露店とは、つまり屋台とかああいうのでいいんだろうか。

 だけどうちは食堂だし、露店にするほどのものは今のところない。それともお祭りか何かが予定されているんだろうか。だとしたら、僕らも何かやるべきなんだろうか。

 一応、僕らはこの場所に住まいを構えて暮らしている。

 住民と言っていいはずだ。

 税金とかそこら辺のこともちゃんと支払っているし。


「とーちゃん、最初から説明しろよ」

「……?」

「えっとな、にーちゃん、キャラバンが来るんだよ」

「キャラバン?」

「何なのだ、それは」

 ブルーと二人で疑問符を浮かべる。

 そんな僕らに、レーリオさんとナルは丁寧に説明してくれた。


 キャラバンとは商人が結成した、街と国をめぐる集団の総称らしい。

 小規模なものは五十人前後だが、大規模なキャラバンなどは数百人単位で行動し、街に入りきらない場合は街の外にテントなどを設置してそこで寝起きするという。

 まるで動く集落だ。

 彼らが持ち運ぶのは主に物資。そして一人では旅もままならない庶民という名の旅人。あとは他国や知らない土地の、ちょっとしたうわさ話などの各種情報。


 モノとヒトとカタリを運び、街から街へ国から国へ。


 ただ、規模が大きいほどに受け入れる側には準備というものがいる。

 一ヶ月前後、彼らが宿泊する施設やテントなどを設置できるそれなりに広い場所。彼らと取引するための各種品物や、彼らがいるだけ上積みされる各種消費。

 それは帝国の帝都、第一都市であっても無視できない魅力的なものだ。キャラバンが赤血球か何かのように世界中をぐるぐるとめぐることで、すべてが循環するのだから。

 なので、このド田舎でもキャラバンの到着はまさにお祭り行事。レーネのお偉いさん、と呼ばれる知事や市長のような立場の人は、今頃大変だろうなぁ、とレーリオさんは軽く笑った。


 ともかく、受け入れる側にはあれこれと準備が必要だ。だからキャラバンの中でも一番足の早い馬が、だいたい一週間ほど前をめどに目的地に到着を知らせにやってくるという。

 今回は護衛として付いている数組の冒険者のうち、小規模なギルドが来たのだそうだ。

 彼らはここでキャラバンを離れるそうで、早めに到着して数ヶ月ほど離れていた帝国についての情報を、特に冒険者に関する情報を仕入れておきたいのだという。

 そのうちこの店にも来るんじゃないか、と言われた。


 数ヶ月、となると僕らがこうなってそう間もない頃だろうか。

 あれから帝国の中もだいぶ落ち着いたし、そりゃ早く来て情報を仕入れたいだろうな。

 なんて言いつつ、ずっと帝国在住してた僕らも、実はレーネの外のことをあまりというにも残念なくらいに何も知らない。他の場所の冒険者がどうしているのか、なんてわからない。

 ブルーやレインさん、テッカイさんなんかは知り合いが多くて、そこら辺を経由して話が入ってくるんだけど、三人の知り合いも僕らと同じように異世界での暮らしに適応しようとしている生産職系の人が大半で、そうじゃない人の話はまったくもってさっぱりだ。

 剣を扱える人が、中にはギルドごと帝国騎士団に入団したなんて話は聞いたけど、それくらいだろうか。要するに国が関係する話じゃなきゃ、田舎にはまったく情報がこないのだ。


 キャラバンはどんな情報を、この街にもたらすんだろう。

 僕は、少しだけ楽しみになった。

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