しばしの休息を
食堂を片付けて、厨房の隅にある簡易の休憩スペースに引きこもること、一時間。
外は、あの見送りの時の天気が嘘のような荒れ模様だ。
これは、まさに夕立。いやゲリラ豪雨だろうか。明るさが何もない場所だから、ひたすら叩きつける雨音と雷の音と光で、別に雨や雷が苦手ということはない僕でも少し怖く感じる。
みんなはどこまで帰ってきているのか、道は悪くないはずだから大丈夫だとは思う。
あまり、無理していなければ、いいんだけどな。
そんなことを思いつつ、裏庭の方を見る。ブルーが呼び出しっぱなしの精霊は、不安そうに巣箱の中に引きこもったままだ。何匹が引きこもりそこねて、僕の肩の上で震えている。
一方、テンション高く裏庭をふわふわするのは薄青い、水の精霊達。雨の音だけを消すことができれば楽しげな大合唱が聞こえそうだ。見えないだけで、他の水系の精霊も同じかな。
光、そして音。
少し近いところに雷が落ちたのだろうか。
森の精霊である肩の上の毛玉が、ぷるぷると震えた。
よしよし、と撫でながら、悪くなるばかりの空をじっと見る。夕立やゲリラ豪雨の類ならすぐに収まるとは思うけど、空がだいぶ暗くなっているから雲がどうなっているか見えない。
外はもうランプでもなければ、歩くことも難しい感じだ。
このままじっと窓の向こうを見ていても意味は無いし、帰らぬみんなを心配しているだけというのもあれだ。ここは一つ、軽く夕食の準備でもしておくべきだろうか。
みんなもびしょ濡れで帰ってくるのだろうから、スープとか。温まるにはやっぱり、温かいものをお腹に入れるのが一番だと思う。心からぽかぽかで。最短はお風呂だろうけど……。
ただ、お風呂を沸かすのに使っている魔石は、基本的にブルーの担当だ。つけるだけなら僕でもできるけど、入浴にちょうどいい温度にする微妙な火加減だけはどうにもこうにも。
あぁ、でもウルリーケならできるかな。
そう思って僕は、ウルリーケのいる方を向いて。
「……」
頭を抱えるようにして座り込む、彼女の姿に気づいた。
その華奢な身体は、光と音が起きるたびにびくっと跳ねるようになる。
小さく、引き絞るような嗚咽らしきものが、雨音の向こう側で聞こえるような気がした。
「雷、嫌い?」
近寄って話しかけてみる。
ウルリーケは小さく、こくこく、と頷いた。直後に光とほぼ同時に雷の音。窓がびしびしときしむように揺れる。ひぅ、と悲鳴のような声が漏れて、彼女の身体が更に震えだした。
これは、よほど怖いのだろう。いつの間にか部屋の隅へ、窓から逃げるように移動して小さくなっている。周囲には心配そうにみゅうと鳴く精霊。中には頭に乗ったりするものいて、彼らなりに励まそうとしているのだろうか。そういえばブルーの次に、精霊が懐いてたな。
ここに弟のガーネットでもいれば、少しは彼女の心も安らいだろうに。
僕は彼女の横に腰を降ろした。
「大丈夫だよ、すぐに雨も雷もなくなるから」
「……で、も」
「ほら、ゲリラ豪雨とかあったでしょ? あんな感じだよ。前も同じようにいきなり大雨とかあったけど、三十分ぐらいで収まってたし。雷だってここにいれば落ちないから。ね?」
「う……ん」
少し顔を上げてくれたけど、まだ元気はない。
涙目になっているのだろうなと、前髪で見えないけど、そう感じる。
ひんやりした壁に背を預け、僕は祈るように目を閉じた。
■ □ ■
彼らが工房に戻った時、雨は幾ばくか収まっていた。
「あーもー。最悪ですよー」
真っ先に工房に飛び込んだのは茶髪の少年。全身からしずくをぽたぽたと落としつつ、彼は真っ暗な工房内をぐるりと見回した。それから送れて入ってきた仲間に振り返って。
「この様子だと、ほとんどお客さんこなかったっぽですねー」
「無理もねぇだろ、この大雨じゃ」
「せいぜいお茶とお茶菓子提供がやっとなのだ。……で、肝心の留守番二人はどこなのだ」
「上にはいないみたいだし、下は……食堂かな」
少年――ガーネットは滴る水もそのままに走りだす。
今日、いろいろな事情により工房に居残ったのは、この工房の持ち主ということになっているギルドの主と、彼の実姉だった。おとなしく、気弱で、おっちょこちょいな妹のような姉。
その姉は、すやすやと毛玉を抱えて眠っている。
もたれかかっているのは、同じく毛玉を抱いたギルドマスターだ。こちらも夢の世界に旅立っている。これは何だ、なぜこの二人が仲良さそうに眠っている。意味がわからない。
「……ガーネット?」
後ろから声をかけられるも、反応はない。
青い髪の少女がそっと前に回り込み、少年越しに目にしたもの。
それは壁際で、すやすやと眠る二人と――。
「お前、なんて顔してるのだ」
「別にいつも通りですけど」
「思いっきりムスっとしてるのだ。安心しろ、せいぜい庇護対象か愛玩対象にしか思われていないから、手を出されたりはないのだ。したら去勢してやるからとりあえず笑うのだ」
「だから別に、僕は」
「お前、姉の前でその顔を晒せるのか?」
ブルーの言葉にガーネットは更にムスっとしたが、すぐにいつも通りになりはする。
それでもわずかに不機嫌そうなのは消えず、ブルーは小さくため息を付いた。
「仲がいいのはいいが、八つ当たりするななのだ」
「……しませんよ、僕、子供じゃないですから」
子供じゃないならその『姉さんは僕のなのに』と言わんばかりの顔は何なのだ、とブルーは心底言いたかったのだが、それを言えばまたこじれるので飲み込んでおいた。
――これだからシスコンという生き物は困る。
ブルーはがっくり肩を降ろし、もう一度深く息を吐き出していた。
■ □ ■
いつの間にか寝入っていたらしい僕らが叩き起こされた時、雨は少し収まっていた。
少なくとも雷はなくて、とりあえず一安心といったところだろう。
途中で雨に降られて雨宿りを繰り返すうち、すっかり遅くなってしまったらしい。食事は僕とウルリーケで何とかするとして、全員ひとまずお風呂なり着替えるなりすることになった。
ちなみに工房の風呂は男女で分かれている。
理由は、お風呂でゆっくり浸かる時間を確保するため。
まぁ、要するに銭湯的な感じにみんな纏めて入ってしまえよ、ということだ。一つしか無いと順番でもめるけど、男湯と女湯にわけておけば性別にあった方に入ればいいだけだし。
ごきげんなテッカイさんの、たぶん演歌だと思う謎の歌を聞きつつ、僕は厨房で軽く料理を作っていく。一番頑張ったというテッカイさんのリクエストで、本日のお夕飯はカレーです。
野菜を切る僕の後ろの作業用の机で、ウルリーケがごりごりとスパイスを砕いている。
誰かカレールーとか作らないかな、とこの音を聞くと決まって思う。
絶対需要があるし、多少割高でもみんな喜んで買うと思うんだけどなぁ。




