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優しい声の読み聞かせ

 食堂全体がほっこりと温まり、スープで身体の中も温まり。

 僕は簡単なお茶菓子とお茶を提供しつつ、それを見守っていた。


「む、むかし、むかし、あるところに……」


 たどたどしく絵本を読み上げるウルリーケ。左右と前方には子供達。手にしているのはお決まりの文句から語られる絵本で、子供達はそれを楽しそうに見ているという構図だ。

 本当は僕が頼まれたんだけれど、僕はお茶の準備があって、ね。

 こういうのはまったく慣れていないらしいウルリーケは、あわあわしながらも何とか読み進めている。微笑ましい光景だし、時々助けてほしそうにちらっと見てくるのはかわいい。

 だけど僕はほら、お客様のお相手をしないとね。

 さすがに本当に大変なら助け舟は出すつもりだけれど、うん。


「勇者様は、叫びます、『おのれ、魔王め。姫を返せ!』。魔王は『返してほしければ、我が城まで来るがいい、勇者よ!』と言い、笑いながら消えていきました……」


 彼女が読み上げているのは、この世界でよく語られる英雄譚。

 まぁ、ありふれた勇者と魔王のあれこれだ。お姫様をさらった魔王を、勇者が追いかけようと決意する前のシーンだろうか。確かあらすじは、辺境の村に住んでいた主人公が、王都に来た時に勇者の剣を抜いて……という、これまた非常によくあるパターンだったように思う。

 この世界では好まれる英雄譚で、特に男の子に人気があるそうだ。


 実際に、この勇者となった少年が抜いたとされる剣は、帝国から片道一ヶ月ほど掛かる距離にある、とある王国に残されているという。そこは俗にいう宗教国家で、物語では姫とされている王女は、実際はどちらかというと神に仕える巫女なのだとか。

 ブルーは『あんなの国に箔を持たせるための話なのだ』と、実に身も蓋もないことを言っていたけれど……。いや、まぁ、確かにそれはある話だろうけど、全否定は、ね。

 実際、その国の巫女は何らかの力をもっているそうだし。

 たぶん、それなりに謂れのある国なのだろう、と僕は思っている。


「勇者様は仲間と一緒に、魔王の城を目指しました。勇者様の仲間は、みんな国で一番の力を持っています。魔法使いと、神官と、剣士です。さぁ、いざゆかん、魔王の城。国より遠い闇の果てにあるという、魔王のお城を目指し、四人はみんなに見送られて、旅立ちました」


 勇者やその仲間、お姫様の母国は一応伝わっているけど、魔王の城がどこら辺にあったのかというのはよくわかっていないらしい。調べている考古学者さんもいるそうだけど、ものがものなだけにはかどらないようだ。まぁしかたがない。魔王の城の場所だし。

「山を超え、川を超え、闇の果ての、大きなお城が見えたのです。勇者様は言いました、『あそこに姫がいらっしゃる。早く助けて差し上げなければ!』。四人は走りだしました」

 熱心に朗読するウルリーケの後ろに立って、どのシーンかを確かめる。

 もうすぐ城に辿り着き、魔王の配下――要するに四天王と対決するところだ。本当は実際に本に触れながらのほうが安定するんだけど、これはよく読んでいるし目視でもいけるだろう。

 舞台は魔王城。

 四人の若者が門扉の前に立ち、その禍々しい城を見上げている。


 す、と僕は腕を動かした。

 指揮者のような動きで、腕を上へと。


 すると、ぱたぱた、と軽い音が響きそうなエフェクトで、城と、人が浮かび上がる。張りぼての背景にぺらりとした人物。ダンボールのような材質をしたそれが、くるくる回った。

 一言にするなら、影絵のようなイメージかもしれない。

 たまには、こういう凝った演出もいいかな、と。外が暗いから、彩りを良くしてもあまり良く見えないっていうのもある。だったら暗くてもわかるような感じにすればいいかなって。


「――な、なんと不気味なお城でしょう。勇者は震えました。ここに可憐で、かわいいお姫様がいると思うと、今すぐに駆けつけなければという思いがこみ上げてきたのです。四人はそれぞれの武器を構えて、魔王とその手下、そしてお姫様がいるお城の中へと入って行きました」


 突然の僕に驚きつつも、朗読を続けるウルリーケ。

 彼女の声が読み上げる内容に合わせて、城の扉がもったいぶるようにゆっくり開く。

 子供達の目が一層輝いた。その視線の先の勇者ご一行は、ぱたぱた、と起き上がってくるセットに合わせて、城の奥へと進んでいく。位置は動かないけど、動いて見える演出だ。

 そうして辿り着いたのは大きな広間。

 天井からはシャンデリアのような装飾の施された鳥籠、そこにはお姫様が。下にはおどろおどろしいシルエットが複数。これは魔王とその配下。勇者一行は、武器を構えて。


「勇者は言います、『姫を返せ、魔王!』。魔王は笑い、その手下が一斉に襲い掛かってきました。けれど勇者とその仲間には、彼らが敵うはずもありません。なぜなら特別な武具があるからです。神様が授けた不思議な剣や杖や鎧といったものが、彼らを守り強くします」


 ここからは勇者達の独壇場だ。

 魔王の配下を蹴散らし、魔王を倒し、姫を救い出す。

 そして背景はぱたぱたと小さく小さく折りたたまれて変更され、元の城へと戻った。姫は無事に両親――国王夫妻の元に帰り、彼女の無事と魔王の討伐を祝う宴が連日連夜と続いた。


「お姫様は勇者様と結婚して、二人も、国も、世界すらも、末永く幸せでした」


 めでたしめでたし、と大団円で締めくくられる物語。

 きゃあきゃあわぁわぁ、と響くはしゃぎ声。

 緊張で震えていたウルリーケの声は、とても堂々としたものに変わっていた。



   ■  □  ■



 雨もひとまず落ち着いた頃、お客さんらは急ぎ足で家に向かって出発した。

 今度はもっと落ち着ける時に来るわね、などと言い残して。楽しそうな家族の談笑は遠ざかっていって、残ったのは静寂と少しの肌寒さ。雨のせいか、少し外は冷えているようだ。

 時間も時間だし、今日はもう店じまいでいいだろう。

 ウルリーケも――僕の無茶ぶりのせいで、少し疲れているようだし。


「それじゃ、閉店準備、しようか」

「……はい」


 雨は先程よりは控えめの、小雨と言える程度のものだ。

 だけど空を包む雲はその暗さをましていて、わずかに風が僕らの髪や服を揺らしていた。

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