静かな優しさ、確かな強さ
料理は作れない僕だけど、お茶は淹れられるようになった。
普通の紅茶と、あとハーブティ。今回は普通のお茶だ。数種類ある茶葉から、適当に選んでおく。そのうちどれがどういうお茶なのか、覚えるべきなんだろうな。
ただでさえブルーは料理で忙しいんだから、せめてこういう細々したところはね。
教わった通りに砂時計を使ってちゃんと時間も測って、二人分とおかわり用を準備。砂糖のついでに少しのお茶菓子なんかもお皿に乗せて、食堂の方へ戻る。
ウルリーケは、静かに読書を続けているようだった。
後ろ姿しか見えないけど、たぶん。
「はい、お茶だよ」
カップをすぐ横のテーブルにおくと、びくっと微かに身体が揺れている。
とりあえずフリーズはとけているらしい、よかった。
「あ……ありがと、う、ござい、ます」
なの、と。
うつむき気味のウルリーケの声が、ぼそぼそ、と小さく聞こえる。見るからに小さい手がカップに伸びるのを見て、僕も自分の定位置へと移動する。
砂糖の容器は、ウルリーケのところにおいてきた。
僕は紅茶はストレートで飲む方が好きで、砂糖は必要じゃないから。
甘いモノは人並みに。
だけどブルー達には甘党って言われたから、結構食べられる方なんだろうとは思う。あまり人と比べたことがないから、どうもそこら辺の基準はよくわからないな。
なんて考えていると。
「あ、の」
「ん?」
「お砂糖、いれないの?」
これ、と砂糖を入れた丸い陶器の入れ物を手にしているウルリーケ。
僕が何も入れていないから、気になったんだろう。
「僕はいいよ、このままで。紅茶はこのままが好きなんだ。ありがとう」
「……ん」
小さく頷いたウルリーケは、再び読書を開始。
彼女は普段は誰かの後ろにいたりして、あまり目立ったところにはいない。言動――ほとんど行動だけど、そこからも察せるようにそういうことが得意でない、あるいはあんまり好きではないのだろうと僕は思っている。だけどさりげない気配りは、彼女の得意技だ。
例えば、誰が言ったわけでもないのに、いつの間にか補充されているいろんな消耗品。そろそろ追加しないとな、なんて思っているものが、気づいたらちゃんと整えられている。
干しっぱなしにしていた洗濯物が、取り込まれた上に丁寧にたたまれていたり。
そういうのはウルリーケが、一人でせっせとこなしているようだ。直接訪ねたわけではないけれど、その時に誰がどこにいたのかを考えると、彼女しか残らなかったから、たぶん。
何とかして、それについても恩返しというか、何かできればな……。
だけど僕にはこれといった技能はないし、贈り物を選ぶだけのセンスもない。ブルーやレインさんに頼る、というのはなんだか恥ずかしい感じだし、それならみんなでのお礼がいいし。
まぁ、そんなことはともかく、もう少しだけ仲良くなりたい感じはする。
せめてお兄さんポジションには、立っておきたい、かな。
さすがにびくびくされると、ちょっと悲しかったりしないわけでもなくて。
どうしたものか、と物思いにふけりつつ本を開いた。
――開いた、のだけれど。
ふと、視線を感じる。じぃっと、僕を見ている目。まぁ、そんなもの誰なのか、なんてわかりきっているから気にしないようにしていたんだけど、あまりに熱心でまっすぐだったので。
「……どうかした?」
本を閉じてこっちを見ている、彼女の方を向いてみた。
当然、彼女はわたわたと焦るように、落ち着かない仕草を繰り返している。これでも、お客さんを相手にする時には堂々としているんだから、何とも不思議な感じがするな。
「っ、えっと、その、何を、読んでいるの、かなって、思っただけ、なの」
「今は……」
僕は手元にある本と、テーブルに積んである本を見る。
積んである方は絵本で読み聞かせ用、今手にしているのはこの世界に関するちょっとした文献のようなものだ。そんなに難しい物じゃなくて、一定年齢より上向けの小説、だろうか。
「これとかこれは童話だけど、似たようなのが僕らの世界にもあったね」
「……そう、なの?」
「たとえば虐げられる不幸な少女が、とあるきっかけで最高の幸せを手に入れる話」
「シンデレラ?」
「そう。他にも……類似点の多さにブレはあるけど、結構似通った話は多いかな。こういう話を書いてくださいって言われて、複数の作家が書いたみたいな感じ、だと僕は思うよ」
大雑把な流れは同じ。
こうして、ああなって、こうなってから、ああなる。
そういう起承転結の骨組みは、双方の世界で似通った話が多いと思う。シンデレラに似た話みたいに。まぁ、僕はすべての童話を知っているわけじゃないから、専門的な知識を持っている人から見るとまた違って見えるんだろう。そういう人の意見も聞いてみたい、かな。
そして、と僕はもう一冊の、ぶ厚い方の本を見せた。
表紙には『聖女スノゥ・リア伝承』とある。
これはこの世界で、もっとも有名な物語。
世襲か、それともあるいは継承していくのか。
聖女スノゥ・リアという少女は常にこの世界にあるらしい。当然今も。彼女らは十代前半ほどの年齢で見出され、聖女としての洗礼だかを受けてその名を名乗るのだという。
人にはない特別な力があり、代々の皇帝の傍らに控えるのが仕事。
彼女らの声は、神の声。
そうすることで皇帝自身の権力などを、引き立てるという意味合いもあったんだろう。今の皇帝は二十代そこそこの若い人だとお客さんが言っていた。まだ未婚で、どうやら今の聖女と恋仲にあるのだという。そうやって皇妃になった聖女は、いないわけではないらしい。
僕が手にした本にも庶民出身の聖女が、周囲の反対を受けつつも皇妃として立派に国を支えていったという物語が記されている。数百年前にいた聖女スノゥ・リア、と書いてあった。
彼女が支えた皇帝が国を更に豊かにし、長く続いた他国との諍いも収めたという。
今でこそ讃えられる彼女も、その前は大変だったのは僕でもわかる。
身分違いの上に、聖女としての役割。それらをまとめていくのは難しいことだ。
そしてその日々は、文字通りの茨の道だったに違いない。この本には詳しくは書かれていないけど、時として彼女自身の命すら危うかった可能性だって充分にありえたことだろう。
それを乗り越えられた彼女は、とても。
「強い人、なの。この人、強いひと……なの。わたしは、そんなに強くなれない、いつもガーネットの後ろ、ブルーやレインさんの、テッカイさんの後ろにいるだけで、だから」
羨ましいと呟く声が、僕には確かに聞こえた。