静かな工房の昼
今日は、朝から雨模様の空だ。
小雨という感じだけど、地面はじっとりと濡れている。
元の世界なら、面倒くさい、なんていいながらも傘を引っ張りだしていただろうか。折りたたみ傘や置き傘があればそれなりに喜んで、何もなければそれなりに嘆いて走る。
そんな、何とも中途半端な空が、窓の向こうに広がっていた。
お客もいない今日は昼間だけ店開きしている。食堂改め喫茶スペースとしてのみ、来そうにないお客を待っている感じだ。他の店は休日。というか、みんな『お出かけ』中だった。
目当ては買い物ではなく、ダンジョン。
そこに住み着いている、各種魔物が落とすドロップアイテムだ。
今回はレーネ近郊で唯一の、金属系のアイテムが手に入る場所に行っている。目当ては当然金属類だ。鉄やら銅やら、ドロップ品として手に入る、とのこと。かなり優良らしい。
『すげーんだぞ、たいていの武具に使うアイテムががっぽりだ』
このダンジョンの存在を語り、珍しく興奮した様子だったテッカイさん、今ごろはしゃぎすぎて怒られてなきゃいいんだけれど。主にレインさんに、次に残りの二人に。
三人にお説教食らったりなんかしたら、さすがに落ち込んだりは……しないんだろうなテッカイさんだから。あのおおらかというか前向きというか、そういうメンタルは羨ましい。
僕なんて書き損じを見るだけで、気落ちしてしまう程度の人間だ。
失敗作に適当に細工して、そういうインテリアだと言いはって飾るあの人は凄い。ブルーもまたに料理を失敗して凄いものを作るけど、僕らにはそういうのは一切だそうとしないし。
そして二人とも、二度目の同じ失敗はないわけで。
……さて、僕はおなじ箇所で、何度失敗したんだったっけ。
考えたくない。
話を戻そう。みんなが向かったダンジョンは、日帰りできる程度の距離にある。レーネから伸びる街道ではない古い道を通った先の、高い山裾にあるのだとか。
ゲーム中にはなかった、この世界で始めて存在が明らかになった場所だという。そういうところはレーネに限らずあちこちにあるようで、みんな帝国中に散っている知り合いから似たような話をされているのだとか。僕? 唯一の友人には置き去りを食らったから、いない。
さて、鉱石系のアイテムを落とす魔物、となると相手は石っぽい連中だ。
魔物は自分達にとって居心地のいい場所に住む。魚のような魔物が水の中に、炎のような魔物が火山や砂漠などに。それと同じように、石っぽい魔物は山や洞窟に潜んでいる。
しかしそういう場所は、当然ながら狭いし暗い。
とにもかくにも動きにくい。
旧鉱山とかならまだ広いのだという話だけど、そんなことはなくて。結果的に、僕はこうして留守番ということになった。僕の戦い方は本というものが必要で、いろいろ面倒だからだ。
僕が戦うには、まず本を読める状態でなければいけない。
読み上げ、正しくその箇所を指で意識しながらなぞらなきゃいけない。
どちらもとにかく『視界』が大事だった。
本がなければ何もできないし、本があっても場合によってはダメ。
今回、その後者に引っかかった僕は、こうしてお留守番の任務を承った。
それからもう一人、狭いところで戦うには不向きな彼女もお留守番。元々、広範囲への均等な攻撃に特化したところがあって、だから僕とは違った意味で狭い場所がダメだった。
今は少し離れたところで、ちょこんと椅子に座っている。
と、前髪の向こうにあるきれいな緑色の瞳と視線があった――ような気がした。
「……っ」
未だに、僕を見てビクッとする彼女、ウルリーケ。
少し目を向けただけですぐに気づかれるし、その度にああやって震えられた。
だからあまり直視しないように、そっと様子を伺っておく。
の、覗きとかじゃない、ガーネットに頼まれただけだ。
姉さんはやることがないとすぐに大鍋に向かって仕事をしてしまうんです、だから今日くらいはちゃーんとお休みするように、おとなしく休日してるか見張ってください、とのこと。
なので僕は、ちらちらと見張っていた。
今日もウルリーケは、弟お手製のドレスを来ている。春っぽい、薄いほんわかした色合いの緑に淡黄色をアクセントにした、お姫様とまではいかないながらもかわいいドレスだ。
ふんわり、と広がる裾にはフリルがあしらわれて、動くと細かく揺れている。
こういう世界観のドレスって、腰をコルセット――だったっけ、まぁ、ああいうのでぎゅうぎゅうに締めあげているものらしいけど、もしや庶民はそうでもなかったのかな。
今のところ、僕はそんな女性は一人も見ない。コルセットのようなものをまいている人なら何人かいるけど、苦しいほど締めあげた感じには見えなかった。ポーカーフェイスと言わんばかりに顔に出していないだけだったなら、さすがに僕にはわからないと思うけれど。
しかし、ああも可憐な身なりをした少女に、ビクビクされるのは少し心が痛む。
最初の頃は嫌われたのかな、と思い悩んだりもしたのだが、どうも少し違うらしい。基本的に男性というものが、特に年齢の近い人ほどそんな感じだ。お店にいる時は平気らしいけど。
なので普段彼女が接する中で、びくびくするのは僕。
ガーネットは弟だし、テッカイさんはなんかもう兄か父のポジションなんだろう。
嫌われてはいないとは思う。もしそうなら、こうして二人っきりになるとは思えない。だからびくびくはするけど嫌いじゃない、そんな本人にしかわからない状態だ。
理由がわかったら、びくびくされてもさほど気にならなくなった。
人見知りのようなものだと思えば、いちいち怒るわけにもいかない。僕だって、それなりには見知らぬ人への、なんだろう、怯えとか、そういうのが一切ないわけではないから。
さて、そんな彼女がそわそわと階段の方を見始めた。
彼女の弟いわく、二階を気にし始めたら大鍋に向かう合図。何か気になると、それがある方を見ずにはいられないらしい。わかりやすいとは聞いてたけど、これは確かにわかりやすい。
僕は読みかけの本を閉じ、すかさず声をかけた。
「ウルリーケ」
「っ」
「お茶、淹れようか?」
「……い、いる。くださ、い」
読んでいた本で口元を隠すようにして、ウルリーケが答える。彼女が読んでいたのは僕が貸したもので、僕が調べ物をするために買ってきた伝承に関して記された本だ。
だけど。
「本、逆さまになってるけど……」
気になったことを指摘すれば、今度は声もなくカチーンと固まられた。何度か名前を読んだけど返事はない。これは言わなくていいことを言ってしまったかな、と僕はそのまま厨房へ。
できれば、お茶の用意が終わった頃には元に戻っていればいいなと思った。




