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走る激うま肉・イノーシシー

 レーネ近郊の、例の森から帰ってきた時、外はもう薄暗くなっていた。がらがらがら、と荷車を馬で引きながら工房まで戻った僕達はすぐさま準備にとりかかる。

 まだまだ知らなかったレーネのことを教えてくれた彼女や、魚に関することを丁寧に教えてくれた彼に、すこしばかりのお礼をしようと思ったのだ。そのための食材がこちら。


 ――丸々と肥えて重い、イノシシだ。


 現在、準備中のことのために、みんなで追いかけまわしてとっ捕まえたもの。ガーネット特製のワナやら何やらでとっ捕まえて、専門の職人さんに解体していただいたものだ。

 ブルーは最初こそ自力で、と言っていたけれど、あまりの巨体に諦めた。

 十人前後なら充分にお腹がいっぱいになれる。

 猪鍋というものはこの世界にもあるようで、そういうのに使わない部分は職人さんにあげてしまった。さすがに使えるかわからないものを持ち帰っても、ゴミにするだけだし。

 いろいろ使いどころがあるようなので、覚えて店のメニューにするのもいいかもな。


 まぁ、それはまた後で考えよう。

 今は今日の準備を。


 僕らがイノシシを捕まえて作ろうとしているのは、ズバリ猪鍋だ。

 猪鍋と言えば味噌鍋なのだという。この世界に和風の各種調味料があってよかった。ちなみに実際に食べたことがあるのはテッカイさんだけだけど、たぶんブルーがいるし大丈夫。

 肉の塊を食べやすい大きさに、それより少し小さめに切り揃える。

 教わった通りに処理をする、野菜は大根などいろいろと。鍋というけど、どちらかというと煮付けに近いかもしれない。まぁ、とにかく各種具材の準備は、これにて完了。

 あとはことこと、じっくり煮込んでいくだけだ。


「さて、次はご飯の準備をするのだ」

 ブルーは早速他の料理の準備にとりかかっている。僕とウルリーケはその手伝いで、残りはテーブルなどのセッティング。……あ、テッカイさんだけはソロで充分魔物とやりあえる力があるということで、お客様のお迎えに行ってもらった。たぶん大丈夫だ、テッカイさんだし。


 ひと通り準備が整った頃、お客様がやってきた。

 この数日のあれやそれやの反省会を兼ねた、大宴会の始まりだ。



   ■  □  ■



 さて、本日も、と僕が声をかけ。

 飲み物が入ったグラス――ジョッキを上へ掲げ。

「お疲れ様でしたー!」

 さまでしたー、と続く声はギルドの面々に、エリエナさんとナルだ。それと日頃からお世話になっている近隣の皆々様に、エリエナさんの大農園の方々。あと数人の常連さん。

 ……まぁ、ここの常連さんの多くがご近所さんで、大農園の人なんだけど。


 当然のようにアルコールも飛んで行く。

 日本酒のようなもの、レインさん曰く焼酎らしいもの、あと見るからにワインだったりビールっぽかったりと。いろいろ取り揃えていて、地方ごとに地ビール地酒とあるという。

 お酒を飲み比べるのが好きな人は大喜びだろうなぁ。

 エリエナさんのところも、ワインを作っているのだそうだ。今日提供されているワインは当然そこのもの。とっておきのを出してくださったようで、レインさんがごきげんだ。

 飲めない僕らだけど、香りからしてかなりいいからそれでいいかな。


「まさか、おめぇらがあんなのを取ってくるとはなぁ」

「最初は貧弱そうで、冒険者とか言われても信じられなかったのによぉ……」


 すっかり出来上がったお二人は、毎朝工房まで野菜を届けてくる荷馬車の人だ。二人の間でちびちび焼酎――らしいものを飲んでいるのはテッカイさん。

 体格のいい男性が三人も並んでいると、そこだけなんだか違う世界のような……。

 まぁ、あの辺はお酒を飲む人が集まっているところだから、違うような世界に見えるのは間違っていないと思う。料理の感じだって、明らかに居酒屋メニューが多いし。


 一方、エリエナさんとナルなどアルコールを飲まないメンバーは、別の場所でお茶を飲みつつご飯を食べている。こちらは普通の料理が中心だ。軽く素手で食べられる軽食も多い。

 ひと通り給仕するべきことも終わって、後はそれぞれ楽しむだけの時間。

 僕は当然お酒を飲まないので、エリエナさんらのところで猪鍋を食べている。

 厨房にいたブルーも、お椀によそった猪鍋を食べていた。


「おぉ、味噌よ。味噌こそまさに素晴らしき叡智……」


 ブルーさんは猪鍋を食べながら感動しているようだ。……誰か、彼女にお酒をもってしまったんだろうか。それとも空気によってしまったのだろうか、あまり見ない方がよさそうだ。

 座った順番は適当だ。好き勝手に、好きなところに座っている。

 僕の隣にはナルがいて、反対側にはガーネット、という感じにそれなりに男女別で分かれていないこともない。そのナルが猪鍋を、不思議そうに口に運んでいた。


「イノシシの鍋かぁ……」

「美味しくなかった?」

「いや、そうじゃないんだけどさ……なんてゆーんだろ。そもそもさ、オレ達には獣肉をこうして鍋にする、っていうのがまずあんまり考えなかったことだよ、にーちゃん」

「そうなの?」

「獣肉って臭みとか強いから、干し肉とかの非常食にするんだよ。そもそも獣を仕留める最大の目的は毛皮だからなー。だから肉はあんまり食べないんじゃないか、猟師ぐらいしか」

 オレも初めて食べた、とナルは言って、おいしいよ、と笑う。


 それにしても、獣肉をあまり食べないっていうのは少し意外だった。

 猟師がいるから、当然食べるものだと思っていたし。

 まぁ、一口サイズよりもう少し小さくしても、結構な歯ごたえが残っている肉だ。普段から食べるにはちょっと食感が硬いし、牛肉や豚肉とか違う謎の風味も確かにある。


 この世界、というかレーネには牛などを育てて肉を作る、という文化が根付いているところから考えると、あえて手間ひまをかけてイノシシを狙う意味は確かに薄いだろうな。

 だけど、僕的には悪くない。

 頻繁には無理でも、たまに食べるにはちょうどいいんじゃないだろうか。



 こうして夜は深まっていく。

 今日はいい日だった。

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