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ギルド『暇人工房』の割と穏やかで喧しい日常  作者: 若桜モドキ
工房の他愛無い一日の流れ
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大衆食堂『異世界亭』

 僕の朝は、ブルーの仕込み作業ですぎていく。

 食堂は朝から開店するし、お客さんの数もそれなりにいるからだ。なので作る量も必要になって、作り置きできるものはできるだけそうするようにしている。

 主にスープ類とか、あと保存食品なんかは。


 ひんやりした地下に食材関係は置いてあるのだけど、そこにはたくさんのツボがある。中身は各種漬物だ。さすがに凝ったものは作れないけど、そこは代わりに種類でカバー。

 さらに味噌や醤油と言った調味料も完備。帝国ではあまり食べられないけど、和食が郷土料理的なものになっている和風な国がある、という設定がまさに救世主だ。実にありがたい。


 レーネは確かに帝国内ではかなりのド田舎ではあるけど、国境が比較的近いので異国のものが手に入りやすいのも好都合だったと思う。だから拠点を持つ『商人』は結構多いようだ。

 つまり、こと物流に関することならば、レーネは帝都にも引けをとらない。

 近くに大きな川があったりするので、魚類も多く手に入るし、農業中心だから美味しい野菜が格安で手に入る。もろもろの事情から物流も安定だしで、もしかして天国かもしれない。

 もっとも、それは僕らに限定した天国。

 冒険者ライフをしたい人からすると、めぼしいダンジョンも少ないレーネ近郊は、死ぬほど退屈な世界に違いない。定期的に入れ替わる依頼だって、基本的に収集系ばかりだし。


 これで転移魔法がそのままだったら、今頃工房は閑古鳥だろうか。

 考えるだけで恐ろしい。



   ■  □  ■



 さて、朝の厨房はまさに戦場。

 僕はエプロンを身につけ、すでに作業を始めているブルーの隣に立つ。

 そこで彼女が準備したものを、お皿にもったり器に入れて混ぜたりするのが仕事だ。

 ざくざくざく、といい音を立てて切られているのはシンプルな白菜の浅漬。少し離れたところにあるコンロの上、大きな寸胴鍋で作られているのはお味噌汁。今日は大根と油揚げだ。

 これに朝から仕入れた魚を焼いて、ご飯をつければ朝の定食セットとなる。

 焼くのは注文が入ってから。

 それまでお酒を振った上で魔法を使って保存しておくそうだ。

 だけど魚なんかは数に限りがあるので、売り切れたらそこでおしまい。代わりに適当な食材を調理して、主菜にすることになる。ピリ辛な野菜炒めとか、だいたいそんな感じだけど。

 ほかの野菜なんかも、魚よりは余裕があって安定しているとはいえ、やっぱりその日で手に入る量にばらつきがあったりする。だからこの食堂に、コレというメニューはない。


 各種スープと主食。

 サラダや漬物といった前菜的なものに、焼き魚などの簡単な主菜。

 これをセットにした定食が基本形態。オプションでお茶などの飲み物も完備。


 お昼すぎからはカフェテラス用に、ちょっとした甘味なんかも用意する。こっちは材料がある程度ストックしやすいから、そこら辺は楽だと思う。ただまぁ、手間暇はだいぶかかる。

 今日の主食はお米らしい。いろいろ試した結果、魔法を使って一気に炊き上げる方が美味しいそうで、お米はさっと洗ってざるに上げた状態のままほったらかしになっている。

 あとでブルーが、一気に仕上げる予定だ。

 ひとまず僕はいくつかの皿を、棚から取り出してきて。


「漬物、いつもみたいに器に盛っておくね」

「ん」


「味噌汁の鍋なんだけど、火から外しておこうか?」

「ん」


 ブルーは最後の白菜を、ざくざくと切りながら小さく返事する。

 僕はそれを聞いて、まずはぐらぐらと担っている寸胴鍋をコンロから下ろして、大きい鍋敷きの上へ。味噌を入れるのはもう少し後。味付け関係は全部ブルーの仕事だ、当然だけど。

 そして僕がコンロの火を消す頃、ブルーは次の作業に移っていた。

 朝早くに漁師さんが持ってくる魚の処理だ。鱗をとったり内蔵をとったり。

 特に鱗はあっちこっちに飛び散るようで、洗ったりする手間も考えてブルーはいつも外でやっている。こっちの魚は楽なのだ、とか言っていたから普段から料理をする子だったのかな。


 僕はその間に白菜を器に盛ってカウンターへ。

 さっとまな板なんかを洗って、それから外にいるブルーの手伝いに行った。

 まぁ、魚なんてさばけないから、ここでも僕にできることは少ない。

 鱗をとったり、内臓を取り終えた魚をじゃぶじゃぶ洗うとかね。

 いつかはさばく方も手伝いたいけど、先が長い。


「ブルー、魚貸して、鱗とるから」

「ん」


 す、と差し出された道具を握って、僕も戦闘開始。

 井戸の近くの作業場を陣取り、結構な量の魚を処理していく。

 ざりざりざり、とテッカイさんに作ってもらったうろこ取りを動かすブルー。みるみるうちに白くて半透明の丸い板が、彼女の手元にこびりつく。僕も同じものを使っているけど、あんなに早く作業できない。本当なら僕が鱗を取り、ブルーが残りを――と分担するべきなのに。


 前途多難を日々痛感しながら、彼女が三匹仕上げる頃に、やっと一匹片付けた。

 指先で丁寧になぞり、鱗がしっかりととれていることを確認したら籠の中へ。

 後でブルーが頭を落とし、腹の中身をかき出す。

 魚によっては内蔵を煮付けたりすると美味しかったりするそうで、そういう種類の魚が来たら丁寧に保管。そういう見分けもできないので、僕は洗うことしか手伝えない。

 目下、せめてうろこ取りという雑用を早くこなすことが目標だ。

 低い目標かもしれないけど、千里の道も一歩から。

 魚と奮闘することしばし。


「……ふぅ、今日もこんなもんなのだ」


 と、ブルーが手元をタオルで拭いながら、ようやく『ん』以外の言葉を発した。

 さばき終わり、三枚におろし、ついでにお酒――日本酒に近い味、とレインさんが言っていたものをパパっと降って、魔法を使って保存したら、本日の朝の仕込み作業はひとまず完了。

 味噌汁に味噌を入れたら、余りの野菜をさっと調理して朝ご飯だ。

 そこに、ひょっこりとガーネットが顔を見せる。


「ブルーさーん、朝ご飯まだですかぁー?」

「もうすぐなのだ」


 早く食べたいなら手伝うのだ、とブルー。

 こうして慌ただしく、食堂の開店準備は朝食準備に移行していくのだった。

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