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ギルド『暇人工房』の割と穏やかで喧しい日常  作者: 若桜モドキ
工房の他愛無い一日の流れ
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裁縫工房『きると*きると』

 うふふ、あはは、とどこかにトリップしたかのような声。

 声の主はガーネットだ。

 彼は今、朝早くから届いた布地に指先を這わせ、恍惚としている。自慢のたれ兎耳がぱたぱたと羽ばたくように喜びを表していて、表情がだらーんと緩みまくっていた。


 僕の背後に隠れているのは、彼の姉のウルリーケ。

 ぎゅう、と服を掴んだまま出てこない。


 なんだろう、いつもと逆な気がしている。

 半年たってもウルリーケは人見知りモードで、やっぱり弟に隠れ気味だ。

 僕は未だに警戒されている感じで、すぐに弟の後ろに隠れてしまう。あぁ、でも話ができるから前進はしたと思いたい。テッカイさんは……逆に普通に話をしていたように思う。

 あそこまでいくと、逆に恐怖とかがなくなるのかもしれない。実際、あの人は近所のちびっ子にものすごく人気だ。テツのにーちゃん、なんて呼ばれてすっかり懐かれている。

 ともかく、僕が見る時はいつもガーネットの後ろに隠れている彼女。

 今は、その弟から逃げるように、僕の後ろにいる。

 ……まぁ、気持ちは分からないでもない。正直ウルリーケを連れて、下の食堂に行きたいくらいにガーネットが怖い。かなり怖い。むしろ見てはいけないものを見た感がすごい。


「ねぇ、ちょっとこれ見てくださいよぉ……」


 うふふふ、と布地を抱えたガーネットが不気味に笑う。

 あ、後ろにいるウルリーケがとうとう震えだしてしまった。かわいそうに。振り返っていないので表情はわからないけど、彼女が涙目になっているのは間違いないと思う。

 さて、ガーネットが手にしているのは柄物の布地だ。

 ベージュ系のふんわりとした布で、淡い色の花が織り込まれている。

 服というより、小物に使うための布だろうと思う。

 エプロンだとか、かばんだとか。それと確かシュシュという名前だった気がするけど、ああいう髪飾りなんかを作るのにも、彼が手にしている布はちょうどいいんじゃないだろうか。


 実際、彼の店はそういう布製の小物が多い。

 これが意外と評判で、遠方から買いに来る人も少なくないようだ。ガーネット自身が女性の扱いにかなり慣れていることから、裁縫工房には若い女性客が多く詰めかけている。

 本人曰く、ドレスぐらいなら余裕、とのこと。今二人――ガーネットとウルリーケが着ている服なんかも、ガーネットが素材から集めて丁寧に作ったものなのだそうだ。

 というか、これから僕らの服も、ガーネットに任せることになるかもしれない、とのこと。


 素材なんかは、彼は基本的に自力で集めてくる。

 それが可能なのは、『裁縫師』が意外と戦闘向けのステータスだからだ。

 特殊な糸を使っての、攻撃やら防御やら。HPは低いけれど攻守ともに担当できて、無茶をしなければそれなりに戦うことができるのだという。丸々しいあのポーチも、中身は戦闘用の糸をごっそり詰めてあるようだし。たぶん、一番手を出しちゃいけない相手だと思う。

 ともかく、ガーネットは布地、素材にかなり気を使っている。

 いや、みんな気をつけているけれど、その中でもかなり際立っていると思う。


「ちょっと見て下さいよコレ!」


 と、いつの間にか別の布を手にしているガーネットが詰め寄ってくる。

 びくっと背後で震えるウルリーケ。


「ほらここ、この光沢、このにじみ具合、最高じゃないですか。知ってます? これ、綿とか絹とかじゃないんですよ。魔物、魔物の繊維。軽くて丈夫で装備加工に持ってこいなんです」

「そ、そう、なんだ」

「これはですね、魔物の巣を丁寧に解体して、こびりついた汚れを綺麗に取るところから始めるんです。俗にいうクモってやつなんですけどね、結構大きな巣を作るんですけど、レーネの近くにも群生地があって、よく討伐ではなく巣の回収依頼が出たりしてるみたいですよ」

「へぇ……」


「解体はそう難しくはないんですよ、問題は洗浄。いくら強い繊維でも、短いものを撚り合わせればそれだけ弱くなってしまうんですよ、だからできるだけ長いまま取り出さなきゃ。ゲーム時代はそういう手間はなかったんですけど、今から思うとかなり贅沢な環境でしたよねぇ」

「そうなの?」

「はい。今では洗浄から糸を紡ぐところから、あと染色に至るまで。当然布へと織り上げるのも専用の工房と専門の職人さんがいて、国からマイスター認定されてたりするんですよ。彼らでもなきゃ、装備として使えるような布まで行き着きません。だからこそマイスターですよ」


 マイスターは人間国宝みたいなものです、とガーネット。

 ってことは、彼が大事に眺めているその薄緑の布は、それなりにお高いのでは。

 そう思って告げてみると、ガーネットはこくりとうなづく。

「はい、けっこうお高い布ですよー。実はそろそろ姉さんに新作のドレスを仕立ててあげようかなって思って。これなら軽くて丈夫、姉さんみたいな重量上限の低い人でも着用できて、なおかつ防御もばっちり、というすぐれものができます。布なので加工がしやすいのもグーで」

「へぇ……」

「まぁ、これは仕事用じゃないのであっちに片付けてっと」

 ガーネットは布をてきぱきと片付けていく。


 この世界の布は反物というか、筒状にくるくるっと巻いたものらしい。

 それに専用のものなのかは知らないけど、柔らかそうな紙を巻きつけた状態で取引されているようだ。一般市民が使うような――ゲーム的に言うと、防御力が存在しないようなごくごく普通の布なんかは、そこまで丁寧には扱われないという話だけど。


 お高い、と言っていただけに、ガーネットは例の布を大事そうに棚にしまう。店舗部分の向こうにある作業用の小部屋、そこの棚に。仕事終わりに、作業を進めるつもりのようだ。

 あまり無茶しなければいいな、と僕は思った。

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