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リリスレッドの語り部

「わたしはリリスレッド、語り部なの」


 向かい側に座った少女――リリスレッドさんが、言う。

 自分のことを、そう名乗る。

 それがさらなる謎と混乱を呼ぶことを、その顔だからわかっているのだろう。

 彼女について僕が知っていることは、ほとんどない。

 名前だって、彼女がさっき名乗ったからこそ知ることができた。しかし僕が開いたステータス画面には、すべての欄にただ一言、『Unknown』とだけ表示されているだけだ。

 僕やブルーといった冒険者や、エリエナさんにすら表示される名前と立場――冒険者の場合は職業だけど、そういうものが乗っている簡易のステータスが、彼女には何一つ存在しない。


 Unknown。

 未知、不明、未詳。そういう意味合いの言葉だったはずだ。


 その口が名乗った名前以外すべてが謎の、こことは違う世界から来たという、人。座ることを促されるまま座って、テーブルに焼きたての焼き菓子と紅茶が届いて、それから数分。

 にこにこと告げられた言葉は、やはりよくわからないものだった。

 語り部、というとつまり僕と同じってことだ。

 彼女もそうなのか。

 だけど彼女はおそらくこの世界のヒトではないのだし、本人も外の世界からやってきたなんてことを言っていた。だけどあの画面を見る限り、僕らのような類でもないのだろう。

 じゃあ、僕と彼女の語り部という呼称には、何かズレがあるのかもしれない。僕のように何らかの特殊な力を持つ存在なのか、それとも単に語る者という意味でしかないものなのか。

 遠巻きにハヤイやブルーといった面々に見つめられつつ、僕は話を切り出した。


「あの、あなたは『誰』なんですか」


 何、とは言えなかった。

 見た目は僕らと変わらない背格好の少女が、今は得体のしれない何かに見える。

「だから言ったでしょう? 名前はリリスレッド。苗字と名前が必要な時は、ステラ・リリスレッドと名乗ることもあるわ。そしてわたしは『かたるもの』、つまり『語り部』なの」

 あなたと同じ、と笑い、リリスレッドさんは紅茶を一口。

 そして彼女は簡単に、自分のことを少しだけ話し始める。

 まず、彼女はこの世界に生まれ育った存在ではないということ。僕らのように外部からやってきたこと。大きく違うところとしては、リリスレッドさんは僕らのように何かの力が働いたことによる強制的なものではなく、自分の意志でこの世界へとやって来たところ。

 リリスレッドさんいわく、これは旅行なのだそうだ。

 世界を渡り歩くという、言葉だけ聞くととてもスケールの大きい旅行。自分のパスポートすら持っていない僕には、あまりにも次元が違うというか、感覚が違いすぎてわからない。

 しかし、彼女にとってはそれが普通のようだ。


「あ、ちょっとまってくださいよ」


 ひょこ、とガーネットが手を挙げる。

「それじゃあ、僕らが巻き込まれたこのヘンテコな状況、もう異世界召喚でもトリップでもなんでもいいんですけど、これ、あなたなら何とかできるんじゃないんですか?」

 それはすがるような声をしていた。

 僕らはここでの生活に満足はしているけど、帰りたくないわけじゃない。もしその手段があるなら当然求める。今、その糸口になるかもしれないのが、目の前の不思議な少女だ。

 しかしリリスレッドさんは笑みを少し暗くして、ゆるりと首を横にふる。


「残念だけど、わたしにはそんなすごい力はないの。わたしにはあなた方の状況を客観的に眺めることはできても、あなた達が織り込まれたこの状況を何とかすることはできないわ」

「ど、どうしてですか」

「ん……あなた達のいう『元の世界』と、同じような技術、文化、風土を持つ国が存在する世界には、以前一度行ったことがあるのだけど、ええっと、そうね何だったかしら」


 と、リリスレッドさんが首を軽くかしげつつ、視線を彷徨わせる。

 同じような技術と文化と風土、それは僕らがいた地球で日本のことではないのだろうか。

 しかしそうだと断言しない辺り、なにかカラクリがありそうな気がした。けれどそれを聞いていたら話がそれてしまう。問いかけたい声を、僕はグっと飲み込んで彼女の声を待った。

 しばらくするとリリスレッドさんは、ぱぁ、と表情を明るくする。


「あぁ、そうだわ。わたしはあまり触ったことがないからよく知らないのだけど、ソーシャルネットワーク、というものがあるでしょう? そのネットワークがこの世界で、そこに登録すれば許可された範囲で書き換えたり、加筆することができる。こういう感じだと思うの」


 いきなり聞き慣れた言葉を織り交ぜた説明が飛んできて、僕は一瞬理解と把握が追いつかなくて困惑した。ソーシャルネットワークというと、たぶんアレとかアレとか、思いつくけど。

 それがどうして説明に使われたのか、そこがいまいちピンとこない。


「要するにそういうことなの。つまりこの世界に登録したのがあなた達で、だけどわたしは未登録のゲスト。この二つには明らかな差異があるでしょう? つまりそういうことなのよ」

「登録者と、未登録者……」

「演劇のキャストと観客と言えるかもしれないわ。どちらにせよ、わたしという存在が外野であることに変わりはないの。だからわたしは状況を把握して、それをあなた達に教えることはできるけど、それ以上のことはできないわ。それにできたとしても元の世界には戻せないわ」


 たぶん意味が無いもの、と彼女は言う。


「パラレルワールド、というものをご存知かしら。わたしが行ったことのある世界は確かにあなた達の故郷に酷似したものでしょうけど、同じものとは限らないのよ。もしかしたら大昔の争いの勝者が違った歴史の世界だったり、この世界のように魔法がある世界かもしれないわ」


 だから連れ帰ることはできない、ということらしい。

 彼女の言い分は、わかった。確かに連れ帰るなんてことは安請け合いできない。同じような、でも違う世界に帰っても確かに意味は無いし、それは帰るとは言わないだろう。リリスレッドさん曰く、一度言ったことのある世界なら何とか送り届けることはできるらしい。

 数人ずつという、とても地道な作業になるらしいけれど。

 挙句僕らが存在していたあの世界に帰れなきゃ、何の意味もないことだ。

 たぶん、僕ら以上にそれを彼女は理解しているんだろうと思う。


「質問だが、よろしいか」


 押し黙った僕らに代わり、ふと声を上げたのはレインさんだった。

「あなたの言う『改変の許可』とは、どういうことを指し示すことなのだろうか」

「さっきの話で例えたままよ。あなた達はこの世界に登録された存在。改変とは世界への干渉権限、つまり日々を生きる営みのこと。朝に目覚め、昼を生き、夜を迎え、そして眠る」

 だが逆に言えば。


「それ以外のことはたぶん、許可されていないのではないかしら」


 例えば元の世界に帰るだとか、大げさにいうと国を乗っ取ろうとするだとか。ある一定の力の元、僕ら冒険者は『冒険者』としての生き方を――まるで強いられているのだと。

 語り部を語る少女は、何故か楽しげに笑って言った。

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