ステータス:Unknown
面白い世界を見つけたのよ。
とっても、とっても面白そうなステキな出会いをしてしまったの。
そう言って、赤い目を細める少女がわらう。
くすくす、くすくす、青黒い髪の彼女は、楽しげだった。
彼女は、リリスレッドは旅人だ。世界と世界を気ままに渡り歩く、いかなる世界にも属さぬ寄る辺なき旅人である。故郷らしい場所を持たず、安らぐための止まり木すら捨て去った。
細い四肢、白い肌、赤い瞳に、青みを帯びた肩につく程度の黒髪。
黒くフリルの多い膝丈の衣装を纏い、荷物も持たずに渡る。
そんな彼女の【父】たるものが住んでいた世界に、リリスレッドは帰ってきていた。
唯一、彼女が『帰る』と呼称する場所はこの世界であり、エルヴァルトの森、と呼ばれるここには知人の魔法使いが暮らす屋敷がある。今は、そのリビングで優雅にお茶を飲んでいた。
リリスレッドはこれからまた旅に出る。
すぐに帰ってくるかもしれないし、また長く帰らないかもしれない。旅の時間は半年かもしれない、家主である魔法使いが死ぬまで帰ってこない可能性だって少なくない。
気まぐれな猫のような少女は、次の世界を楽しみにしているから。
あぁ、今も覗き込んだ赤の瞳は、宝石のようにきらきらと輝いている。
「とりあえず――」
そう、魔法使いの青年は前置きして。
今までに数える程度にしか見かけていない、不気味なほど上機嫌な彼女をじろりと見る。快楽主義者とまでは行かないながらも、彼女は自分の『楽しい』を概ね再優先とする。
その結果、何かしらあってもあまり気にしない、あまり。
「人様の迷惑になることだけは、しないように」
青年は青い瞳を細め、リリスレッドを睨むように見た。彼女の旅先と彼に一切の関わりなどあるわけがないのであるが、しかし悪さをするかもしれないのを見逃せるほど薄情ではない。
意味があるにせよ、ないにせよ、一言は言っておきたいのだ。
するとリリスレッドは、心外だというでもなく、楽しげな笑みを強くする。
「あら、まるでわたしがトラブルメーカーのような言い方ね?」
違うのかと青年は思い、だが思うだけにした。
リリスレッドには、どうせ何を言っても無駄だからだ。せいぜい彼女の赤が目をつけてしまったその世界が壊れてしまわないことだけを、世界すら違えた場所から願うのみである。
■ □ ■
昼の混雑を通り過ぎると、ブルーはウルリーケと一緒にお菓子作りの準備を始める。
さらにレインさんがコーヒーや紅茶なんかの品定めなどするものだから、さながら喫茶店のようないい香りが工房の中にあふれて、昼や夜とは違った意味で胃袋を刺激してたまらない。
それを堪能しながら、昼の営業の残骸を僕は片付けていた。
汚れたテーブルを拭いて、汚れたクロスは洗濯カゴへ。
床はとりあえずほうきでさっさと履くだけで、一週間に一度くらいの頻度で水を使って綺麗にしている。最近は天気が良いから汚れも少なく、二週間先に伸ばしてもいいかもしれない。
雨が降った後なんかはもうすごくて、そういえばコンビニとかでも店員さんがよく掃除してたけど大変だなと思い知る。舗装なんてされてない道から運ばれるドロが、もうすごい。
こびりついたそれは掃くだけではどうにもならなくて、大掛かりな掃除が必須。
ヒロさんは厨房の方で、レインさんの手伝い中だ。
元々コーヒーが好きな方らしく、たまにお店で挽いたものを買ってきて淹れているそう。
「なんか新しいブレンド? ってのやるから、味見させてもらえるかもなー」
ガタガタと机を移動させつつ、ハヤイが笑っている。
楽しみにしたような顔をしているけど、僕は忘れていない。
「ハヤイ、ミルクと砂糖がないと飲めないじゃん」
「う、うっせー! オレは甘党なの! お前だって人のこと言えねーじゃんよ!」
まぁ、そうですけど。
でもまったく飲めないわけじゃないから、と言ったら火に油なので、黙っておく。
かくして試作品の味見を兼ねた休憩が目前、というところで。
「――営業、しているのかしら?」
ひょっこりと、お客様が来店する。
いらしゃいませ、と声をかけながら出入口の方を見ると、見知らぬ少女が立っていた。見知らぬというか、冒険者でも地元の人でもない女の子だ。服装からして、旅人とも思えない。
僕の知識と記憶によると、彼女が着ている服を元の世界の世間一般ではロリータ服とかゴスロリ服とか、確かそういう呼び方をしていたはずだ。旅どころか普段使いも無理だと思う。
だけど、僕にには彼女に関する記憶が無い。
たまにエリエナさんが知り合いの貴族令嬢さんなんかを連れてきてくれるけど、そういう場合は屈強な護衛とかがついてたりするから、流石に記憶にも残って見ればすぐにわかるし。
こつこつ、と足音を鳴らして店の中に入ってくる見知らぬ少女。彼女はブルーのそれによく似た青みのある黒髪を肩に付く程度まで伸ばしていて、後頭部の高い位置には大ぶりで鮮やかな赤のリボンがあった。フリルの多い膝丈の黒ワンピースは、赤いリボンで装飾されている。
この世界ではあまり見ない黒のタイツかストッキングに編上げブーツは、どんな素材なのかわからないけれど見るからに丈夫そうで、どちらかと言うと実用向きなんだろうなと思う。
女の子が持つのにちょうど良さそうな大きさの四角い旅行かばんには、持ち手のところに不思議な細工飾りが、さながらストラップのようにぶら下げられていて小さく揺れていた。
服装以外は旅人のようなのに、服装だけがそれではない。
冒険者にしては軽装なんだけれど、そうじゃない部分で『何か』が違うような。
だけどその『違う』の根拠が特に思い当たらず、僕は首をかしげた。その間に彼女はハヤイによって、窓際にある二人がけのテーブルへと案内される。日当たりが程よい、いい席だ。
「とりあえず紅茶と、何かおすすめの甘いものをいただけないかしら」
「承りましたー。おーい、紅茶となんか甘いもんー、オススメのやつー」
ばたばたと厨房の方へハヤイが走って行く。
残されたのは僕と彼女の二人だけ。
「……」
ちら、とその赤い目が僕の方を眺めて、楽しそうな形になった。
誘われるように、僕は彼女の近くへ寄る。
「あなたが、ここの偉い人?」
「あ、はい。そうです」
「じゃああなただったのかしら。わたし、この『世界』には初めて来たの。この前、『外』から眺めた時に、なんだかすごく面白そうだったから。見た瞬間、楽しいことの予感がしたの」
足を踏み入れたらこの御店の前だったわ、と彼女は笑っている。
楽しそうに、くすくす、と。
僕は何を言っているのかわからなくて、彼女が笑うほどに混乱していった。
「……そと? せかい?」
それはつまり、もしかしたら。
ここではない世界の、別の世界からきた、と。
そういうことなのだろうかと、しかし直接言えずにいる僕を、彼女は見て頷く。まるで僕の考えなんて見えていると言うかのように、それは頭の中の問いかけに答える一言になった。
「えぇ、そう、外と、世界。わたしはあなた達と同じようで、ちょっと違う。わたしは、違う世界から遊びに来たの。面白いものを見るために。旅行のようなものね」
言い回しがよくわからない。
同じだけど、同じではないという意味が。
何となくぐらいの軽い気持ちで、僕は彼女のステータスを閲覧しようとする。そんなことしなければよかったと、後悔したのはその直後。目の前に画面が浮かび、それを見た瞬間だ。
にこにこと、僕を眺めて柔和な笑みを浮かべている、名を知らぬ彼女。
表示されるべきステータスは――そのすべてに何もなかった。




