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6話

 親友との外出を終えて自宅へと帰宅した。

 外出自体はとても楽しかったが、そこに至った経緯を思い出してしまうと眉間に深く皺が寄ってしまう。私の中で轟々と燃え盛っている怒りの炎は当分収まってはくれなそうだ。


 リナリアからの誘いは突然だった。最近話題の芝居のチケットが手に入ったから一緒に行こうというもの。特に予定もなかったので快く承諾したが、私はこの時点でなんとなく嫌な予感がしていたのだ。親友が誘ってくれた芝居は、デートにもお勧めなんていう触れ込みがあり、若い恋人たちの間で人気のものだったから。

 考え過ぎだ。こんな予想は外れて欲しいと願った。だってもし、私のこの予想が当たっていたのだとしたら……またしても大切な友人の心が傷つけられてしまったという事に他ならないのだから――――



 結果として、私の嫌な予感は全て的中していた。リナリアはマルク・レシュー……婚約者との外出の予定を当日になっていきなりキャンセルさせられてしまっていたのだ。

 観劇の後……行き付けのカフェでリナリアは事の経緯を語ってくれた。彼女は真面目でとてもしっかりした子だ。私を誘う時はいつだって事前に予定を確認してくれていた。今回のように当日になっていきなり押しかけるなんて真似はまずしない。よって、本来は別の人間と行くはずだったものが、何らかの理由で叶わなくなったためとすぐに想像できた。


 婚約者の代わりみたいにしてすまないと、リナリアは私に謝罪をした。一番傷ついているのは彼女なはずなのに、私に対してそんな気遣いをする。

 リナリアと観た芝居はコメディ色が強く明るいストーリーで、家族や友人と観ても充分楽しめるものだった。人気の理由が頷ける。チケットを取るの苦労しただろうに……

 胸の中にドス黒い感情が湧き上がってきた。私の中にあったなけなしのマルク・レシューへの好感度はゼロを通り越してマイナスになった瞬間だ。








 リナリアと私の付き合いはそこまで長くない。仲良くなったのは一年ほどの前のことだ。

 あの時の事は一生忘れられないだろう。リナリアにこれを言うと大袈裟だと笑われてしまうけど、彼女というかけがえのない友人と出会えたこと……それは、私がこれまで生きてきた17年間の中で、最も特別で大切な出来事のひとつである。

 私はリナリアに命を救われたのだ――――


 最近はもうやらなくなったが、私はジョゼット家のステラという身分を隠し、頻繁に市井を歩き回っていた時期があった。外出時には家の者が必ず複数人同行する……更に、行きたい場所には自由に行けない。そんな扱いにうんざりしたが故の愚行だった。

 路上屋台で販売している食べ物や雑貨……見たこともない珍しいものがたくさんで、目に映るもの全てが輝いて見えた。罪悪感が無かったわけではない。それでも、誰にも束縛されない自由の身というのがあまりにも楽しくて……私の行動はどんどん大胆になっていった。


 そんなことを繰り返していたある日のことだ。私は現実の非情さと、自身の行いがいかに軽はずみだったことを思い知ることになった。

 民衆の中に上手く溶け込めていたとういのは私の勘違いだった。服装を変えたくらいで、世間知らずの娘という雰囲気は隠しきれていなかった。私はガラの悪い男たちに目を付けられていたようだ。人気のない場所に連れ込まれ、襲われそうになってしまったのだ。そんな絶体絶命のピンチを救ってくれたのがリナリアだ。

 あの時……彼女が私の後をつける不審な男たちを目に留めて助けを呼んでくれていなければ……私は今ここにいられなかっただろう。リナリアは私にとって友人でもあるが、大恩人でもあるのだ。


 そんな大切な子があんな男に雑に扱われているなんて我慢できなかった。実家の力でもなんでも利用して、マルク・レシューとの婚約を破棄できないかと何度も考えた。でも、残念なことにリナリアの婚約はアルメーズ家とレシュー家の間で結ばれた契約。他家の私が介入する権利はなかった。


「いっそあのバカ……盗みとかなんか適当な犯罪でも犯してくれないかしら。そうすればやりやすいのに……」


 さすがに犯罪者との婚約は破棄されることになるだろう。婚約相手に明らかな問題有りなら、こちらが介入できる隙を作れるかもしれない。学園を卒業してしまえば、リナリアは結婚してしまう。時間はあまりない。どうにかできないかしら……


「残念ながら盗み程度ではどうにもならないと思うぞ」


 頭の中でマルク・レシューを穏便に排除する方法を模索していた……その時だ。少し前に呟いた私の独り言を聞いていたのだろう。自宅とはいえ不注意だったな。今後は気を付けよう。


「おかえりなさいませ、バージルお兄様」


「ただいま、ステラ。俺も一緒していいかな」


「どうぞ」


 兄は私の正面のソファに腰を下ろした。最近仕事が忙しいようで、まともに顔を見たのは数日ぶりだ。表情には出していないが、疲れも相当溜まっているだろう。


「さて、我が妹はずいぶんと過激な計画を企んでいるみたいだね」


「何のことでしょうか」


「お前の考えていることなんてお見通しだ。そもそもさっき口にも出していたんだから、とぼけても無駄だよ」


「盗み聞きなんてはしたないですよ、お兄様」


「勝手に聞こえてきたんだから不可抗力だろ」


 澄ました態度が癪に障る。とぼけているのはどっちだ。マルク・レシューに対して誰よりも敵意を持ち、排除したいと思っているのは自分の癖に……

 バージル・ジョゼット……世間では非の打ち所がない完璧な男だなんて褒めそやされている私の兄。しかし、実際の彼はとても不器用で、自分の気持ちを素直に表現することさえもできない。そのせいで、大切な人からは距離を置かれ、あまつさえ失いそうになっているのだ。


 そう、彼は私の親友であるリナリア・アルメーズに恋をしている――――

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