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5話

「お父様。みんなの心配は嬉しいですけど、この件でレシュー家に抗議などはしないで頂きたいのです。両家の友好な関係に水を差すことはしたくありません」


「いや、そうは言ってもね。お前だけの問題でもないんだよ。婚約者であるお前を蔑ろにするということは、うちの家そのものを軽んじているということだからね」


 私がこんなにもレシュー家の顔色を窺っているのには理由がある。それは、レシュー家がうちよりも家格が上というだけではない。アルメーズ家はレシュー家に対して非常に大きな貸しがあった。

 今からおよそ三年ほど前のこと……家の存続にも関わる重大なピンチをレシュー家に救って貰ったのだ。


 我がアルメーズ家は北部の国境付近に広大な土地を持っている。そこではブドウの栽培が盛んに行われており、アルメーズ家はワインの醸造と販売で利益を得ていた。ワインは国内はもちろん外国にも輸出しており、売れ行きはとても良好だった。よって、アルメーズ家は子爵家ながらかなりの資産を有しており、裕福な暮らしを送っていた。私も何不自由なく育てられたのだ。

 しかし……その幸せな生活は、ある出来事をきっかけに陰りを見せ始めた。


 領地内で栽培しているブドウ樹が理由も分からず大量枯死する現象が起こり始めたのだ。最も酷い時期には領地全体のブドウ畑30パーセントが壊滅するという被害を受けてしまった。

 原因は比較的すぐに判明した。それはブドウの樹に寄生した害虫だった。この害虫が樹の樹液を吸い取り枯らせていたのだ。国内では見たことのない新種のそれに既存の薬剤は効かず、原因は分かったものの……被害を抑えることは出来なかった。そんな絶体絶命とも言える状況で、救いの手を差し伸べてくれたのがレシュー家だったのだ。


 害虫は国外に生息している外来種だった。いつどのようにしてうちの領地に入ってきたのかは不明だが、偶然何かに付着していたものが運悪く広がってしまったのかもしれない。うちの領地は国境に近い。そういったものが入ってきやすい立地でもあるのだ。

 幸い他国では対処法が確立されており、薬も存在していた。レシュー家はいち早くその情報をうちに提供し、自身が運営している商団を通して薬を手配してくれたのだ。その薬のおかげで虫害を抑えることができた。かくして、我が領は救われた……

 現在アルメーズ家が存続できているのはレシュー家のおかげなのだ。


「いくらうちの家がレシュー家に対して恩義があるといっても、大切な一人娘を傷付ける男を許すことはできないよ」


「確かにマルクには腹は立てていますが、この程度のこと……お父様が出るまでもありません。私が自分の力で解決してみせます」


 婚約者が自分よりも幼馴染を優先するのがムカつく。こんな問題にお父様を引っ張り出すのはさすがにカッコ悪いような気がする。告げ口したみたいなのもなんか嫌だし……


「……分かった。今回はリナの意思を尊重するよ。でも、今後は私にもきっちり報告するのを約束して欲しい。どんな些細なことでもだ。いいかい?」


「はい」


「それにしても……マルク殿がそんな不誠実な人間だったなんてがっかりだよ」


 お父様はこめかみを抑えながら愚痴る。マルク本人はアニータ嬢の事は妹のようなものだと主張してはいる。でも大事なのは他人から見てどう思われるかである。少なくともうちの使用人たちからは、マルク・レシューは婚約者がいるにも関わらず、他の女性との間をフラフラしている優柔不断な男というイメージが付いてしまった。

 今はまだ私との関係はあくまで『婚約』であるから、多少の遊びは見逃される段階ではあると思う。それでも側から見た印象は最悪だ。

 彼は私と結婚したらうちに婿入りする予定なんだけど、こんなんで大丈夫なんだろうか……。使用人たちから敬われない次期当主なんて悲惨過ぎる。将来のことを考えると、私もお父様に負けないくらいの大きな溜息が溢れてしまう。


「まあ、彼も家の都合で婚約させられた身ですからね。とりあえず今は……婚約者として最低限の役割を果たして下さるようになれば結構です」


「昨日バージル殿と話をして色々考えさせられたのだが……ようやく決心がついたよ」


 お父様はソファから立ち上がると、私のすぐそばまで移動する。お父様の大きな手が私の頭を撫でた。


「ダメな父ですまない、リナリア。もう我慢する必要はない。家の事は気にしなくていい。お前の好きなようにやりなさい」


「……お父様?」


 これはどういう表情なんだろう。どこか清々しくて、何かに吹っ切れたような爽やかな顔。今までの話にこんな表情になる要素があっただろうか。いくらマルクに呆れたからって投げやりにはならないで欲しいものだ。

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