29話
「なっ……!? 誰だ、お前!!」
突然現れたバージル様の姿に男たちはどよめいた。そんな彼らの様子など意に返さず、バージル様はいつものポーカーフェイスで男たちの前に立ちはだかる。
「貴方はっ……バージル・ジョゼット!!?」
顔を布で隠した指示役の男が叫んだ。右往左往するばかりの他の者たちとは違い、彼ははっきりとバージル様の名を口にした。バージル様と……貴族と面識があるのか。もしかしたらとは思っていたけど、指示役の男は貴族家の人間なのか……
「違法薬物『ダークパープル』の所持および運搬容疑にて拘束する。抵抗する者は容赦しない……全員その場から動くな」
腰に携えた剣を抜きながらバージル様は告げる。男たちが運んでいた荷物はやはりDPだったのだ。本棚の下……あの床の隠し扉の奥に隠されていたのか。よく見ると該当の本棚だけ他と比べて埃の蓄積量が少ない。つまり、定期的に動かしていたことの証明である。
本日彼らは隠していた薬を取り出して、どこかに移動させようとしていたようだ。この第二図書室に保管していたものが、学園の生徒たちへと売り捌かれていたのだろうか。私の位置からでも男たちが手にしている薬の数はかなりのものであると分かる。これほど多くの薬が生徒たちへ渡っていたと想像すると気分が悪くなった。
「……ジョゼット小公爵様ですね。なにか酷い誤解をなされているようです。私どもはこの図書室の清掃に訪れただけの作業者でございます」
「清掃? こんな夜中にか」
「日中ですと先生や生徒さんたちのお邪魔になってしまいますから……」
「はぁ……そんな嘘で私が誤魔化されると思っているのか。ずいぶんと舐められたものだな。お前たちが今運ぼうとしていた物……それらを前にしてそんなくだらない言い訳がまかり通るわけがないだろう」
「これは古い書類や書籍で……」
「往生際が悪い。お前たちは近々学園に捜査の手が伸びるという噂を聞きつけ、慌てて薬を移動させにきたんだろ? その噂が我々によって意図的に流されたものだと知らずにな。まんまと策にハマってくれて助かったよ。これ以上見苦しい足掻きを続けるのなら、お前の名前を今ここで言ってやろうか」
バージル様の発言に指示役の男は明らかに動揺している。顔を布で覆っているにも関わらず、バージル様には男の正体が分かっているのだという。しかも、事前に男たちが薬を移動させるように誘導までしていたというのだ。
はったりだろうか……いや、もともと目星は付いていると言っていたのだ。相手もバージル様を見知った風だったので、直接対峙したことで確信を得られたのだろう。
「全く……小公爵様は正義感に酔って周りの状況がよく分かっておられないようだ。素直にこちらの話に合わせておけば、その尊い命を散らすことにはならなかったでしょうに……」
「なんだと……」
指示役の男が開き直ったかのように笑いだす。すると、他の男たちがバージル様を取り囲むように陣形を組んだ。その中の何人かは衣服の中に隠し持っていたのか、短刀や棍棒といった武器まで構えていた。
「ジョゼット小公爵様。このような場所におひとりで出向くなど無謀にもほどがございます。今ここで我々があなたの口を塞いでしまえば、此度の出来事を知る者は誰もいなくなるのですよ」
「つまり私を殺して真実を闇に葬ろうと……DPの流入だけでも大罪であるのに、よもや殺人にまで手を染めるというのか。いよいよ救えない悪党だな」
「私とて気は進みません。ですが、小公爵様が私どもを『ただの清掃員』だと認めて引いて頂けないのですから仕方ないのですよ」
バージル様が危ない。指示役の男はバージル様の懐柔が不可能であると悟った途端、彼を始末する方向へと舵を切った。
屈強な男性たちを大勢引き連れていたのは、重い本棚を移動させるためだけではなかった。武器を構えての立ち回りといい……彼らはバージル様のような第三者に見つかった場合に備えて、指示役の男が配置した人員。荷物の運搬などよりも荒事が専門なのだろう。
「小公爵様のお噂は存じ上げておりますが、さすがの貴方でもこの人数を一度に相手にするのは不可能ではないでしょうか」
男の言う通りだ。いくらバージル様が強くても多勢に無勢。このままだと彼はやられてしまうだろう。だがしかし……それは本当にバージル様がひとりであった場合である。
指示役の男は勘違いしている。バージル様はひとりじゃない。私がいる――――
バージル様に貰った護身笛を握り締める。彼にとってはこの展開も想定内だったと思われる。だから私はこの笛を託されたのだろう。
吹けばかなり大きな音が鳴るという護身笛……きっと、この笛の音が聞こえるであろう範囲にバージル様の仲間が待機しているはずだ。犯人たちが大人しく降伏せず、武力による抵抗をしてきた場合に備えての対策。
「それはどうだろうな。やってみなければ分からないぞ」
さあ、バージル様。いつでも大丈夫です。早く合図を送って下さい。私は護身笛を口元に添え、彼の左手が上がるのをいまかいまかと待ち構えた。
「御託はいいからさっさとかかってこい」
バージル様……まだですか。
彼はなかなか合図を送ってくれない。仲間が待機しているわけではなかったのだろうか。それじゃあ、この笛は何のために……
「……殺せ。商品に傷をつけないようにな」
バージル様は余裕の態度を崩さない。彼の挑発めいた言動に指示役の男は神経を逆撫でされたようだ。とうとう『殺せ』という直接的な命令を下した。
男たちが一斉にバージル様へと襲いかかっていった。




