28話
扉を開く音が薄暗い室内に響き渡る。私は息を潜めて見つからないように体を縮こませた。
複数の男たちがぞろぞろと教室に入ってくる。本棚の陰に身を隠したままの体勢では相手側の状況を思うように把握はできないが、人数は10人程度だと思われる。人相もいくつか確認することができた。いずれも成人で学園の生徒らしき人物はいない。男たちの中に見知った者がいないことに胸を撫で下ろす。
それにしても……それなりに体格の良い成人男性ばかりで何をするつもりなのだろうか。私は一旦男たちから視線を外してバージル様の方へと向けた。
金色の鋭い瞳が男たちの姿を追っている。私はその真剣な眼差しに圧倒されてしまった。男らの一挙手一投足を見逃してなるものかと言わんばかりの迫力。まるで獲物を狩ろうとしている猛禽類のようだった。
「おい、あまり大きな音を立てるなよ」
「この時間帯に残ってる奴はいないんじゃなかったんですか?」
「それでもだ。後、何度も言うが『ブツ』は丁寧に扱えよ。黄金や宝石だと思え。実際、価値自体は同等かそれ以上だからな」
男たちの話し声が聞こえてきた。所々聞き取れない箇所はあるものの、よからぬ事を画策しているであろう事は伝わってくる。
しばらくの間会話に耳を傾けていると、男たちの中にリーダーのような役割をしている人物がいるのに気付く。質問に答えたり、行動を窘めたりと……会話はその男を中心に展開されている。
その人物は男たちの中でただ一人、顔を布のようなものでぐるぐるに覆っていた。両目部分だけを露出させているその出で立ちは、怪しい男たちの集団の中でも一際異彩を放っており浮いていた。バージル様の予想通りであるなら、この人物が男たちを統率している『指示役』なのだろう。
この場においてひとりだけ顔を隠している男。一緒に作業をしている者たちとは仲間同士ではないのだろうか。仲間の前ですら正体を隠しているのだとしたら、よほど慎重なのか……もしくは、そうしなければならない事情が————
『あっ……!?』
咄嗟に声を上げてしまいそうなのをギリギリで飲み込んだ。危なかった。
『指示役』の男が本棚のひとつを指差しながら、何か喋っていると思ったら……すぐさま男たちがその棚を移動させ始めたのだ。この第二図書室の本棚は第一に比べて収まっている本の数は少ないが、棚自体の大きさはそう変わらない。重さはかなりのものだろう。そうか……この本棚を動かすために人手が必要だったのか。どうりで体格のいい男性ばかりだと思った。
『指示役』に言われた通りに棚が部屋の端の方に移動されていく。これから何が始まるのだろうか。緊張で喉が乾いてきた。
「よし、見えてきた。お前たち少し離れろ。そこのふたりは廊下を見張れ」
指示役が作業をしていた男たちにまた命令をしている。見張りとして数人が図書室から出ていった。万が一にでも関係のない人間が上がってこないようにするためだろう。もし、私とバージル様がここにいることがバレたらどうなってしまうだろうか。絶対に私がいたところで誤魔化しなど効くものじゃないと思う……万事休すか。
私が嫌な想像を頭の中で繰り広げているうちに、男たちは怪しい作業をどんどん進めていく。指示役の男が本棚が置かれていた場所にしゃがみ込んだ。私たちがいる位置からは男の背中に遮られてしまいよく見えないけど、床に何かあるみたいだ。
指示役の男が床に向かってごそごそと手を動かしている。確認できないのがもどかしい。しばらくして、ガタンという音が耳に飛び込んでくる。音は床の方から聞こえてきた。私とバージル様は息を潜め、成り行きを見守った。
「よし、無事だ。急いで移動させるぞ」
男がいた場所……ついさっきまで本棚が上にのっていた床だ。そこにはおそよ30センチ四方の切れ目が入っている。どうやらその切れ目は隠し扉だったようで、男たちは床の下に作られたスペースに収納されていたものを取り出している。形状は箱だったり布袋だったりと様々だが、もしかしてアレが……
『リナ……』
『……はい』
ここまでずっと無言だったバージル様が私の名前を呼んだ。彼の目線は男たちの方へ固定されており、右手は腰に携えた剣の柄を握っている。あちら側に意識を集中させながらも私に伝えたいこと……きっととても大切なことだ。
状況的にかなり小声での会話になるので、聞き逃さないよう注意しないと……
『君にお願いしたいことがある』
バージル様は懐からネックレスのような物を取り出して私に手渡した。銀色のチェーンの先端には同じく銀色で棒状の飾りが付いていた。
『これは護身笛だ。吹くと結構デカい音がなる』
『護身笛……』
ネックレスではなかった。飾りだと思っていた部分は笛になっているらしい。こんなものがあるのか。初めて見た。
『リナへのプレゼント。それで……お願いというのは、私が合図をしたらその笛を思いっきり吹いて欲しいんだ』
『えっ……でも、そんなことをしたら私たちの居場所が……』
『それでいい。私はこれから奴らの前に出る。どのみちバレるから問題ない』
「はっ? えっ、ちょっと……」
小声で喋らなければいけないのに、つい普通に声をだしてしまう。慌てて口を閉じたが、もう後の祭りで……
「……おい。いま、話し声がしなかったか?」
男たちが一斉に私たちが隠れている場所へ視線を向けてきた。まずい……気付かれた。
「合図はこれ。こうやって左手を上げたら躊躇わずに笛を吹け。私はこれから奴らを制圧する」
指示役を捕えるとは聞いていたけど……
「バージル様!! 待ってくだ……」
私の必死の制止も虚しく、彼は男たちの集団へと向かい飛び出して行ってしまったのだった。




