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17話

「リナ……」


「はい」


「以前、マルク・レシューとの婚約についてどう思っているか君に尋ねたよね。あの時の答えは今も変わらない?」


 マルクの話を聞いて怒りを露わにしたバージル様だが、その矛先が私に向けられることはなかった。婚約者との内輪揉めに自分を巻き込むなと、苦言のひとつは頂戴すると覚悟していたのに……

 予想に反してバージル様は私を責めることはなく、険しかった表情も今は和らいでいた。声のトーンだって元に戻っている。私を気遣っているようにすら見えるほどだった。そんなバージル様が私に対して投げ掛けた言葉は、またしても婚約についての意思確認。


 あれは少し前に、バージル様が我が家を訪問された時のことだった。マルクとの婚約について彼にあれこれ聞かれたのを思い出す。マルクに恋愛感情を持っているかとか、婚約が無くなったらどうするのかとか……

 私はこの質問になんと返したのだっけ。確か……当たり障りのない無難な受け答えをしたと記憶している。バージル様を呆れさせないよう言葉を選び、貴族家の子女として表面上は取り繕っていたはずだ。

 どうしてまた同じ質問をするのだろうか。答えなんてもう聞かなくても分かりきっているだろう。それなのにバージル様は、まるで念を押すように私の気持ちを確認してくるのだった。


「……変わっていません。ですが、もう無理かもしれませんね。私なりに努力してきたつもりでしたが、マルク・レシューはついぞこちらの話に耳を傾けてくれることはありませんでした。口から出るのは私を責める言葉ばかりで……ついカッとなって言い返してしまいました。これで私に対するなけなしの好意すら無くなってしまったでしょう。全ては至らない自分のせいです」


 自分が我慢できなかったせいだけど、それでもやはり後悔はしていなかった。どこか清々しい気分なのだ。マルクとアニータの存在が私にとって相当ストレスになっていたのだと思い知らされた。


「言い返したって……どんな風に?」


 やはりバージル様は私の行動を咎めない。それどころか、喧嘩の詳細に興味津々みたい。どうせこの後マルクが被害者ヅラで大袈裟に吹聴するに決まっているから、バージル様には私からちゃんと教えてあげよう。


「私がバージル様を利用してアニータ嬢を攻撃したという言いがかりについては話しましたよね。当然否定しましたが、あのバカは聞く耳持たず……私をしたたかで性格の悪い女だと罵りました。これには私も堪忍袋の緒が切れましたので、こっちだってお前がそこまで愚かだと思わなかった、ガッカリしたと言ってやりましたよ。相当驚いていたみたいです。開いた口がしばらく塞がらなかったですから……」


 バージル様は口元を手で覆いながら私の話を聞いていた。心なしか……体が小刻みに震えているように見える。


「その後は時間が無かったこともあり、有無を言わさず家から追い出してやりました。決して褒められた行為でないのは承知しておりますが、私は後悔していません。胸の中を覆っていたモヤモヤが晴れたような清々しい気分です」


 さすがに言い過ぎたかな。恐る恐るバージル様の反応を確認すると、彼は私から視線を逸らし、くぐもった声を漏らしていた。これってひょっとして……


「あっははははっ……!! それは強烈だ。私もその場でマルク・レシューの驚いた顔を見たかったよ」


 バージル様が笑ってる……こんな豪快に笑ってるところ初めて見た。バージル様もマルクのこと嫌ってそうだから、ざまぁとでも思われたのだろうか。


「ああ……ごめん。リナにとっては大変なことなのに面白がってしまって。だって、あのバカって……婚約者にバカ呼ばわり……」


「いいえ。楽しんでもらえたのなら良かったです。実際マルクの顔は私も状況を忘れて笑いそうになりましたから。さすがに本人に向かってバカとは言ってませんが、頭の中で常に思っているので、今後はうっかり口にしてしまうかもしれません。気を付けないと……」


 バージル様はマルクに対する私の言い分がよほど面白かったのか、まだ笑いが引かないようだ。いつもクールな彼の意外な一面を見てしまった。結構笑い上戸なんだな。


「いやはや痛快ではあるけど、随所にうちの妹の影響を感じられてしまうのは些か複雑だな」


 マルクへのバカ呼びはステラが発端であるし、私自身も彼女を意識していたことは否めない。これだけでわかるとはさすが兄妹だ。


「ステラには本当に感謝しています。彼女がいてくれたから……側で励ましてくれたから、私はマルク相手に臆せず言い返すことができたのだと思います」


「まいったな……君にそこまで感謝されては、今後ステラの言動を責められなくなってしまう。でも、妹を参考にするのはほどほどにな」


 話の内容は決して愉快なものではないけど、バージル様とこんなにも穏やかに会話をしたのも初めてかもしれない。私が彼に対して抱いていた、四角四面を絵に描いたような人という印象が良い意味で覆された。


「対応については賛否あるだろうが、君に落ち度があったようには見えない。そもそも婚約相手の令嬢に対してこれほどまでに礼を欠いた振る舞いを続けてきたマルク・レシューが愚か者なんだ」


 バージル様ははっきりとマルクに責任があると断言してくれた。身内以外の人間に自分を肯定して貰えるのはこんなにも嬉しいことなんだな。


「マルク・レシューとアニータ・ルザネについて……私から君に伝えておかなければならない事がある。だが、今それをしてしまうと捜査に支障をきたすかもしれない。申し訳ないがもうしばらく待っていて欲しい」


 私に伝えること……なんだろうか。実はマルクとアニータが恋人同士だったとか? 今更あのふたりの関係について聞かされたところで、捜査に身が入らないというようなことにはならない。気遣いは不要である。それでも、バージル様は事態が落ち着いたら話すと言ったきり、それ以上詳しくは教えてくれなかった。

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