#18『甘酸っぱい香り/Target in my Eye』
〈深夜、ペグマタイトタワー、地下1階〉
「良かったらこっち座ってください。丁度湯が沸いたので、紅茶淹れますね」
「あぁ、うん」
マーカサイトはパールをソファーに座らせると、ティーバックをマグカップに入れ、湯を注ぎ始めた。部屋中にレモンティーの香ばしい香りが漂い始める。
「......ところで、ここに住んでるの?」
「あぁ、まぁ、半分そうです。奥の部屋でカルサイトさんが不眠不休で作業に没頭してるので、私はそのアシストの様なものですね。」
「ふーん...」
マーカサイトは2人分のレモンティーを淹れ終えると、1つをパールの前に差し出した。
「これ...!」
「...?どうかしました?」
「あぁいや、なんでもない。最初1人でここに来た時に、エントランスで飲んだのと同じ香りだったから。おじさんが淹れ方教えてくれたんだ」
「あぁ!もしかして少しふくよかな方でしたか?」
「まぁ、そうだね」
「あの方、実はこの地下階の設計に携わった、凄い人なんですよ!」
「そうなの!?すごい......!」
おかげで、こうして快適に過ごさせてもらってます。
マーカサイトはそう言いながら、パールの隣に座る。少し減ったマグカップの水面を見つめながら、パールに問う。
「何かあったんですか?」
「あっ......」
パールは共通の話題を見つけ、少しだけ平穏を取り戻したが、再び沈んでしまう。だが、それでも沈み切っていた頃よりは、いくらか軽くなっている気がした。
「...私、その、姉が居るの。」
「おぉ、やっぱり」
「え?」
「私も、実は妹が居るんです。パールさんの事見てると、なんとなく思い出してしまうので。そんな気がして」
「あはは......それで、その―――」
パールは言葉に詰まる。この言葉に詰まる感情を、どう形容したものか。
そう思っていた矢先、右手を温かい感触が包み込む。
「...えっ?」
「私の妹も、よく今の貴方みたいな顔をすることがあります。そんな時、よくこうして手を握ってあげてたんです。貴方は一人じゃない。私が一緒だから大丈夫だよって。—――って、ごめんなさい!ちょっと近過ぎましたね...」
「ううん、ありがとう。」
パールの表情に、少しだけ色が戻る。
「—―さっきの続き、その、私、本当に仲が良いって思ってて、でも、私の知らない姉が、私の知らない所に居て......つまりその...なんて言ったら良いんだろう?」
「なるほど―――お姉ちゃんは、何してる人なの?」
「えっと、色が分からなくって、だから普段は家に居る。私は―――」
パールは考える。嘘に筋を通すならどう立ち回るのが正解なのだろうと。
「色が分からないって、色盲って事ですか?」
「あぁ、うん、そう」
「それは大変...それって生まれつきなんですか?」
「うん、幼い時は、よく私が手を引いたりしてて、私の姉、よく私の目を見てた」
「目......不思議な目ですね。綺麗...!」
「うぁっ!?取らないでよ??」
「しませんよ...」
瞳を覗き込むマーカサイトに、思わず仰け反るパール。
「まぁ、今日はもう遅いですし、良かったら泊まって行きますか?」
「...じゃあ、お言葉に甘えて......」
パールがそう言うと、マーカサイトは掛け布団をくれた。暖かい照明微かに照る中、パールは微睡みの底に落ちて行った。
〈黄昏前、暁の館、2階寝室〉
重々しい雰囲気の中、ルピナスの眠りベッドの傍らに、暁とクリスは立ち尽くす。
「すみません、暁さん......」
「いや、あんたは悪くねぇ。俺の管理不足だ。」
暁は裁縫針のケースを見つめる。穴は縫い終わっており、ルピナスの記憶を閉じた裁縫針は尚も白い輝きを放つ。
「まぁ、どの道話す事になっただろうさ。お嬢はなんか言ってたか?」
「—――」
(少なくとも今の私は、この生活に特に不満は無いので、毎日楽しくやれてますよ。過去の私がどんな人だったのかは気になりますが。)
クリスはルピナスに連れられ、倉庫で経験したことを話した。
「......やっぱ、触れてたか......?いや、それとも場所が原因か......?」
「裁縫針、ですか?」
「まぁ、あくまで憶測の話だけどな。ここだとルピナスがうなされちまうかもしれん、来な」
2人は部屋を出ると、暁の自室へと向かった。
「......そういや、自力で歩けるようになったんだな」
「え?」
クリスはふと周囲を見渡す。確かに身体がふらついたり、障害物にぶつかる事無くここまで来れた。
「本当だ、」
「起きたらルピナスに感謝だな」
「はい...!」
「さてと、あー、......しゃあねぇ、聞くか。何してたんだ?」
「......」
隠す事など何もない。自分が決めた事なのだから。だが何処か、後ろめたさが生まれる。
「パールと、一緒に居たい。だから、ルピナスがそれを、叶える手伝いをしてくれようとした。」
「......はぁ、まぁ、あんたらはやっぱコンビじゃねぇとな。あんたの言ってた、パールと目を合わせた時だけ見えた景色ってのも気になるし。」
「...怒らないんですか?」
「まぁな、あんたみたいな奴と過去にあった事がある。そいつも、息ぴったりとまでは行かねぇが、パートナーみたいな奴が居た。そんで、どうする?やってみるか?」
「え?何を?」
「俺とサシで1本取れたら行かせてやる。」
「......?」
クリスは暁の言ってる意味がまるで分からず、目を丸くしていた。
「まぁ来な。庭で稽古つけてやる。」
〈暁の館、裏庭〉
裏庭に出ると、2人は距離を取る。
「まぁ、少しは手加減してやる。俺を転倒させるか突き飛ばすかしたらあんたの勝ちだ。どうだ?」
「......」
クリスはまだきょとんとしていたが、目の前の情報を処理した後、1度瞳を閉じ、深呼吸する。
風の囁き、敷地外の都市の雑音。その中に、暁の像を捕らえると、暁を視界に捉え構えた。
「へッ、来な。」
暁はその場でポケットに両手を突っ込み、片足のつま先で地面を叩きながら佇む。だが、余裕を持っていたのも束の間、クリスは、目にも留まらぬ速さで暁に接近し、気付けば暁の視界にはクリスの脚がすぐそこにあった。
暁は咄嗟に身を低くしそれを躱し、クリスの後ろに回った。
クリスは少し離れた所に着地し、再び暁を視界に捉える。
「どうした?大口叩いてそんなあっさり食らうほど甘くないぜ?」
「くっ!」
クリスは再び暁に急接近すると、今度は脚元を狙った。だが暁は再び視界から外れ、気付けば真後ろに立って居た。
クリスは咄嗟に少し離れた後、すぐに地面を蹴り、暁に立て続けに技を繰り出した。
だが、どれも失敗に終わり、クリスは反撃される前に距離を取った。
「意外と動けるんだな、あんた」
「これでも、色盲なだけで人造人間ですから」
クリスは地面を強く踏み締める。暁を視界の中心にしっかりと捉えると、今度は真っ直ぐ暁へ向かって駆け出す。
暁の間合いに入ると、すぐに暁の視界から消え、クリスは暁の後ろへと回る。暁は振り返る素振りすら見せず、クリスの脚は暁に命中し、そのまま暁は大きく前方に"転倒"した。
「はぁ......はぁ.......」
「あー、課題は2つだな。」
暁は仰向けになりながら2本指を天に立てる。
「1つはあんたは接近戦やると体力を使い過ぎる。2つ目は......まぁ、大して変わらんな。加減を知れ。色んな意味でな。いいな?」
「はぁ......はぁ.......って事は、」
「あぁ、話しつけてやる。だが行くのはあんただけだ。ちょっと待ってな。準備してやる。」
「はぁ......やった.........」
暁はそう言うと起き上がり、自室へと戻って行った。
To be continued.




