第五話 情を狂わせる薄闇に
聳え立つ白亜の建物、迷いそうなほどに広い薔薇の庭園。
朗らかな雰囲気を漂わせつつも荘厳な威厳も感じさせる、絵画のように完成された景色――。
中世のヨーロッパにでもありそうな風景を眺めながら、私は心半分で楽しんでいた。
この景色や状況から察するに、どうやらここは俗に言うお城らしい。
確かにさっき槍の人がそんなことを言っていた気もするなあと思いつつ、早足で豪奢に飾られた景色を通り過ぎていく。城。城。綺麗なお姫様でも出てきそうだなと、ぼんやりと思った。
心半分でしか楽しめないのは勿論、私は今不法侵入の罪に問われているからだ。
普通の一家庭の御宅ならばまだしも、私が辿り着いてしまったのは見るからにどこぞのお城らしい。そりゃあ槍の人も怪しむ訳だ。普通城といえば警備はそれなりに堅いはず。手慣れた強盗犯などならともかく、私のような小娘が人を追い掛けていただけで辿り着ける訳などなくて。
ああ、疑われる訳だ、と思う。子供を使って油断させるような、何かの手口かと思われているかもしれない。人を追い掛けて迷い込んだというのが正直なところの事実なのだが。けれどそんなことを訴えたところで、この堅物が理解してくれるとも思えないし。それにこれには、確実に私に非があった。
――いや、非があるのはむしろこの馬鹿なんだが。
ちらりと清廉な白に邪念を込めて黒を混ぜたような色のカタマリに視線を投げる。……口笛なんか吹いてやがる。
名前、シルファス。一応元は高潔な神様らしい。だが私が思うにただのエセ男だ。神でも精々エセ神だ。私に対し守る云々言っておきながらピンチの時に他人の振りを貫き通す、とりあえず最低。
(シルファス……)
そっと念で呼びかけてみるが返事はない。
神に念を感じ取る力は生憎備わっていないのか、それとも単に無視なのか。どちらかは定かではないが、もし後者だと判明した暁には精一杯罵ってやろうと思う。
「……どこまで、行くんですか?」
「黙ってついてこい」
そして槍の人はこの始末。
黙ってついてこいったって、もう庭園を過ぎて裏口のようなところから城に入り、階段をいくつも下っているぞ。一体どこへ連れて行かれるのやら。不法侵入者は私の方とはいえ、不安にもなるわ。
というか何だ、美形って無駄に性格悪いのが多いなこの野郎。私の偏見かもしれないけれど。
そもそも美形に出会ったのなんて人生にニ、三度目くらいで、正直美形が何とかそういうのはいまいちピンとこない。だからまあそれはそれとしても。
こいつ個人としては、印象は最悪。
――まあ、だけど見方を変えて考えてみれば、それも当たり前のことかもしれない。
状況的にはこの人は城で働く兵士か何かだろう。騎士団とか。まあ多分そういう類の人で、この人は立派に職務を果たしただけなのだ。私だって逆の立場だったらきっと同じことをしてる。
だからまあ、仕方ないかと――
「ついたぞ」
――言いたかった。
辿り着いたのは、暗い地下室。確かに地下という言葉がまるでよく似合う、じめじめしていて気持ちの悪い場所。そういう類には慣れているのでそこまで抵抗はないが。
いや、だけど、――それにしても。
尋問するにしても、あんまりな場所じゃあないか? 牢屋と変わりないぞ。それとも城の衛生状況ってこんなものなのか。……いや、それだけは信じたくない。
ここだけ。ここだけだと信じ、私は促されるままに簡素なベッドに腰掛ける。……ベッド?
「それじゃあ――ツジノ、と言ったな」
名字を妙なイントネーションで呼ばれ、一瞬遅れつつも慌てて頷く。
そうか。もしかしてここでは、文化的には名前が先で名字が後なのか? そんなどうでもいいことを私は一瞬脳裏に閃かせた。が。
「脱げ」
――槍の人のとんでもない発言に、疑問やら何やらで溢れていた思考がハンマー投げさながらにお空の彼方へと飛んでいってしまった。
脱げ?
服を?