贋坊主7
更新できました_(^^;)ゞ
―――――― 7 ――――――
「おや、どうかなすったんです?―――あのお武家さま方が…何か?」
山城屋のおふじにそう問いかけられて雪之丞は後ろを振り返ったままの姿勢でゆるく頭を振った。
「⋯いえ、別に。ただ⋯そう、ただずいぶんと上背のある御方だなぁとそう思いまして」
心ここにあらずと言ったようなその取ってつけたような言葉におふじはコロコロと笑った。
「おやまあ。イケない人だこと。助三に言いつけてしまいますわよ」
「は?」
何故そこで助三なのかと膝詰めで小一時間問い詰めたいところではあるが、丁度その瞬間、雪之丞の視線の先の二人組の片方が振り返って(ただし、五度目)会釈をしてきたもので、おふじの言葉に何か返すよりもそちらへ会釈を返すことを優先した。
その後でくるりとおふじに向き直り、
「助さんは関わりないじゃありませんか」
と慌てて文句をつけた。どうも自分と助三の間で不名誉な噂が蔓延っているような気がする。ここで一つはっきりときっぱりと否定しておかねば―――そう意気込んで雪之丞は口を開いたが、おふじはすでにいなかった。きょろりと視線を動かせば、おふじはとっくの昔に歩みを進めすでに静寛の草庵の前に立っていた。
「あ、お待ちくださいましな。お話が終わっておりません」
慌てて追いかける雪之丞を華麗にスルーしておふじは、
「ごめんくださいまし」
勢いよく声を掛けた。
「さ、こちらでございますわ」
朝からウキウキと準備に勤しんでいたおふじは、さっそくとばかりに雪之丞の持っていた大荷物を受け取ると包みを解いた。おふじがおかみを務める山城屋は呉服問屋だ。しかも大店だ。そしておふじはセンスの良いおかみとして客人から引っ張りだこのカリスマおかみだ。ここで張り切らずにどこで張り切るのかという話である。
おふじが解いた風呂敷包みの中から出てきたのは衣装一式であった。もちろん、静寛が〈ニセ静謫〉に化けるための衣装である。ここぞとばかりにおふじが張り切って用意してきたのは身分の高い僧侶が着用するための上質なものばかり(それも大量)であった。一人で持ちきれずに雪之丞が迎えに行ったくらいだ。
案の定、静寛は広げられた着物に呆れ返ったように嘆息している。
「バカバカしい。こんなにする必要などなかろうが―――俺が俺のままであれば十分であろうに―――」
と着物をおふじの方へ押しやった。
「何を仰ってますの! 着物というものがどれほど人の風采を上げるものか、お分かりになりませんの? ! 着物一つでどれほど押し出しが変わるかっ」
とおふじ。静寛が押しやってきた着物をもう一度ずいっと押し戻す。一見強面の静寛にも一切の遠慮がない。流石である。
それからはおふじと静寛との風呂敷包みの押し付け合いである。
「………」
ずい―――と、あちらへ。
「………」
ずい―――と、こちらへ。
忙しく移動させられている風呂敷包みが目を回している中、ちらりとおふじは静寛の着ているものに目をやった。
「………」
今日の静寛はいつもの作務衣ではなくきちんとした法衣を着ている。彼にとって法衣は外出着であって普段家で着ることはない。客人が訪ねてこようとも作務衣のままで出迎えるのが彼の流儀だ。それどころか外出の時にも普段着の作務衣で出かけることが多い。(何故なら暴れやすいからだ)
だが、今日ばかりはさすがに少しは整えたらしい。静寛にしては少しは考えてのその出で立ちだったのだが、
「そちらは―――」
ちらりと目をやり、おふじ。
「ぜんぜん、駄目でございます」
と頭をフルフルと横にした。なんなら『ぜんぜん』のところに強調の傍点や下線や太字加工が入っていそうな勢いである。なんなら4倍角ぐらいにはなっている気がする。
静寛の着ている法衣はたしかにモノは良さげではあったが、いかんせん着古した感が強い(そしてセンスも悪い←8倍角)。おふじは嘆息し、
「これと、これ。それから、これを。とりあえずお召しになってくださいませ」
長い沈黙の後でおふじはきっぱりと言った。
取り出したのは薄墨色の法衣と白の袈裟。とりあえず一番地味目のものだが、一応はきちんとした正装用の上物である。
「………ハァ」
最後通牒のごとく突きつけられたそれに静寛は嘆息し、あきらめたように受け取った。
「おや」
呟いて雪之丞が静寛の後ろ姿(←着替えに行った)を見送る。静寛はあまり……人の言うことをきくようなタイプではなく(雪之丞なりに精一杯気を使った表現)、おふじの言いなりに動こうというのはかなりというか、非常にというか、とてつもなく珍しいことだった。おふじの押しの強さに負けたのかもしれないが、今回のこと(おふじの困り事というよりもニセの強請り坊主に)やけに興味のある様子であった。
同じ僧侶として憤っているのか、名前が似ているのが気に食わぬのか―――あるいは―――
だが、尋ねたとて一筋縄でいく相手ではない。
(まあ、ともあれ―――)
ともあれ積極的に協力してくれるならばよいことだと、雪之丞は考えるのをやめた。
そうこうしているうちに着替えに行った静寛が戻ってくる。
「これでよいか」
両腕を広げる静寛。
その姿はまるで見違えるようであった。まるでどこぞの殿様―――いや、僧服なのだからこの場合はどこぞの高僧、と言われても不思議はないほどの貫禄であった。服装一つでこうも変わるものかと感心する。
なるほど着物というのは他人に与える印象という点において実に重要な要因なのだ。外見というものは一番最初の情報であり、それを操作することがどれほど大事なことなのか言を俟たない。
実に立派になった静寛を、おふじはとっくりと眺めて―――
「左様、で…ござい、ますねえ…」
眺めて―――上から下まで。頭のてっぺんからつま先まで。
とくと眺めておふじは満足げににっこりと笑った。
「とてもようお似合いでございますわ」
様変わりした静寛に雪之丞も大きく目を見張った。
「これは、これは…」
薄く唇を開いて、『ホゥ』と知らずため息が漏れる。
薄墨の法衣は、指先までとっぷりと隠れるほど幅広く(バサバサしてればしてるほどいいらしい)、略装用の法衣と比べて非常に多くの襞が特徴的に寄せられている(このギャザーも多ければ多いほどいいらしい)。もちろん絹の艶やかさが光る仕立てだ。
そして、その上に着けた白の袈裟。こちらも絹で、銀糸の刺繍が施されている。
袈裟は左肩を隠すように掛けられるのだが、これははインドの風習からきている(不浄とされる左肩を隠すことで相手への敬意を表すのだとか)らしい。ちなみに刀を取っての戦いにおける一撃必殺の技で【袈裟斬り・袈裟掛け】というのがあるが、あれはこの袈裟に由来しているのだ。宗教的な意味ではなくあくまでも肩から斜め下に向かう傷の位置から名がつけられたらしいが―――肩から脇腹に刃が通るためよほどに浅い傷でなければ内臓のほぼすべてがヤられるという本当に一撃必殺な技で、あっという間に袈裟を着た坊主の世話になりそうな技なのでやはり宗教的な意味合いもあるかもしれない(!?)
閑話休題。
ともあれ、今静寛が着せかけられている袈裟は白一色にもかかわらず大層キラキラしい出来栄えであった。だが、静寛はそのキラキラしい装いがさも気に入らぬとばかりに、
「フン」
と盛大に鼻を鳴らし、
「そも―――袈裟というものはだな、もともと糞掃衣と申す。それを―――」
沈黙の中に最大級の不満を込めるという器用な真似をしている。
糞掃衣とは読んで字のごとく、『糞を掃除するような小汚い小さな布をはぎ合わせて作った物』のことだ。
仏教の原点とは欲望と執着心の放棄である。釈迦の時代、僧侶には『三衣一鉢』だけが許されていたという。(托鉢と修業しかしないから他は必要ないという考え)
だが、それはあくまでも釈迦の時代のこと。江戸のこの時代において、『ご立派なお上人さま』が着用なされる『ご立派な袈裟』は白絹の〈条〉を銀糸で縫い合わせてあるのが普通なのである。『条』というのは小さな端切れのことだが、糞掃衣と違ってこの場合は絹の反物をわざわざ割いて細かくしてそれを改めて銀糸でパッチワークする。だから、全体がキラキラしいのである。さらにそこへ銀糸と絹糸を合わせた糸でぎっちりと白蓮華の刺繡まで入っているものだから―――思わずため息が漏れるほどの美しさであった。
呉服問屋山城屋の面目躍如といったところか。
そして、その上に乗っかった顔(静寛)もいつもよりも凛々しげで非常に見栄えのする威風堂々たるものであった。
この法衣と袈裟を着けた静寛は思った以上に風采が上がった。五割増しでイケメンに見える。どこぞの高僧だと言われても納得の出来栄えである。―――ただし、その眉間にぐぐーッと深いしわさえ刻まれていなければ、であるが。
静寛の不機嫌顔とは相反して、
「なんてまぁ、ご立派なこと!」
おふじはイイ仕事をしたとばかりに大喜びである。
「あ! そうだわ、あれも着けていただかなくてわ!」
まだ何かあったらしい、バタバタと立ち上がり隣の座敷に置いた荷物をあさり始める。
「はぁ…」
静寛がため息をついたが、こちらは法衣の美しさに感嘆しているわけではない。そんな姿に雪之丞が『ホホ…』と小さく笑った。さすがの雪之丞もおふじの勢いに圧倒されて、これまで口も開けずにいたのである(下手に声をかけて自分まで巻き込まれてはたまらないと、最大限に気配を消していた)。おふじが席を外して、ようやく口を開く。
雪之丞は思ったままに静寛を褒めたたえた。実際素晴らしい変わりようだったからだ。もっとも雪之丞に褒められれば褒められるほど、静寛の機嫌は下降していったが。
もともと静寛は垢じみたところなども一切なくそれなりに身綺麗にしてはいたが、そういうことではない。もはや次元が違う。おふじを深山一座の衣装監修にスカウトしようかと真剣に悩むほどだ。
とまあ、一頻り褒めそやしたところで雪之丞が、
「―――そういえば」
と思い出したように言った。
「先ほど…表でとても上背のあるお武家さまとすれ違いました―――こちらの、お客様では?」
この庵への一本道ですれ違ったのである。当然ここからの帰りだとわかっての疑問形だ。静寛の出方を見ているとも取れる、そんな言葉である。
「古馴染みだ」
と一言。特に隠すわけでもなく事実だけを簡潔に。まあこの偏屈な僧侶は元々があまり話す方ではないので、ごく普通の対応と言える。
「着流しではございましたが、とてもご立派な……おそらくは、それなりにご身分のある方では…?」
「………」
静寛はそれには答えず、バサバサと幅広の法衣を邪魔くさそうに捌くと、ドカリと腰を下ろした。韜晦しているのか、あるいは興味がないのか、判別は難しい。
「―――あの方、たち―――ものすごい遣い手でいらっしゃいますね」
ぴくりと静寛の片眉が持ち上がった。雪之丞ほどであれば見ただけで相手の力量がわかるのだろう。そのことについての驚きはない。そもそも雪之丞との交誼が始まったのも、彼(その時は女だと思っていた)の手にある剣ダコに静寛が気づいたことからだった。以来、同じ朝倉一刀流の誼もあり付き合いが続いている。
静寛という男はこう見えても剣術に関してはとても熱心で(坊主だけど)、暇さえあれば道場へやってきて誰かしらと剣を交えている(坊主だけど)。雪之丞・菊弥兄妹と同じ朝倉一刀流の遣い手で、腕前は相当なもので、助三や雪之丞ですら五分で渡り合うほどだ。菊弥では歯が立たぬ。
坊主頭で剣を振るう姿は異様だが、それ故に剣を思う存分振るえる場所がなかったらしく深山一座の稽古場(という名の道場)へ出入りを許して以来、嬉々として日参する勢いで通ってきている。坊主でさえなければ剣術バカ、と言ってもいいような人物である。
そんなわけで雪之丞とはそれなりに親しい付き合いと言ってもよいであろう。
「お武家さまの方はもちろんでございますが―――お供の方も―――お二方とも恐ろしいほどの腕前…と見ましたが?」
雪之丞のこの言葉に静寛はムッと不愉快そうに口をへの字に曲げた。
「……ただのクソ生意気な小僧だ」
「は?」
小さな声で呟かれた言葉に雪之丞が思わず聞き返した。小僧と言ったところで若い供の方も雪之丞と同じくらいの年の頃ではなかろうか。
「―――ただの御人ではございませんでしょう。どちらの御方でございましょうや」
可愛らしく小首を傾げてみたが、残念ながら通用しない。変わらず苦虫を噛み潰したような顔で、
「………」
数秒黙り込んだ。が、雪之丞が引かぬとみて観念したように口を開く。
「藤堂孝広と申す、ただの世話焼きでお人好しな暇人だ―――俺の昔の道場仲間さ―――両方ともな」
フンと鼻を鳴らすように言い捨てる静寛に、雪之丞は黙り込む。『藤堂…?』口のなかで転がすように呟く。
「―――『藤堂』といえば、たしか―――今の『南』の? 何か関わりのある御仁ですか?」
雪之丞の問いかけに今度こそ静寛は沈黙を守り、答えようとはしなかった。
だが、なるほど。静寛が学んだという朝倉一刀流の道場といえば道場主は『朝倉智晋』(襲名制)でいわば『宗家』である。そこで修業したとあれば、なるほどと雪之丞は納得した。彼も朝倉一刀流を学んではいたが、あくまでも故郷において習ったものであり、もっと言えば父親が朝倉一刀流の免許皆伝者であり藩の剣術指南役であったことから受け継いだ技である。
その所為か朝倉智晋直伝と聞けば無条件で尊敬してしまうくせがある。もちろん、静寛のことも無条件で尊敬してしまったが故にこれほど親しくなっているのだが。
(いいなぁ…)
というのが顔に現れていたのか静寛が苛立たしげに、
「言うておくが、俺の方が強かったのだからな」
と何度も念を押すので、なんとなく、
(ははぁ)
とわかるものがある。
「なるほど、ですね。わかります。静寛さまもとてもおつよォございますものね」
にこりと笑った応えたら何故かなおさらに不機嫌顔となった。
(解せぬ)
「では、お供の方はあれでしょうか? やはりそういった感じのお役目で…? 『隠密廻り』だったりしたりします?」
なんとなく雪之丞の言葉の端々にわくわくといった効果音が付いていそうである。子供のようにキラキラな眼差しで静寛を上目遣いに見つめる。
ブフッ!
静寛から噴き出すような音が聞こえたが、雪之丞が咎めたような視線を投げると慌てて顔を取り繕った。
「ま、まあよいではないか。あやつらのことなど気にするでない。どうせ冷やかしに来たのに過ぎぬわ」
この話はおしまいだとばかりに静寛は手を振った。
雪之丞もそれ以上は食い下がらない。隠密廻り(←子供の頃に憧れた)は冗談にしても何かあまり話題にしない方がよさそうだと判断したのだ。
ただし、
(なるほど。南町のお奉行さまと―――つながっていらっしゃる―――という……)
そう、心に留め置くことは忘れなかった。
静寛が話を仕舞ったところでおふじが戻ってきた。隣の部屋でゴソゴソやっていたため二人の会話は耳に入っていなかったようだ。まあ、もともと草庵の前で出会った二人組のことを気にしていたのは雪之丞だけで、おふじはもう覚えてもいなさそうだ。
「はい。こちらも、お願いしますね」
おふじはそれよりも静寛を飾り立てることの方が重要で、夢中である。楽しそうに差し出してきたのは水晶の数珠(高そう)と―――それから―――
水晶の数珠、こちらはよい。かなり良い品で高価なものではあるが、まあ静寛も手にしたことがないものではない。
それよりももう一つ。おふじの手にしていたもの。
燕尾帽子(←金ピカ)、だ。
燕尾帽子というのは、身分の高そうな僧侶がよく被っているような頭巾のことで、『小倉百人一首』の『蝉丸(これやこの ゆくもかえるも~の人)』の絵札(蝉丸は一人だけ頭巾を被っていて『坊主めくり』の時に必ず物議をかもす札だ)を思い浮かべていただけると、わかりやすいだろう。
おふじは静寛の坊主頭にさっと燕尾帽子(金ピカ)を被せた。
「………」
静寛がピキリと固まる。
サッ、と抵抗する間もなく被せられたそれをそっと手で押さえる。
「………」
長い沈黙が降りる。
固まっていた静寛がゆっくりとおふじを振り返った。
ニッコリ
とおふじが微笑む。静寛はさらにゆっくりと雪之丞へ振り返った。
「………」
雪之丞はその視線を避けるように、サッと、目を逸らしたのだった。
ミジンコ更新です。
ミジンコはぎりぎり肉眼で見えます。見えます、見えますよね? ね?