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贋坊主5

更新できました_(^^;)ゞ


―――――― 5 ――――――


 道場に気合いの声が響く。

ビュッ

 振り下ろされる白刃。

「フゥゥゥゥーーー」

 口から細く長く吐き出される息。

 短く吸い、腹にため込み、長く吐く。人という生き物は息を吸っている時ではなく吐いている時にこそ瞬時の動きが可能となるように出来ている。故に剣を握る者は皆こうした呼吸法が自然と身についているのだ。

 構えるのは真剣―――本物の―――抜身の―――刃だ。そして、それを軽々と振り回し『エイ!オウ!』と気合を発しているのは僧服の、剃髪(ていはつ)の、坊主であった。

「ヤァーッ!」

 一際鋭い声を発し、突き出した剣をピタリと止める。1ミリもブレることはない。手にしているのは素振り用の木刀(芯に鉄が入っていて重い)よりもさらに数段重い、長さ90センチほどの鋼である。普通ならば持ち上げるのも一苦労の代物、ましてや突き出した姿勢で静止したならプルプルと震え出してもおかしくないところだ。

「ふ、」

「お疲れ様でございました」

 見計らったような間合いで声をかけたのは、道場の隅から稽古の邪魔にならぬよう気配を断っていた雪之丞である。サッと手拭いを渡すのも忘れない。まるでサッカー部の女子マネだ。

「…?」

 いつもであれば放っておかれているのに、と訝しく思いつつも静寛はそれを受け取り汗をぬぐった。見ての通りの坊主姿の静寛は、町の道場で真剣を振るえば目立つことこの上ないだろう。それ故にこの深山一座の屋敷の奥にある稽古場(芝居の稽古場という名の道場)がとても都合よい。だからこそしばしば借りに来ているのだが、今日に限っては―――

「風呂は使われますか?」

 とニッコリ笑う雪之丞。下にも置かぬ厚待遇である。

「いや、いつものように井戸を拝借できれば結構」

 少々薄気味悪くなってきた静寛はぴしゃりと断った。


「さて」

 井戸端で汗を流してきた静寛を部屋に招き入れて雪之丞は姿勢を改めた。

 そもそも、この静寛という僧侶は、深山一座の住居の近くに(いおり)を構えていて、深山一座の者たちとはいわゆるご近所さんの間柄。かねてよりそれなりの交誼を結んでいる。まだ若いのにもかかわらずまるで世捨て人のように暮らしている変わりものだ。

 三千石の旗本の嫡男(ちゃくなん)(跡継ぎ)だったというわけのわからぬ経歴を持ち、昔は相当なやんちゃで鳴らしたらしい。飲む(酒)・打つ(博打)・買う(女)は当たり前で何やら怪しげな浪人や町人などと(ツル)み、放蕩の限りを尽くしていたのだとか(本人談)。その挙句に廃嫡(はいちゃく)(跡継ぎから外されること)となり日蓮宗の檀林(だんりん)にぶち込まれたのだと、これも本人談である。現在は異母弟が跡を継いでいる実家からの援助で暮らしているという。

 それをなんの(てら)いもなく言ってのける。そういうわけのわからぬ男だ。

「さて、静寛さまは日蓮宗の御坊でございましたよね? そこでお尋ね致したいのですが、近頃(ちまた)で評判の“静謫(じょうたく)上人”という御方をご存じではございませんでしょうか?」

 と言った時、雪之丞はほんの情報収集のつもりであった。同じ日蓮宗の僧侶だし、名前も似ているし、この静寛という人物も京都の檀林で修業したと聞いている。もしかしたら噂ぐらいは聞いたことあるんじゃないかなー、年恰好とか、顔を見たことあったなら御の字だなー、その程度の気持ちからだった。

 だから、

「………何故、そのようなことを?」

 静寛の眼がギラリと光ったのは、雪之丞としては想定外であった。

 少し鼻白んだものの、すぐに警戒されても仕方ないかもしれないと思い直す。

 何しろ雪之丞はこの男には自分の身上を知られているのである。

 侍から役者(それも女形)への転身―――そりゃあ怪しいに決まっている―――雪之丞もわが身のことながらそう思う。そんな怪しい奴が評判の同宗派のお偉いさんのことを根掘り葉掘り尋ねたらそれは警戒もするだろう、と雪之丞は静寛の心情を推し量った。

 ちなみに何故バレたのかというと、最初の出会いの場において雪之丞の手にある剣ダコに気づかれたからであった。これには雪之丞も大いに反省しておりそのことがあって以来、彼は他人に手を取られることは避けるようにしている(雪之丞のファンサから握手がなくなったのはその所為である)。

「―――私を御贔屓にしてくださるあるお方がですね―――今評判となっている静謫上人と呼ばれているお人、それが―――どうにも…その、身上がどうにも定かであるようには思えぬと―――そうおっしゃってましてね。さる事情がございまして、それはもう大層なご心痛で…」

 だいぶ言葉を濁した。

 山城屋のおふじが手拭いをキィィ~~っと噛みしめて『ニセモノよ、ニセモノ! あんな奴がぜぇーーったいにお上人様なんかであるものですかぁ!!』と喚いていた姿も、言いようによってはこうなるということだ。とりあえず言いたいことは伝わったのだろう、静寛はひとまずは鋭いまなざしを雪之丞の面上から外し、ずずっと出された茶を啜った。激しい稽古後の静寛を慮って程よくぬるまっていたので、一息にあおった。ヽ(-_-)出来る女子マネか(二回目)

 静寛は茶を飲み干してからゆっくりと口を開いた。

「よう知っておるぞ」

 と。

「は? それ、は…あ、そ…」

 あっさりと言われたことに聞いた雪之丞の方が驚いたような様子で言葉を止めた。聞いては見たもののドンピシャのあたりだとは思っていなかったのだ。

「あ、あの! ではっ、実際にお顔をご存じで? どのような? 年のほどはおいくつぐらいの方なので? 御体つきなどは?」

 慌てたように口を開く。そんな雪之丞の矢継ぎ早の質問に静寛は何を思ったのかニヤリと人の悪そうな笑みを浮かべ、

「年は俺と同じくらいであろうなぁ」

 ともったいぶったように続けた。

 静寛と同年なら三十路を少し超えたくらいであろう。意外に若い。『上人(しょうにん)』というくらいなのだからもう少し上かと思っていた。現に今、静謫上人(仮)と名乗ってあちこちに出入りしている男も四十がらみの中年男だ。これは間違いなくあちらがニセモノである証左になろう。

 しかし、となれば贋物屋(こちら)が仕立てる贋者も座頭の惣右衛門では無理があるだろうか―――

「お顔立ちなどは?」

 そう問いかけながらもおのれの中の考えを吟味するように目を伏せる雪之丞。

(いや、しかし、ニセモノがあれで通っているなら、こちらも…、いやしかし…万が一にも…)

「顔立ちか……顔立ちな…そうさなぁ、すこぶるよい男さ。剣の腕も冴えている」

 変わらずもったいぶってニヤニヤしながら答えていた静寛だが、ふと気づいたように、

「その者がいかが致した? なんぞやらかしたか?」

 と聞いた。仮にもお上人様と噂されるお方に対する口利きではないのだが、よほど親しいのかあるいは元は旗本の嫡男坊だったというこの坊主には傍若無人が習い性になっているのだろうか。

「えっと」

 問われて雪之丞は一瞬躊躇(ちゅうちょ)した。だが、雪之丞はこの生臭坊主のことをそれなりに買っていた。この―――一介の世捨て人のくせして偉そうでわがままで酒は飲むし喧嘩はするし、人を人とも思っていなさそうな生臭坊主―――のことを、それなりに買ってはいるのだ。喧嘩をする姿を見ることもしばしばだが、大抵は強いものが弱い立場の者や子供などを虐げている場面での助太刀が多かったりするのだ。本人は『そういう理由でもあれば思う存分暴れられるからな』と嘯いているのだが。(←誰も暴れていいとは言ってない)

 そういうわけで雪之丞は躊躇はしたものの、山城屋のおかみのことを省きながら、ニセ静謫上人(確定)が何をやっているのかということを正直に伝えてみた。すなわち、静謫と名乗る者が女を強請って金をせびっている、と。

 静寛は雪之丞のその言葉を聞いた途端にものすごい渋い顔で押し黙った。先ほどまでのニヤニヤ笑いは何処へやら、眉間の皺がカリガンダキ渓谷(深さ世界一)並みに深くなっている。

「なるほど」

 呟いた声も地を這うかのように低かった。そしてそのまま何事かを考えこむように黙り込んだ。

「………」

 だが、雪之丞の方もそれに気づくどころではなかった。

(年の頃で言ったらやっぱり助さんが……。しばらくは出番を減らしてもらって―――そうすれば―――舞台の方はそれこそカツラで何とか―――)

 などと恐ろしい(おもに助三にとって)算段を頭の中でつけることに忙しかったのだ。

「あ、すみません。後で、茶菓子など持ってこさせます故、ゆっくりなさって下さりませ」

 静寛の湯飲みに二杯目の茶を汲み、雪之丞はそそくさと部屋を出て行った。


 残されたのは厳しい顔をした坊主が一人。

「………」

 残された坊主は二杯目の茶に手を伸ばすこともなく沈思黙考している。少しして、遠くの方の部屋から騒がしい気配がしたが、それも無視してただただ『むぅ…』と唸っていた。




―――ちょっと! 逃げないでくださいまし!

いや待て! 何をしようというのだ―――

―――ちょっとだけ大人しくしていてください。お願いですから。

待て待て待て待てっ、まずはその剃刀を置け! 話はそれからだ!―――




 部屋に残された静寛は、遠くから聞こえてくるそんなやり取りをBGMに、マリアナ海溝(世界最深)ほどの皺を刻み込んだ眉間もそのままに思案中である。

「………」




―――俺の髪が無くなったら、菊弥も困るよなっ! なっ? 嫌だよな?

はっ? 助さんに髪があろうがなかろうが、わが妹にはいっっっさいなんのっっ、ネズミの糞ほどの関わりもございませぬがっ!?―――




「………」

「ぷ」

 たまらずに噴出した。 

 いつの間にかシスコンまで発動させていたそのBGM(やりとり)に静寛が自分の憂い事も忘れて笑い出したのだ。

「いやはや、そうであったな。このようなことバカバカしいかぎりであったわ」

 言って、おもむろに立ち上がる。


「お待ちくだされ。往生際の悪い。―――菊弥、そこをお退きなさい」

 バタバタと近づいてきた物音に、静寛は部屋からぬっと顔を突き出した。

「おい! これ! おい!」

 呼び声に気づいた雪之丞。訝し気に振り向いた。

 静寛はそんな雪之丞に、ニヤリと笑い、

「そなた、静謫()()()()の役者が必要なのか?」

 おのれの坊主頭をつるりと撫で上げて言った。

「―――こんな頭でよければ、ひとつ、貸してしんぜようではないか」

 と。

 



( ゜∀゜)人(゜∀゜ )オヒサー

亀更新、どころかミジンコ更新です。

ミジンコはぎりぎり肉眼で見えます。見えます、見えますよね? ね?

ようやく静寛さま(=佐々木虎太郎)が出てきました。『花のお江戸の烏ども』では悪役だったんだけど。

こちらでは贋物屋のオブザーバー的な立ち位置をキープしていきたいと思っています(`・ω・´)キリ

平日1日15分しか書けてないけど頑張るぞい!


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