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守護者 後編

遺跡全体が脈打っていた。


低い振動が床を伝い、壁面の奥で巨大な何かが稼働している音が響いている。赤い警告灯が断続的に点滅するたび、黒い金属壁が鈍く光を反射した。


その最深部で、ヴァルデミリアンはゆっくりと目の前の存在を見上げていた。


ターガバンティ。


三メートル近い女性型機械。


滑らかな黒い装甲に覆われた身体は、どこか神像にも似た静けさを持っている。だが、その赤い瞳だけが異様だった。


感情がない。


怒りもない。


敵意すらない。


ただ、“排除対象”を見る冷たい視線だけが存在していた。


外来文明コード確認


プレストル文明所属個体


歴史乖離率上昇


執行対象として確定


機械音声が静かに響く。


「随分と嫌われてるらしいな、俺たちは」


返答はない。


代わりに、ターガバンティの瞳がヴァルデミリアンの全身をゆっくりと走査し始めた。


肩部。


腰部。


脚部。


装備。


武器。


その赤い光は、まるで身体の内部まで覗き込んでくるようだった。


戦闘装備解析開始


重力制御脚部確認


高密度筋力補助機構確認


熱量偏差武装確認


プレストル近接戦闘型と判定


ヴァルデミリアンの目が細くなる。


「……分析までしてくるのか」


その瞬間だった。


ターガバンティの肩部装甲が展開した。


ヴァルデミリアンの身体が反射的に動く。


直後、白い閃光が空間を貫いた。


轟音は一瞬遅れて響く。


高出力レーザー。


それは単なる熱線ではなかった。空間そのものを切り裂くような白色光が床を抉り、遺跡の金属壁を蒸発させていく。


ヴァルデミリアンがいた場所が消し飛んだ。


着地した瞬間、二射目。


三射目。


ターガバンティは照準すら合わせていない。


それでもレーザーはヴァルデミリアンの回避地点へ正確に叩き込まれる。


「予測か……!」


違う。


これは予測ではない。


戦闘解析だ。


回避方向。


筋肉の動き。


視線。


重心。


全てをリアルタイムで学習し、次の行動を先読みしている。


ターガバンティの瞳が静かに明滅した。


回避行動解析完了


次回予測精度補正


「ハッ……!」


次の瞬間、床が砕けた。


ヴァルデミリアンの姿が消える。


だがターガバンティは動じない。


むしろ、その瞬間を待っていたかのように背部装甲が開いた。


内部から二本の腕が展開される。


さらに腰部から二本。


合計四本。


滑らかに伸びた機械腕の掌から、青白い光が噴き出した。


ビームサーベル。


四本同時。


空間が焼ける音が響く。


次の瞬間、火花が炸裂した。


ヴァルデミリアンのスピアとターガバンティの光刃が正面から激突する。


凄まじい衝撃波が遺跡全体を揺らした。


四本の腕が、それぞれ完全に独立して動いている。


右上段から首狙い。


左腕が脇腹を薙ぐ。


残る二本が足元と死角を同時に潰してくる。


一切の迷いがない。


ヴァルデミリアンは咄嗟に身体を捻る。


それでも避けきれない。


肩部装甲が焼き切られ、火花が散った。


「チィッ!」


距離を取ろうとした瞬間、ターガバンティが滑るように接近する。


速い。


巨体とは思えない速度だった。


ヴァルデミリアンは反射的に蹴撃を叩き込む。


重い衝撃音。


普通の機械兵なら内部ごと吹き飛ぶ威力。


だがターガバンティは一歩も下がらなかった。


赤い瞳だけが静かに光っている。


次の瞬間、四本の光刃が同時に振るわれた。


死角。


完全包囲。


避けきれない。


ヴァルデミリアンは咄嗟にプラズマシールドを展開するが、ビームサーベルがそれを貫いた。


左腕から火花が散る。


激痛。


焦げた臭いが鼻を刺した。


ターガバンティの瞳が赤く点滅する。


プレストル装甲耐久値更新


次回切断効率補正


「……学習してやがる」


戦えば戦うほど、こちらを解析していく。


完全に対プレストル戦闘用。


その時だった。


ターガバンティの胸部装甲が開いた。


内部で莫大な熱量が収束する。


ヴァルデミリアンの目が見開かれる。


「――!」


閃光。


遺跡全体を白が埋め尽くした。


轟音と爆風。


床が崩壊し、金属片が嵐のように吹き荒れる。


ヴァルデミリアンの身体が壁面へ叩きつけられた。


衝撃で視界が揺れる。


左腕は半壊。


胸部装甲も焼け落ちていた。


呼吸が乱れる。


「生命力36%減少。ただちに戦闘から離脱してください」


身体が動かない。


ターガバンティはゆっくりと近づいてくる。


四本の光刃を展開したまま。


執行者の歩みだった。


対象損傷率上昇


排除完了まで残り十七秒


ターガバンティの光線がヴァルデミリアンの右足を貫く。


「ガァッッ!」


これで高速移動もできなくなった。


「あの時(デミトリウス戦)と同じか…」


だが立てない。


ターガバンティが光刃を振り上げる。


その瞬間だった。


「DNAコードに接続します」


ヴァルデミリアンの瞳が揺れる。


視界が歪む。


脳内へ大量の情報が流れ込んできた。


知らない戦場。


知らない空。


知らない敵。


だが、それら全てを“知っている”。


プレストルの血。


狩人たちの記憶。


極限状態でのみ解放されるDNAコード。


先祖たちの戦闘経験が、直接脳へ流れ込んでいた。


ヴァルデミリアンの呼吸が止まる。


ヘルメットの形が変形する。


そしてゆっくりと立ち上がった。


その動きは先ほどまでと別物だった。


「ヴァルデリオーサとファイケルの戦歴をインストールします」


ヴァルデリオーサとは惑星プレストルの英雄の一人で、隻腕の戦士として知られている。

ファイケルは武器を使わない接近格闘術のマスターとして知られている。


ターガバンティが突進する。


四本の光刃が同時に襲いかかる。


だが。


ヴァルデミリアンの身体が“勝手に”動いた。


最小限の動きで全てを回避する。


ターガバンティの死角へ滑り込む。


踏み込み。


肘打ち。


回転。


膝蹴り。


3分間の無呼吸で繰り出される流れるような拳と蹴り。左腕の損傷が無かったかのような攻撃。


一連の動作に迷いがない。


いや、“本人の意思”がほとんど存在していなかった。


身体だけが戦っている。


流れるような連打を食らいながらターガバンティの赤い瞳が激しく明滅する。


戦闘パターン変異確認


未知戦闘コード検出


再演算――


その瞬間、ヴァルデミリアンのスピアがターガバンティの腕部関節へ突き刺さった。


火花。


爆発。


四本の腕のうち二本が吹き飛ぶ。


ターガバンティが初めて大きく後退した。


ヴァルデミリアンは落ちている腕を食い始める。


それはターガバンティを取り込むように見えた。


右手でスピアを構えるとヴァルデミリアンは少しかがみ、戦闘態勢に入る。


一瞬の静寂の後、瞬間的に間合いを詰めスピアを下から上へと振り切る。


ターガバンティの残りの2本の腕が切り離され宙へと舞っていた。


その頃、デミトリウスは遺跡深部で真実へ辿り着いていた。


壁面へ刻まれた記録。


ラドコイ。


銀河史を観測する文明。


彼らは宇宙そのものを巨大な記録媒体として扱い、文明の発展と崩壊を監視していた。


そして彼らは、歴史改変を嫌っていた。


文明同士の過剰接触。


技術流入。


異常存在。


それらが因果を歪めることを、“歴史乖離”と呼んでいた。

そして惑星プレストルは彼らの狩りがその惑星の歴史を変えてしまうので、その修正をしていた。ターガバンティは自然とプレストル人に特化したマシーンになっていったのだ。


デミトリウスは静かに笑う。


「なるほど」


ターガバンティは守護神ではない。


侵入者を排除し、歴史そのものを守るための執行機構。


そして。


五百年前には存在しなかった理由。


それも理解した。


ラドコイは、“ターガバンティが昔から存在していた”という歴史そのものを後から挿入していたのだ。


村人の記憶ではない。


世界そのものが、そういう過去へ修正されている。


デミトリウスは低く笑った。


「面白い……」


世界ですらない。


もっと外側から歴史へ干渉する文明。


その未知に、彼は久しぶりに心を躍らせていた。


その時だった。


遺跡全体が激しく揺れる。


デミトリウスが視線を向ける。


崩壊した戦場の中心で、ヴァルデミリアンが立っていた。


全身は焼け焦げ、左腕は半壊している。


だが、その瞳だけが静かに燃えていた。


ターガバンティもまた、ヴァルデミリアンを睨んでいる。


両者は静かに向き合う。


長い沈黙。


やがてターガバンティの瞳が明滅した。


歴史乖離率再測定


対象危険度上昇


執行継続時、星系損傷率許容値超過


沈黙。


ヴァルデミリアンが膝をつく。


ターガバンティは静かに彼を見つめている。


対象監視状態へ移行


ラドコイへ観測記録送信開始


赤い瞳がゆっくりと暗くなる。


戦闘終了だった。


デミトリウスは静かに首を振った。


「また無茶をしたようだね」


彼はターガバンティを見上げる。


「お前は、“観測”を選んだんだな」


崩壊しかけた遺跡の中で、ターガバンティは再び静かに停止していく。


だが、顔はヴァルデミリアンを捉えている。


まるで今もなお、観測し続けているかのように。


デミトリウスはヴァルデミリアンを担ぐとポルトへと戻った。


「ポルト、彼を救護用ポッドに入れればいいのかね?」


「はい。今回は損傷が激しいため96時間の治療が必要です」


「私と戦った時もこうすれば良かったのか」


「今回の戦闘でz回路がスーツに取り込まれました」


「それでヴァルデミリアンが強くなるのかい?」


「この回路はまだ特性が分析中のためどのような影響が出るかわかりません」


「フ…私の時より重症なのは少し妬けるね」


デミトリウスは嬉しそうな笑みを浮かべ、ワインを口にするのであった。

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