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高貴な王子は甘く囁く  作者: ミケ~タマゴ
6/6

♡06話 愛しい気持ちが

 


 

 背景に大量の人参が描かれた、でっぷりとした、ふてぶてしい顔つきの黒いうさぎの絵です。屈辱感とともに古い記憶がよみがえってきました。


「この……ふてぶてしいクソうさぎは……」 


「ん? 何だい?」


「いえ、このふくふくしいクロうさぎの絵はなんなのかなあと……」


 近寄って来た王子様に笑顔で聞きます。尋ねると王子様は少し寂しそうに、懐かしいものを思いだしているような、ほのかな笑顔を浮かべて絵を見つめました。


「これはね、わたしがまだ幼い頃、べー国から親善の贈り物として貰った黒うさぎ、その子を描かせた絵だよ。『デヴィット』と名付けてとても可愛がっていたんだ」


「デブゥット?」


「いや、デブゥじゃなく、デヴィね」


「デブット」


「いや、デブはひどいな。デヴィだ」


「デビー」


「いや、デビィ、いや、デブィ、いや、デヴー……あれ?」


 王子様は首を傾げた後、ごまかすように咳払いをしました。


「コホッ、まあ、この黒うさぎはわたしの癒しだったんだよ。何度も彼女には慰められた。辛い事があっても、彼女を抱きしめていると乗り越えられたんだ」


 『彼女?』と突っ込みたくなりましたが、せつなそうな王子様の顔を見て、それは止めました。黙って話を聞きます。


「きみと初めて出会ったあの日。実はね、彼女が亡くなった日だったんだよ。大好物の人参を、大量に喉に詰まらせるなんて、不幸な事故だった……」


 王子様は遠い目になりました。がっついたうさぎは、哀れにもがっつき過ぎたようです。


「辛くて、悲しくて、泣きたくてたまらなかった。でも泣いたら彼女の世話係が罰せられてしまうし、弱い子だと怒られてしまう。だから、あそこでこっそり泣いてたんだよ」


 そう言った後、王子様はこちらの顔を見ます。


「そうしたら、きみがやってきた。黒髪で黒い目の、彼女のように可愛い子がね。まるで彼女が自分の代わりに、引き合わせてくれたんじゃないかと思ったよ」


 王子様の言葉を聞いて『ゲッ』と思いました。確かに黒うさぎを追いかけて、王子様に出会いました。

 あのうさぎと同じように可愛いとかの言葉にも、嫌な気持ちがします。


「あ、あの~、黒いうさぎは他にもいるんですわよね?」


「真っ黒なのも、放し飼いにしてたのも彼女だけだったけど、白黒ぶちの子なら、うさぎ園の方にいるね。彼女の孫や曾孫なんかがいるんだよ」


 嬉しそうに王子様は答えてくれましたが、聞かなければよかったと思いました。

 アレは全身真っ黒な個体でした。心の平穏のために、深く考えてはいけない事でしょう。『呪われた黒うさぎに嵌められた』とか考えてはいけません。


 無表情になっていると、王子様が柔らかく微笑みかけてきました。


「あの日、きみはわたしを慰めてくれたね。話に聞いていたイーストラブボンド家の慈愛の光は、わたしの心を暖かくしてくれたよ。

 『大好き、泣かないで』ときみの気持ちが流れこんできた。優しい子だと思った。きみに惹かれた。

 きみとなら、辛い事があっても乗り越えられると思った。あの日、きみを自分の妃にしようと決意したんだ」


 王子様の言葉に幼い頃の自分を振り返ります。確かに哀れな生き物を見ると、つい同情していました。

 野良犬や野良猫を抱いても光ってたとは、言わない方がいいでしょう。


「ずっと、ずっと、きみが好きだった。きみが幼い頃からずっと想っていた」


 王子様の熱を帯びた目にじっと見つめられます。


「愛してる」


 言葉とともに抱きしめられます。ドキリと鼓動が跳ねました。


「愛してる」


 耳もとで繰り返された言葉は、最初のものより熱を帯びて掠れていました。囁く吐息に耳を撫でられて、心臓の高鳴りが全身に響いていきます。


「きみが欲しい」


 熱い欲望の込められた囁きに、足から力が抜けていきます。

 ぐらりと力の抜けた体を腕で支えると、王子様は覆い被さるように口づけてきました。

 口腔に入ってきた舌に口の中を荒らされて、ドクドクと鳴る心臓の音と熱くなっていく体に、何も考えられなくなっていきます。情熱的で貪るような口づけに体が倒れていきます。

 一旦顔を離して、体勢を整えた王子様に、倒れかけた体を両腕で抱き抱えられました。

 王子様の腕の中でハアハアと乱れた呼吸をします。


 王子様の息も荒くなっていて、胸元が激しく起伏しているのが分りました。


 王子様が顔を見つめてきます。獰猛な熱を帯びた視線に、ゾクゾクと背すじに痺れが走りました。

 「ハッ」と荒い息とともに堪えきれない声を上げて、一瞬表情を歪めると、王子様は荒々しい足取りで、部屋の扉の一つに向かいました。






 寝室で王子様は獣になりました。






        ◇◇◇




「おはようございます~! お飲み物などいかがですかあ」


 ガラガラとワゴンを転がす音と聞き慣れた声に、ハッと目が覚めました。


 体を包んでいた暖かい物が急に離れ、頭の下から何かが抜かれ、ポフッと柔らかい敷き布団の上に頭が落ちました。

 すぐそばにいた上半身裸の王子様が、素早く近くのガウンを手に取って、羽織るところが目に入りました。


「お、おまえは!」


「あらあら、そんなに慌てなくてもよろしいんですよ。もう、反対や邪魔はいたしません」


 叫んだ王子様に答えたのは、教育係のメアリでした。

 起き上がろうとして、裸な事に気づきました。馴染みのない広いベッドの上です。

 昨夜の事が脳裏によみがえりました。あのまま王子様の寝室で、腕枕で抱き抱えられて眠ってしまっていたようです。


 これは恥ずかしいです。カーッと頬が熱くなりましたが、上掛けで胸元を隠すと、上半身を起こしました。


「あの、なぜメアリがここにいるのかしら?」


 この疑問にはすぐ答えてもらわなくてはと思いました。


「陛下と旦那様がお話し合いになり、少々早いですが、お嬢様は王太子宮にお住まいになることになりました。それにより、このメアリがお嬢様付きの侍女としてこちらにあがることになりました。」


「「はあ!?」」


 メアリの答えに王子様と二人そろって声を上げました。


「えっ、このままここに住むの?」

「なぜ、おまえなんだ!」


 声を上げた理由は、王子様とは違いました。


「王族の結婚としては異例の早さだそうですが、何とか二ヶ月後には挙式できそうだとの事です。

 二ヶ月ならごまかしも利くだろうと、早く孫の顔が見たいお二方は、王太子宮にお嬢様がお住まいになられる事をあっという間に決めました。

 お嬢様がここに住むのは決定です。お荷物などは、すぐに運びこまれる事になっております」


 メアリはそう説明した後、今度は王子様に向けて口を開きました。


「お小さい頃からお世話をしてきたわたしを差し置いて、誰がお嬢様付きの侍女を務められると? 手塩にかけてお育てしたお嬢様は、誰かさんのせいで、領主になられませんでしたが、次の領主となるお子様が出来ましたら、また教育係を務めさせていただく所存です」


「おまえの顔を毎日見るのか……?」


「あ、これは殿下への、陛下と旦那様からの差し入れでございます」


 王子様の呟きを無視して、ガラガラとワゴンを押してベッドに近づいてきたメアリが、ベッドボードの上に色々な小瓶を並べていきます。


「ん? 『ギンギンバリバリ』『ムラムラドカン』『全開乱れ打ちマン』? ……これは!」


 小瓶の何本かのラベルを読み上げた王子様が目を見開き呆然とします。


「ワゴンには普通のお飲み物や軽食などございますので、置いていきますね。今日は寝室から出ないで、ゆっくり過ごされてよいと陛下からのお言葉でございます。

 ご用の際はお呼びくだされば、すぐ参ります。では失礼いたします」


 一礼して踵を返したメアリが、ハッとしたよう振り向いて、またこちらに近づいてきます。王子様の側まで来ると身を屈めて、股間あたりの上掛けに向かって口を開きます。


「頑張れー!」


 叫んだ後、体を起こして王子様の顔を見ました。


「エイレーネ様から承ったご伝言、指定場所に確かにお伝えいたしました。では失礼します」


 再び一礼して、メアリは去っていきました。


 しばらく二人で無言でいましたが、王子様がハアとため息をついて、額に散った前髪を手でかきあげました。


「初めての朝だったのに……もっとこう、甘い目覚めになる予定だったのに……」


 がっかりする王子様の気持ちには同意できました。乙女の夢がぶち壊しになりました。


 王子様がこちらを見ます。


「仕方ない。今さらかも知れないが、やり直させてくれ」


 そう言った後、王子様は笑顔を浮かべました。


「おはよう。長い間想っていたきみと、こうして一緒に朝を迎えられて、とても幸せだよ。昨夜のきみは素敵だった」


 そう言った後、額に柔らかく口づけてきます。


「これからは、毎日、きみの顔が見られるんだね。本当に嬉しいよ」


 今度は頬に軽く触れる口づけです。

 一旦顔を離した王子様が、とろけるような笑顔で見つめてきました。


「愛してる」


 ゾクリと痺れるような甘い声で、そう囁いた後、今度は唇に口づけてきました。

 すぐに離れた唇に、もの足りなさを感じました。


「愛してますわ」


 自然と口から出た言葉とともに、離れた唇を追いかけるように自分から口づけました。

 口づけた後、すぐに恥ずかしくなって、顔を反らしました。頬がカアッと熱を持ちます。


「最高だ!最高の朝になったね」


 感激したように声を上擦らせて叫んだ王子様に、ギュッときつく抱きしめられました。


「きみがいてくれれば、わたしはいい王になれる、なろうと思う。

 大変な事もあるだろうけど、これからずっとわたしの側にいて、一緒に歩んでいって欲しい。目覚める時はきみの笑顔が見たい」


「はい」


 返事をすると、王子様の胸に頬を寄せて、腕を背中に回しました。


 強い光が胸から溢れます。同情ではなく、愛しい気持ちが光になりました。




 ずっと愛してくれていた人を、これからは同じように、ずっと愛していきたいと思いました。





 

    ずっと、ずっと愛し合って


    ずっと、ずっと一緒に……。


 



 


 

 

 お読みくださり、ありがとうございました。

楽しんでいただけていたら、嬉しいです。



 シリーズはこの冬編で完結です。応援していただき、ありがとうございました。






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