なんでもっと早くに思い出さなかったんだ俺の馬鹿野郎!!
入学して数日で前世の記憶を思い出し倒れ、記憶の整理が終わり気持ちも落ち着いた頃、俺はやっと学校に再登校できる事になった。
まだ父様と母様には心配されたけど、なんとか説得して押し切りましたとも、ええ。
…心配された理由が倒れたからとかじゃなくて以前より泣き虫になったから虐められるんじゃないかとかで更に泣きそうになったけど、なんとか耐えてやったさ!………ぐすん。
そんでこれから数年間通う学園なのだが…
「…俺ん家も金持ちってだけあって、学園も規格外だなおい…」
なんかもう、日本の筈なのに全然日本って感じしなかった。
日本国内なのにまるで外国に実際にありそうな城みたいな外観をしてるんだよ、校舎が。なにこれー。
名前は『宙海学園』と、ちょっと厨二臭い…
しかもエスカレーター式の学園で小中高一貫。だからといって簡単に進級できる訳ではなく、この学園は日本国内上位に入る学力の高い進学校なので生徒はちゃんと勉強ができないと進級できない。在校生徒はほぼ金持ちの子供ばかりだが中等部と高等部には庶民だけど成績優秀の特待生として在籍してるって奴もいる。
まぁ全員が全員成績優秀者って訳でもなく、金持ちのおバカもいる訳だがちょっとばかしごにょごにょ…お金を多く寄付してれば、在校できるらしい。流石金持ち汚い。俺も金持ちだけど。
そんな学園の高等部に乙ゲーのヒロインが入学してくるのは確か噛ませ犬こと瀬谷川慎治こと俺が高校二年生の時、つまり今から約十年後という事になる。
まだまだ随分先の事だ。会ってしまうかもしれないのはそんなに先なのに、ヒロインに怯えて今からビクビクしてても身が持たない。
なので来るその時まで、俺はのびのびと学園生活を送る事にする。心にゆとりを持つのって大事だろ?
その時まで俺のしたい事をしてやるさ。
それで、まず俺がしたい事と言ったら、それは勉強だ。
…え? なにそれ勉強好きな変人なのだって? いや別に俺もそんな勉強好きって訳じゃないぞ? 前世で素で「テスト大好き!」とか言っちゃってるクラスメイトいたけど俺はテスト大っ嫌いよ?
でもここは進学校ってだけあって勉強できなきゃいけないからな。前世の成績は大体中の上とそこそこ頭良かったけど、今度はもっと上を目指していこうと思うんだよ。
俺は、前世では最期まで全うする事ができなかった親孝行がしたいんだ。
そして子供が最も最初に出来る親孝行と言えば、両親がよそ様に自慢できる程の頭の良さを持つ事だと思うんだよ。
それに勉強をやってれば学生としても社会人としても自信が付くし、将来定められた仕事というか会社に就くだろうけど会社を更に発展させるのだって夢じゃない。
つまり今から将来の為の土台作りをしていくんだ。
なので、親孝行はじめの一歩として学校の成績上位を目指していく事にするんだ! 思い切って学年十位以内を目指すぞ! 頭を良くしてやるんだぜ! そしてあわよくばゲーmげふんげふん……まぁ、ちょっと下心して、ゲームが出来るようになればいいと思っている。
なんか金持ち間ではゲームと言えばチェスとか将棋の事で、テレビゲームは子供の成績や生活態度が悪くなる俗物として敬遠されがちなんだよね…甘やかされがちな我が家もそれは例外じゃなかったみたいで…前世ゲーマーの俺にはそれがものすごく辛い訳で…
なので今度のテストで見事上位に入ったらゲームを買ってくれるように約束してもらったのだ。めっちゃ渋られたけどそこは子供の必殺技『泣き落とし』で頑張ったね! プライド? そんなもん知るか!
そしてゲームしてても成績が下がらないように勉学を疎かにしなかったら今後もゲームする事も新しいソフトを購入することも許してもらえるだろう! 結局父様も母様もなんだかんだいって俺に甘々だしな! でも親孝行したい気持ちも本当!
という訳で今から猛勉強だ! 先生の話もちゃんと聞くし分からないところはバンバン質問するぜ小学生だから楽勝だとか思わないで真面目にやるぞ!
目指せ、優等生ー!!
…ところでなんでこうした進学校の小等部の勉強って、とんちみたいな問題が多いんだろうな? 社会に出ても早々使い道ないんじゃないかな、うん。
そうして学園生活を始めて早数日、俺は真面目な態度で勉強に取り組む優秀な生徒として先生方に評価されるようになり、ついに迎えた最初のテストで見事学年三位となった!
流石に一位二位の本当の天才には勝てなかったけど頑張った方だと思う。というか前世三十まで生きたんだから流石にそれ以外の子には負けたくないしな。
という訳で俺は約束通りゲームを買ってもらいましたよ! やっふーい!
因みにちゃんと自分の今の年齢も考えて全年齢対象のRPGにした。ここは前世と世界が違うからかゲーム屋さんに置いてあったゲームはどれも見た事ないものばかりだったから今後も楽しみだ。
あ、勿論勉強を疎かにしない為にゲームは一日二時間という事にしている。前世だと寝る間も惜しんでゲームやってたけど、今世はお坊ちゃんだしゲーム取り上げられたくないし成績落としたくないしねー。
そんなこんなで、俺の学園生活はプライベートともに充実した毎日を送れている。
…ちょっと最初辺りで数日休んでたから友達作るタイミングを逃してしまったのが、難点ではあるけどな! ………ぼっち寂しいです、ぐすん。
「さってと、今日は次のメインクエストまで進むといいな~」
放課後、俺はクラス委員長の仕事を無事終えて、帰ってからゲームをするのを楽しみにしながら教室を出た。
…ん? なんかステータス増えてないかって? ふっふっふ、よくぞ聞いてくれました!
そう、俺はなんと前世ではとても縁遠かったクラス委員長に就任したのだ!
諸君、たかが小等部のクラス委員長だからって侮る事なかれ。これが案外一般の中学校高校並みになかなか責任感のある仕事を任されたりするのだ。
やっぱこの学園は生徒のほとんどが金持ち、つまりは財閥の御曹司や令嬢ばかりだからなのか将来働くにあたって必要な教養やマナーとかを求められたりする。中でもクラス委員長や児童会会長なんかの仕事は力量の把握や責任感の取得を強く求められるんだって。だからかなり滅茶苦茶大変なんだよな。でも大変ではある分、なれるのは将来への一種のステータスとなるらしい。
俺はそれを狙ったつもりはなかったんだけど、授業態度も良し品性も良し担任だけでなく他の先生への礼儀も大変良しとかで今年の新入生の中でも優秀な部類に入ったみたいだ。クラス委員長は大体は立候補や多数決で決まるんだけど、俺含め学年上位三人は先生から推薦されて就く事になった。
忙しいのはちょいといただけないけど、これで父様と母様が喜んでくれるなら嬉しいので俺は勉強だけじゃなくてクラス委員長の仕事も今後しっかりと頑張っていくぜ!
…まぁ今はそんな事より帰ったらやるゲームの事でも考えとこ!
「フンフンフーン♪…ん?」
相変わらずお城みたいに広い校舎の靴箱で鼻歌交じりで靴を履きかえていると、視界の端で鮮やかな緑色が見えて俺は思わずそこへ視線を向けた。
鮮やかな緑色は、俺と同じくらいの身長の子供の髪色だった。
そういや確か、優秀な成績を取ったから称賛を学園長自らが与えてくれるとかなんとかで学園長室に呼び出された時、俺の他に同じ学年で成績が一位と二位の子供も来ていてそのどちらかが髪が緑色だったな…多分。
多分ってなんだよとか言うなよ! 学園長に呼ばれたとかで緊張してて一々周りなんて見てられなかったんだよ! 気弱なめんな!
…しかしここはゲームの世界というだけあって、前世と違い日本人なのに皆染めたわけでもないのに頭がカラフルだったりする。
俺すっげぇ真っ黒なんだけどな髪。悪役にはカラフルな頭は必要ないってか。でもヒロインのライバルの子達もカラフルだったと思うんだけど。
まぁ前世も髪は染めずに黒のままだった俺には一番落ち着くからいいんだけどね。ってか多分キラキラした金髪だったら泣いてた。だって俺は前世で思い切って髪を染める事がなんか怖くてできなかった気弱だもの。大学デビューで金髪茶髪に染める子達の度胸ってすごいと思うよ俺。
さて、なんか髪について熱く(?)語ったけどいい加減話を戻そう。
緑色の髪の子…めんどくさいし緑と省略しよう。緑は、校門へ向かって歩いていってた。
「あいつも、帰るところなのかな」
まぁ俺と同じクラス委員長なら多分そうだろう。クラス委員長の仕事って結構多いしね。
因みにうちの学園の校門前はロータリーになっていて金持ちの生徒のほとんどは車での登下校をしてるのだが、現在ロータリーには車が一台も来ていない状態だった。
このまま行くと、校門で一緒にお迎え待ちになるだろう。
…正直、同じ金持ちでも前世の庶民としての記憶が戻った俺では、あいつとお喋りして話題を絶やさないようにすると言う自身が、全く無い。
ってか無理。お金持ちの子供って何話題にしたら楽しいのいや寧ろその話題楽しいの?状態だ。
現在悲しきぼっちである俺はなんとか皆の輪に入れないかなーと思って教室で自主復習をしながらこっそり聞き耳を立ててるんだけど…最近いい馬が父上の所有する土地の農園に入ったんだとかお母様に素敵なドレスを買ってもらったから今度皆で一緒にお茶会をしましょうだとか株に手を出してみたんだけど意外に面白くて等々、そんなんばっかなのよ。
なんなのそのお話楽しいの?
前世だと小学生の会話なんて新しいゲームで対戦しようぜとか山に探検しに行こうよとか新しいお人形さん買ってもらったからおままごとしようだとか昨日のアニメ面白かったーとかそんなんだったよ?
金持ちの子供ホントにそれで楽しいとか思ってんの?
駄目だ前世の記憶が蘇った今の俺じゃ話全くついていけませんわー…
でも今後金持ちとしてパイプを持つ為にも話題を持たなきゃいけないよなぁ…話題作りの為に今度習い事をさせてもらえるか父様に相談しようかな…
ってかホント、このままだとマジで緑と一緒にお迎え待ちですよ早く車来ねーかな話題なくて気まずい時間を過ごすのが気弱にはもっとダメなんだってマジで…ん?
校門へ向かってとぼとぼと歩く俺の数メートル先のロータリーで待機してる緑の側に、一台の車が停車してきた。
しかし、その車は俺と緑どちらの家のものでもないものだった。
先も述べたようにこの学園は中等部高等部にいるごく一部の特待生である庶民以外はほぼ金持ちの子供が通う学校だ。当然、出迎えの車も何百何千万もするような高級車がほとんどだ。
だけど今停車している車は白のミニバンで、どう見ても高級車に見えない車種なのだ。
庶民の生徒の親が迎えに来たとかならまだ納得できるかもしれないが、我が学園は学園の高貴なイメージを保つ為に徒歩での登下校と一般車での送り迎えを禁止していて、学園への登下校は高級車での送り迎え以外は学園が手配しているスクールバスでの登下校が義務付けられているのだ。
だから、あの車は俺とあいつの家のものでもないだけでなく、此処に停める事すらおかしいのだ。
…あれ? じゃあなんで、あの車は此処に停車してるんだ?
―――――俺が疑問に思った、次の瞬間だった。
白バンから一人の女が降りてきたかと思うと、緑の腕を掴んだ。そしてそのまま、車の中に無理矢理引き込もうとするではないか。
…はい? 無理矢理?
しかも女のおっそろしい形相や緑が抵抗するところを見るあたり、どう見ても知り合いなんて感じじゃない。
…や、やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい!!!
これは、ゆゆゆゆ誘拐じゃないかぁああああああああああああああああああああああああ!!
さっきも言ったように、ここはほとんどの生徒が金持ちの子供だ。身代金目当てにそういった子供を狙った誘拐が、絶対無い訳じゃない。だからその対策の一つとして校門横に守衛室が設置されている訳だが…
俺は慌てて校門脇にある守衛室へと目を向けるが肝心の守衛さんは居なかった。なんでこんな肝心な時にいないんだ仕事だろぉおおおおおおおおお!?
そうこうしてる内に必死に抵抗してる緑はどんどん引きずられていってる。
どうしようどうしようどうしようぅうううううううううううううう!!
今から校舎に人を呼びに行ったり俺が持ってる防犯ブザーを鳴らし大人達が来るのを待ったところで、その間に緑が連れ去られてしまう間に合わない!!
中等部高等部の生徒は現在授業中の筈だからこの校門に通りすがる可能性もない!!
今周りには、頼れる大人は居ない。
居るのは緑と白バンに乗った誘拐犯と思われる運転席の男と緑を引きずる女と…
…俺しか、いないじゃないか。
…俺が緑を助けるしかないじゃないか!!
「―――――うわあああああああああああああああああああああ!!!」
「きゃあっ!?」
今の状況を理解した瞬間、俺は震える足を叱咤して校門を飛び出し緑と女に駆け寄ると背中に背負っていた学生鞄を女の顔に投げつけた。俺の学生鞄には授業で使う教科書とノートだけじゃなくて自主勉強用に分厚い参考書が入っているから子供が持つには結構重たくただでさえ無防備な顔にぶつけられた衝撃は結構あったみたいで、女は手を緑の腕から離した。
そして俺は緑の手を掴んだ。
「逃げるぞ!!」
突然の事に驚いた様子の緑を引っ張り俺達二人校舎へ向かって走り出した。
校門を潜り抜けある程度距離を取れたとこで走りながら誘拐犯の女に向かって叫んでやった。
「子供にとって学生鞄は立派な武器なんだよっ、この間抜けババァ!!」
「っんのガキぃ!!」
案の定、俺に挑発された女は俺たちを捕まえようとこっちに向かっててきた。
うっわ怖っ! あんまり怒ると老けるぞ山姥!
慌てて俺は緑を引っ張りながら更に距離を取った。
女もそんな俺達を追う為に、校門を潜り抜けようとした。
―――――かかったな!
相手が俺の策にあっさりと引っ掛かったことに、内心ほくそ笑んだ。
さっきも言ったように、ここの生徒はほとんどが金持ちの子供だ。そして身代金目的で誘拐しようとする輩も居ない訳じゃない。
だからその対策の一つとして校門横に守衛室が設置されているのだ。
そう、この学園の対策が一つだけな訳ないんだよ、バーカ!
女が校門の敷居を跨いだ瞬間、学園の警報が鳴り響いた。
『校門にて侵入者を確認! 侵入者を確認! セキュリティを発動! 直ちにロータリー及び校門を封鎖致します!』
先程まで開いていたロータリー前のゲートと校門は、一瞬のうちに閉じられた。一瞬のうちにガッシャンと閉まったのだ。
おおう。一応説明には聞いてたけど、ここまで凄いとは…
俺はこの学校のセキュリティの高さに、改まって戦慄した。
ここの学園は、誘拐などの対策の一つとして守衛室を設置しているのだがそれにもう一つ、ある特殊な対策をしているのだ。
それは、校門と学園敷地を囲う塀に設置されている特殊センサーだ。センサーは世界でも最先端の技術が使われているらしくて、なんでも地上五十メートルまでその機能は働いているのだとか。
そのセンサーが察知するのは、在校生と学園関係者だけが所有するバッジに埋め込まれている特殊な小型チップを持っている者、と持っていない者。そう、センサーはバッジを身に付けた者だけを学園内に通すように、バッジを付けていない者は学園に通さないように設定されているのだ。
だからバッジを持っていない者、つまり学園の許可もとらずに無理矢理学園内敷地に侵入しようとした者をセンサーが察知すると学園中に警報を鳴らし報告。そしてその付近のゲートを自動的に閉じるように設定されている。
そのセキュリティのお蔭で、俺達を追おうとしていた女の手前で校門は閉じられて誘拐犯二人はロータリーの中に閉じ込められる事になった。
俺達は誘拐される事なく、無事逃げ出せる事が、できたんだ。
隣を見ると緑がなんだか戸惑った俺を見ていた。まぁ突然誘拐されそうになったり俺がその誘拐犯に学生鞄投げつけたりなんかしたんだから、混乱するのも無理はないわな。
「あっ、突然手掴んだうえに引っ張ってごめんな?」
「えっ、あ、いや…」
ってかお互い喋ってもいなかったな。うん、誘拐とかで慌てる前にそもそも話せなさそうだなーって思ってたしな。
相手も俺に対してそう思ってるんだろう。なんかめっちゃ狼狽えてるし。
でも、まぁ…
「…お前が無事で良かったよ」
誘拐を未然に防げて、本当に良かった。俺は安心して笑った。
うん、ホント無事で良かったー。身代金目的とはいえ誘拐されたらどうなるか分かったもんじゃないしなー。
そんな俺に対して緑は、なんかめっちゃ目を見開いていた。
え、なにその反応? 俺の顔なんか変だった?
緑の反応に戸惑ってあわあわしていると、警報を聞いたのだろう大人達が駆け寄ってくる音が廊下をこだまして聞こえてきた。
あっ、先生達やっと来たか。良かったー…
…うん、もう限界です。だって、気弱だもの。
「はひゅう…」
遅れてやってきた緊張に思わず変な声が出た。
ぷっちーん。
頭の中でギリギリなんとか保っていた緊張の糸が切れた音がした。
パタリ。
緊張が切れたので限界を迎えた俺は倒れた。
「っ!? ど、どうしたんだよっ、なぁ!?」
突然倒れた俺に緑が驚いて、慌てた様子で俺に呼びかけていた。
あぁごめんよ緑。心配かけてマジごめん。そんな泣きそうな声出さないで。
なんとか返事をしたいけど、もう声も出ない程俺は疲れきっていた。
あははー…だって今の俺、気弱な6歳児ですよ? そんな子供が誘拐犯に向かって強気でいられると思います?
答えは『無理!』です。
怖い大人に誘拐される場面とは当事者だろうがなかろうが泣き叫びもんですよつーか多分こんな状況じゃなかったら俺確実に泣いてたよマジだよ本当と書いてマジだよ。
でも誘拐されそうになってるのが同じ6歳児で、だけど俺とは違って精神も子供ですよ? 俺が頑張らないなんてそっちの方が無理に決まってるじゃないですかー。
誘拐させる訳にはいかないと俺頑張ったよ…子供は守られるべきもんなんだよ…そして無理したよ…なんか水が落ちてくるんだけど、もしかして泣いてるのかな…泣かせてごめんよ…あぁ…意識が遠くなっていくぅ…ごめん少しだけ気絶させて…
なんかすっごく焦った緑と先生達の声を遠くに聞きながら、俺は完全に意識を失った。
目を覚ました俺が居たのは学園の保健室だった。
いやー、なんかよく知らん高級素材使ってるからか白い天井とカーテンがすっげぇ眩しいわー。
「…大丈夫か? どこか、痛むとこないか?」
…んでもって横には、椅子に座って俺の様子を見ている緑がいるんですが…もしかして俺が気絶してからずっと居たの君?
うわーうわー…どんだけ俺気絶してたのかな…申し訳ない…
とりあえず起き上がって全然問題ない事を伝えなければ。
「ん、大丈夫だよ。全然ピンピンしてる」
「そっか…」
「うん」
「………」
「………」
そして、沈黙。
う、うぉおおお…もんのすごい気まずいんですが…
なんかすっげぇ言いたそうに口もごもごさせてますけど何が言いたいのかね?
あれか、プライド云々で『俺は一人でも問題なかったのに余計な事を』とか言われちゃったりするんですかね?? うわーお金持ちならそんな事言っちゃいそうで否定できないですわー…そしてそんな事言われたら泣く自信あるぞ俺…だって気弱だもの…
表情に出さず(我慢でききれず涙目だけどちょっとそこは御愛嬌だと思って!)なんかもう不安とかなんかで内心百面相になっていると、緑が意を決したのか俺に声をかけてきた。
「…ねぇ」
「うん、なにかにゃ?(うっわぁ噛んじまった! 恥っず恥っず!!」
「…なんで、俺なんかを助けてくれたんだ?」
「………」
………んん?? 俺なんかを?
えー…それはどういう意味なのかね緑?
なんか俺に対しての文句というよりなんというか…
俺が反応できないでいると、緑はつらつらと俺にこんな事を述べてきたのだ。
「…俺なんて皆と違って可愛げもないし、つまんない子供だし、居なくてもいい子だし…さっきだって、あのまま俺が連れて行かれたって、別に君が困る事はないだろ?」
まるで「これは本当な事なんだ」と言わんばかりに、述べてきたのだ。
…な、なんだこのネガティブ発言は? 居なくてもいい子ってなんよ? 家族から虐待されてるとか無視されてるとか?
…す、すごく、重いです…
誘拐されそうなところを救ったらこんな重い話をされるなんて、誰が予想できたでしょうか…少なくとも俺は予想していませんでした…エスパーだったら予想できたんだろうか…
ストレス的なものが溜まって胃に穴が開きそうです…
…だけど、そんな事を考えながらも、反面でどこか冷静になって今目の前の小さな子供を、どうにかしてあげたいと思う俺がいる。
だって、今の俺と同じ歳のこんな小さい子がそう思ってしまうなんて、前世の甥っ子と同じくらいの子供がそんな事を考えてしまうなんて、悲しすぎるじゃないか。
今目の前にいる子供は、確かに同い年の子供からも大人から見ても可愛げの無い子供かもしれない。
もしかしたらこいつが今まで受けてきた何かを、勝手に勘違いして勝手に解釈して、そう思うようになってしまったのかもしれない。
でも、それはこいつ自身から望んで勝手になった事じゃないだろ。
こいつが短いながらも歩んできた人生で他人から受けた何かが原因でなったものなんじゃないのか。
周りがこいつをそう思わせるような事をしてきたんじゃないのか。
卑下するような考えを持ってるけど、そんな自分に一番苦しんで泣きそうになってる彼は、そこらにいる子供と、変わりないじゃないか。
…子供が、そんな事思っていい筈ないんだよ。
「…俺は、お前を助けて良かったと思ってるよ」
だから、俺は言う。
「お前は可愛げが無いとか、つまらないだとか、居なくていい子だとか、そんなの分からないじゃないか。だってまだ俺達は知り合ってもいないじゃないか。本当は、違うかもしれないじゃないか!」
途中で苦しくなって泣き出して段々叫ぶような声になる。
でも俺は言葉を詰まらせる訳にはいかないから、緑に掴みかかるような感じになりながらも、緑としっかり目を合わせる。
「あの時、知らない大人が俺と同じ年のお前を無理矢理連れて行こうとするのを見て怖かったさ! だけど、そうされそうなお前はもっと怖いんじゃないのかよ! 知ってるだとか知らないとか関係ねぇよ! 俺はお前があのまま連れて行かれたら悲しいよ! 苦しいよ! なのになんでそんな事を言うんだよ! 自分の事を居なくてもいいんだとか言うなよ!」
俺の目から零れる涙は止まらない。
緑の目からも涙が零れ始めた。
だけど止まらない、止めてやるもんか。
「これだけ言ってもまだそう思うなら、俺がこれからお前のその考えを変えてやる! お前は居ないとダメなんだって思わせてやる! 必要な存在だって思わせてやる! 今日から友達になって、一緒に居てやる! クラスが違うからとかそんなの関係ねぇ! 家柄が釣り合わないとかそんなお金持ち思考糞食らえだ! 周りがどんだけ否定しようがお前の隣に居座ってやってお前は居ないとダメだって毎日言ってやるんだからなぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
俺は大声で、そう言い切った。言い切ってやった。
顔は涙でぐしょぐしょで格好がつかないけど、言い切ってやった。
目の前の緑の顔も涙でぐしょぐしょだけど、なんだか俺より滅茶苦茶様になっている。あっれよく見たらこいつイケメンだわー俺より顔面偏差値高いわーだが気にしない!
しばらく沈黙が続いたけど、やっと声が震わせながらも緑が口を開いた。
「…お、俺なんかと、友達になってくれるのか…?」
「だから、そう言ってるだろ! 拒否なんか認めないからなぁああああ! 後『俺なんか』って自分を卑下しない! これ約束だかんな!!」
まだ言うかこいつは! 俺の言った言葉の意味を理解してないのかね!?
俺はもう一度叫んでやった。保健室で叫んでご迷惑かけてるだなんて、そんなの知らないね! 精神年齢なんて知るか! 俺今6歳児!
やっと俺の言葉をきっちり理解したのか、緑は泣きまくりながら、だけど嬉しそうに笑った。
「…俺、友達初めてだ」
…まさか美形からそんな台詞を聞くとは。すっげぇしょっぱい気持ちになるわ。
いや、俺も今世では今まで周りに居た子達は所謂取り巻きだったから、お前で初友達だから同じだけど、しょっぱいわ。なんか別の意味で涙が流れてくるんだけど。なんか俺が悲しくなってきたわ。
美形故に人が寄らなくてこいつをネガティブにさせたのか…ちくしょー! 友達頑張ってやるぜ! そんでもって前世の甥っ子の分までこいつをいっぱい可愛がってくれるわ!
…そういやこいつの名前まったく知らねぇや。
流石に緑呼びはいかんだろうし。友達になったからには名前で呼ばねぇとな。
お互いようやく泣きやんでから、俺たちは自己紹介をしあった。
「俺、瀬谷川慎治。慎治って呼んでな」
「う、うん! 俺、霧斗。緑沢霧斗!」
「オッケー。よろしくな霧斗!」
「よ、よろしく慎治! …えへへ」
名前で呼ばれて霧斗は本当に嬉しそうに笑った。その笑顔は歳相応に可愛らしかった。まぁ俺の前世の甥っ子姪っ子には負けるけどな!
いやーしっかしまさかに名前に「緑」という字があるなんてな。髪が緑だから心の中で呼んでたけどマジ偶然。
………………………………ん?
名前に『緑』が入ってる?
………あっ………あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!?
俺は、思い出した。
今更、思い出してしまった。
緑沢霧斗、この世界の攻略対象じゃねぇかぁあああああああああああああああああ!!!
この世界、通称『ラブカラ』は姉ちゃんの聞かせてくれた説明通りなら、特徴の一つとして、攻略対象達の名前に「色」が入っているのだ。
…そう、つまり、そういう事だ。
今目の前にいる子供は、霧斗は、十年後にヒロインと付き合えば俺を没落へと陥れる、攻略対象だったのだ!
な、なんてこったい\(^o^)/
ああああよくよく思い出せば姉ちゃんが見せてくれた画面の中にこいつをそのまま大人にしたような男がいたよ! なんでもっと早く思い出さなかったんだ俺! ヒロインも最重要だが攻略対象も最重要でしょーが! 明らかに周りよりずば抜けてる美形なのになんで気づかなかった! この世界のリセットボタンはどこですかぁあああああああああああ!!
あぁ、今すぐ友達やめたい、やめたい、けど。
脳内でのた打ち回っていった意識を戻して目の前の霧斗へと意識を向ける。
「な、なぁ。今日良かったら俺の家に来ないか? 良かったら…い、一緒に遊んでさ」
すごく恥ずかしそうにしながら、だけどとっても楽しみだという気持ちを惜しげもなく全開して最早周りにリアルにお花を飛び散らせてそうな霧斗が、俺にそう聞いてきました。
…こんな嬉しそうにしてるのに「あっ、やっぱ友達やめるわ」なんてとても言えやしないさ!!
もしそう言ってしまいなさいよ! すっげぇ泣きそうな顔するよぜってー! そんで「やっぱ俺なんて…」って思考に戻っちゃうよいやむしろ悪化するかもしれねーよ!
気弱な俺だけじゃなくて人並みな感性を持った人間にそんなの耐えられる訳ないだろうがぁああああああああああああああああああああああ!!!
特に美形のそれはプライスレスにダメージが増すね!! 俺今病患ってないけど吐血する自信あっちゃうね!!
…あぁ、俺、友達やめないよ。俺、頑張るよ。
誘拐されそうになってもネガティブな感じになってても、それを見て見ぬ振りしておけ放っておけなんて思う方が酷である。
どうせ攻略対象だと最初から分かってても、きっと俺は助けただろうし友達になろうとしただろう。
ってか乙ゲーの攻略対象って時に悲惨な過去があるとか聞いたことあるけど、こいつはぼっちと誘拐なのか。ぼっちはともかく誘拐はそう簡単に遭遇しないだろうに…なんつー嫌な設定なんだ…
「ん、いいぜ。いっぱい遊ぼうな」
「! あぁ、いっぱいだからな!」
もう、こうなったならとことん友達でいてやんよー!!
…ところで、こいつもうファンクラブできてたりすんのかな? 俺、その子達にいちゃもんつけられないか不安なんだけど。
テレレレッテレー♪
▼瀬谷川慎治 は 【攻略対象】緑沢霧斗 と 友達 に なった!