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天使君臨

 悩み苦しむ私の前に、ついに天使が現れた。彗星のごとく、突然ふらっと日常の中に登場した、小さくて可愛らしく、それでいて凛々しい女性。

 彼女は、私に勇気と希望を与えてくれ、進む道まで示してくれた。差し詰め、この孤独な戦いにおけるジャンヌ・ダルクである。

 勿論、生身の人間なので羽はないし、頭の上に輪っかも浮かんでないが、しかし少なくとも、私の味方である事だけは確かなようだ。その証拠に、相談相手になってくれるどころか、共闘してくれるというではないか。コミュニケーション能力が著しく低い私としては、願ったり叶ったりである。

 しかし彼女は、本当に私をこの混沌とした状況から、救い出してくれるのだろうか?

 そんな不安が頭をよぎるのは、彼女のあの微笑みが原因かもしれない――。



 居づらい気まずい行きづらい。

 辛いの三拍子がそろってしまったが、師は走って去ってしまう十二月。我がバイト先である塾も当然、センター対策、並びに受験対策で書き入れ時、失礼、追い込みの時期である。すると、必然的にバイトだろうと正社員であろうと、立っている者は親でも使えの精神で稼働率が高くなる。その結果として、私は息のしづらさを感じながら、ほぼ毎日バイトに明け暮れているという訳である。

 そんな生活を一カ月ほど繰り返し、もはや慣れてしまった十二月二十九日。件の人物は、颯爽と風のように、バイト先に舞い降りた。

「あ、逆木先生。ちょっと良いですか?」

「はい?」

 その日はバイト先に着いた途端、久々に上司に呼び出された。その為、若干緊張しながら奥の会議室へ向かうと、そこには見知らぬ短髪の少女、それも美少女と言って差し支えないぐらい可愛らしい女の子が立っているではないか。肩口で切りそろえられた短髪に、紺のダッフルコートを羽織ったその姿から、私はてっきり新しく入塾してきた生徒かと思ったのに。

「初めまして。(はし)(もと)()(そら)と申します。これでも、工学部の二年生です」

――私とタメか!?

 あろう事か、新入バイトの方だった。これには、他の面々も驚いているようである。無理もない。身長が百五十センチメートルあるかないかで先程の格好をされてしまえば、誰だって高校生、いや、下手をしたら中学生にも見えるだろう。そのぐらい、彼女は幼かった、が。

「慣れないうちはご迷惑おかけする事になってしまうかもしれませんが、何卒よろしくお願いします」

 丁寧な対応と落ち着きはらった声などは、大学生、否、社会人のそれを髣髴とさせた。そこから、独特の雰囲気を持った奇妙な少女であると最初、私は位置付けた。まぁ、それはほんの数時間後に修正される事になるのだが。

 しかし関わる事など無いだろうと高を括っていた矢先、

「理系という事で、分からない事がありましたら逆木先生に聞いて下さい」

上司からこんなありがたいお言葉を賜った。

「え!? あ、はい」

「大丈夫、ですよね?」

「……はい」

「よろしくお願いします。逆木先生」

 本人からもそう愛らしく微笑まれてしまっては、私にはもはや流れに身を任せる事しか出来なかった。


 まぁそんな訳で、休み時間の間にこの新人先生に色々教えるというハードスケジュールとなってしまった訳だが。

「えーっと、じゃあこんなもので大丈夫ですか?」

「はい。ありがとうございました」

 ものすごく物覚えの良い人で、業務に関する説明は十分ほどで終わってしまった。まぁ、報告書の書き方や部屋の使用に関する事がメインだったから、そこまで時間のかかる事でも無いのだが。それにしたって、一回の説明で全部理解出来るのはすごいと思う。いや、一通り聞いておいて、また後で分からなくなったら質問すれば良いや、というスタンスなのかもしれないが、何故か端本さんからはそれを感じなかった。何か優秀そうなオーラが立ちこめているからかもしれない。

 それからは彼女と雑談をして休み時間を乗り切った。微妙な立場にいる私は、他の先生と前のように話す事が出来ない為、いつも一人で教室の中でぼーっとして過ごしていたので、彼女の存在はありがたかった。

 お互いの学校の事、日常生活の事など、プライベートに関する話も沢山した。そこまで休み時間がある訳でもないのだが、彼女はよっぽど聞き上手なのか、結構喋ってしまった気がする。

 そして、ついにあの件も、話術によって引き出されてしまった。

「逆木先生、そんな状況だったんですか……。お気持ち、お察しします」

「えーっと、だ、だからってここがそんなに悪いとかそういうんじゃないですからね?!」

 一応フォローを入れてみるも、時すでに遅し。涙を流さんばかりの勢いで、激しく同情されてしまった。この反応は新鮮過ぎて、逆にどうすればいいのか分からずあたふたしてしまう。

「いえ、でも条件というのは守られてしかるべきですからね」

 するとここで、今までの丁寧な物言いから、大分砕けた物になって、彼女はぼそりと本音を漏らした。

「そうか、ここでもそうなのか……」

「ここでも、って?」

「実は私、前の職場を辞めた原因って、条件があんまりにも自分に合わなかったからなんですよ」

 その言葉が今まで押し止めていた何かを解放したかのように、その後彼女は、前の職場がいかにきつかったかを力説してきた。それは私の置かれている状況に似ている部分もあって、大分共感し、短時間のうちに意気投合してしまった。

「端本先生も、色々お辛かったんですね……」

「ええ……。今度こそはって思って、心機一転頑張るつもりだったんですけどね……」

 一気に暗くなる空気。私も何も言えず、沈黙を保ってしまう。自分に合ったバイト先を探すというのは、これほど大変な事なのか。絶望という二文字が、頭の中をすり抜ける。

 だがここで、思いもよらぬ言葉が彼女の口から飛び出した。

「逆木先生」

「はい」

「一緒に、条件改善を訴えましょう! 今度は、私も戦います」

「え、え?」

「まぁ、私がここの状況を見極めてからになっちゃうかもしれませんが、微力ながら力になりますよ」

 仕舞いにはこんな協定まで交わしてしまい、戸惑いながらも仲間が出来た事に嬉しくなって、私は久々に足取り軽く家に帰った。それが後々、具体的に言えば年明け後に、大変な事になるとも知らずに。


 翌日。

「逆木先生、おはようございます♪」

 私を出迎えたのは、先に来ていた端本さんだった。

「おはようございます、端本先生」

「史空で良いですよー」

 よっぽど昨日で打ち解けてしまったのか、それとも親しみを持ってくれたのか。いずれにせよ、愛らしい表情でそう言われてしまっては、断る理由を探す方が大変だ。それに、私はあまり敬語を使うのが得意ではない。だから、その気遣いに甘えさせていただき、

「じゃ、じゃあ史空ちゃん。おはよう」

若干固くなりながらも、挨拶を改めて返す。

「おはようございますです」

「さぁ、逆木先生。今日も頑張りましょう!」

 その明るい台詞に、自分は丁寧語のままなのね、という事はあえてつっこまずにおいた。きっと、敬語キャラというアイデンティティがあるのだろう。とはいえ、私の方は丁寧語を免除された身なので、

「お、おー」

ノリきれないままである。

「声が小さいですよっ」

「おー!」

「その息です!」

 元気な彼女は、私もテンションが上がってきた事に満足げに微笑んだ。

 そして私にだけ聞こえるように、こそっと囁く。

「その息で、交渉の方も頑張りましょうね♪」


 こうして、何故か史空ちゃんと一緒に、私はバイト先にたてつき続ける事になってしまった。

「でもとりあえずは、様子を見ましょうね」

 だがその時、私は見てしまった。まるで肉食獣が獲物を狙う時のような、鋭いまでの眼を。策略と陰謀渦巻くただならぬ雰囲気を、肌で直に感じ取ってしまった。

 彼女は一体、何者なのか。

 謎と不安を抱えつつ、正面切って堂々とバイト先と対決することとなってしまった。果たして、その結末やいかに。


年明け前に滑り込みました……。

来年、この新キャラ史空と共に、逆木は本格的に交渉に入る事になります。

はてさてどうなる事やら。温かい目で見守ってくださいまし。

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