四面楚歌
排除。
他にも、削除、撤去、排斥、除外など類語は多数存在するこの言葉。それぞれ微妙に意味合いは違うが、今回この物語に限って言うならば、それらは全て同義となる。
すなわち、それは自らの敵とみなしたモノをそこにあってはいけないものとして取り除いたり、追いやったりする、一種の防衛本能である、という事。さらに、人間社会においてそれが発動されるという事は、無視され、いないものとみなされ、淘汰されるという事である。つまり、された側はその場から居場所を無くす事を意味する。
そして、私逆木明由美も、まさしくその状態に陥っていた――。
*
「私、何か……した、か」
あれからというもの、嘆願書を提出したはずなのに、まるでなかった事にされたかのように、日々は過ぎていく。ただ、若干ではあるが、その問題の上司からの風当たりがきつくなった気はする。それにともない、周りの他のバイトからの目も心なしか冷たい。なんだろう、渡していく時、叫びでもしたのだろうか。しかしその態度こそ、私が一矢報いた唯一の証でもあるので、何とも言えない気分を味わっているのであった。
「はぁ……」
かえって前より悩みが増えてしまったなぁ、と苦笑しつつ、時は確実に刻まれていく。
バイト先の仲間にはまかり間違っても相談出来ないので、というかそこまで親しくも無いので、私が頼るのは大学の友人達である。今回も礼にもれる事無く、お昼休みの雑談に混ざってこの一連の出来事をぶっちゃけてみたのだが。
『お前はアホか!』
私の話を聞いた彼女達にまず言われたのが、辛辣なこの言葉であった。しかも、一言一句違わずピッタリとそろっていたものだから、何も言い返せない。文字通り、ぐうの音も出ないほどの見事なチームワークだった。
さらに友人達の勢いは止まる事を知らず、呆然とする私に、更に次々とありがたいお言葉がぐさぐさと、槍のごとく投げかけられる。
「どこにバイトの分際でそんな事する奴がいるんだよ……」
「いや、ここにいるって」
「さざらぎー。あんた、やる時はやる女だと思ってたけど、ここまで来ると何も言えないわ」
「流石すぎるね」
ほとほと愛想が尽きた、と言わんばかりの口調に、私は徐々に状況を把握していく。底知れぬ不安から、背中を一筋の汗が伝った。
「えーっと、それって……」
意識が回復し、ようやく事態が呑み込めかけた所で、止めの一撃を喰らう。
「つまり、だ」
『普通はそんなに嫌だったら辞めるんだよ!』
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
思わぬ方向から攻撃を受け、うろたえる私。だが、後々冷静になって考えてみると、自分がいかに間違っていたかがよく分かる。そうだ。元はと言えば最初から辞めようと思っていたのに、どうして私は立ち向かおうとしてしまったのか。
しかし、それでも、全ては“戦争”と銘打ってしまったのが悪いという事に気付くまでには至らなかった。そういう訳で、
「だ、だって。悪いには向こうなんだよ!?」
必然的に、悪役となるのはバイト先である。まぁ、それはそれで間違ってはいないと思うのだが、バイト経験豊富な友人達は私より数倍大人だった。
「そりゃ、合う・合わないはあるだろうさ」
「でも、所詮バイトだし」
「そうなんだよね。好きな時に出来て好きな時に辞められるのが、良い所なんじゃないの?」
「むー。そうだけどさー」
尚も反論を続けようとする私に、ここで決定的な議題が、麗華の口から飛び出した。
「でもさ、なんでそこまで度胸があるのに、辞められないのかね」
だが、これに関して、私はすでに答えを用意してあった。なので、高らかに堂々と宣言する。
「んー。自慢じゃないけど、この私を雇ってくれる所があるとは思えないから☆」
「そりゃ自慢にならないわー」
これには、流石に皆苦笑した。なんだろう、そんなに分かりきったことだったろうか、と思っていたらそうではなかったらしく。
「でも、そんな事無いと思うよ」
「そう?」
「うん」
自虐に走った私に、呆れかえっていただけだったらしい。こうやって、程良い所でフォローがくるのも、一人で考え込まない方が良いという理由の一つだ。口数が少ないだけに、千波さんの優しさで少し元気が出る。
そうして心が和んだ所で、不穏な雰囲気を漂わせながら、今日はやけに厳しい麗華が言う。
「ってか、そんなに厳しいかね」
口元に笑顔を浮かべながら、しかし目は笑わずに、彼女は氷の女王よろしく放った。
「私、今週七連勤だよ?」
「うわ、何それきつい」
どうやら、先程から暗いオーラを発していたのはそれが原因だったらしい。まぁ、そんなに大変な思いをしているのなら、私の悩みなんてとるに足らないものなのかもしれない、けれど。
「でしょ? でもなんとか出来ちゃうし」
それでも、常に明るいのが麗華の良い所である。だから嫌味にならないのだろう、とも思った。
「欲しいものがあるからねー。頑張らないと」
「え、何? 洋服とか?」
「化粧品とか?」
人一倍お洒落に気を使う彼女の事だ。その辺りだろうと、我々は信じて疑わなかった。これっぽっちも疑わなかったのに、当の本人から出てきたのは、あまりにも男前な回答だった。
「原付」
『おう』
美人の意外な趣味に、私達はそれ以上つっこむのを止めた。
沈黙が流れても気まずかろうと、私は話題を戻し、愚痴を続ける。
「まぁ条件がきつい訳じゃないんだよ。なんだろう、対応が悪い? あと生徒が可愛くない?」
「人間的な面にしか不満は無いのかよっ」
「うーん。なんなんだろうねー」
確かに、そう考えてみれば私はあの塾にいる人達と馬が合わないだけなのかもしれない。でもそれで納得してしまうには何かがひっかかるなぁ、と考え込みそうになると、今まで珍しく口数が少なかった詩衣菜がようやく口を開いた。
「まぁ、楽しくても辞めちゃう場合はあるよね」
「ふえ?」
そのあまりにも重々しい言い方に、皆思わず彼女の方を見る。注目を浴びる中、意を決したように詩衣菜は告げた。
「この前、ついに辞めちゃった」
『そうなの?!』
これには、全員驚いた。なんとなく、なんでもそつなくこなしてしまいそうな彼女と、辞めるというある種無責任な行為が結びつかなかったからかもしれない。
「うん。耐えらんなかったからねー」
そういえば彼女は何度か、迷惑をかけ続けているから申し訳なくてバイトを辞めたい、ともらしていた気がする。おそらく、その事だろう。
「でもね、辞める時に言ってくれた言葉がね、本当素敵だったんだよ」
一呼吸置いて、何かを押さえてから彼女は言った。
「バイトはね、楽しくやるのが一番だって」
そんで、ちょっぴり勉強になるんだと。彼女の言い方は少し寂しそうで、後悔したようなものだった。実際、色々悩みがあったのだろう。それでも、後悔だけはしていないようだった。それだけ悩んで、納得のいく結論を自分で導き出したという事だろう。
「そっかぁ……。皆も大変なんだね」
「だから、辞めても良いと思うよ」
そう言われると辞めづらいんだよなぁ、という天の邪鬼な性格が見え隠れしつつ、その日の討論会は授業五分前という事でしめられた。
――どうしよっかなぁ……。
色んな人から話を聞いて、考え方や選択肢が増えて、しかし結論は出ないまま、今日も律儀にバイト先へ向かう。電車の中一人、吊革につかまりながらうとうとしつつ、私は考えにふけった。
しかし捨てる神あれば拾う神あり。私の元にもついに、天使が舞い降りる事になるのだった。
さて、投稿までにまた微妙に日が空いてしまいました(汗
が、ここから事態は思わぬ方向へと転がります。
まだ展開しか思いついておりませんが、今月中に出来ればもう一話上げたいと思っておりますのでどうかよろしくお願いします。
おそらく最も真面目な回、皆苦労してるよね、というお話でした。




