第7話「タコ足カレーの夜」
野営地に設営されたテントの中、蒼司と紅華は簡易ベッドに横たわっていた。
「よし、治療するぞ」
紫音がデバイスをタップすると、青白い光が二人の体を包み込んだ。
「お、なんか温かい――」
「うっ……!?」
蒼司の呑気な感想を遮るように、紅華が呻き声を上げた。
「ちょっ、待っ、滅茶苦茶痛いんですけど!?」
「そりゃあ…急激に組織を再生させるから、その分、体には結構な負荷がかかる」
「先に言えよそういうことは!」
「いだだだだだっ!」
蒼司も一拍遅れて悲鳴を上げた。傷口が猛烈な速度で塞がっていく感覚は、まるで骨の内側から突き上げられるような痛みを伴っていた。
「うああああ、なんだこれ、地味にえぐい痛みじゃねえか!」
「私も同意見! ちょっと紫音、これ本当に必要?」
「必要だ。放っておいたら明日動けない」
「動けなくてもいいから今すぐ止めて!」
「駄目だ」
冷静な声で切り捨てられ、二人はしばらくベッドの上でのたうち回ることになった。光が収まる頃には、傷はすっかり塞がっていたが、二人とも汗だくで放心状態だった。
「……地獄だった」
「同意」
「文句言うな、ちゃんと治っただろ」
「戦闘してた時より痛かったまである」
紫音は取り合わず、デバイスをしまいながら立ち上がった。
「さて、そろそろ夕飯の時間だな。当番、決めるか」
*
「よし、じゃんけんで決めよう。負けた人が作る」
紅華がそう提案すると、四人は円になって手を構えた。
「最初はグー、じゃんけん――」
「待って」
紅華が急に手を止める。
「なに」
「翡翠、前から思ってたけどグーばっかり出す癖あるでしょ」
「え、そう?」
「紫音は逆に、最初はチョキ多め」
「そうだったか……?」
紅華の分析に、二人は思わず顔を見合わせた。
「じゃあ、私はパーで――」
「よっしゃ、じゃんけんぽん!」
紅華が仕掛けた読み合いの最中に、蒼司がさっさと掛け声をかけてしまう。
「あ、ちょっ――」
結果、紅華の出した手はパー。だが、翡翠はチョキ、紫音もチョキ、蒼司もチョキだった。
「……あれ?」
「紅華、一人負け」
「は? なんで!? 私、ちゃんと読んでたのに!」
「読みすぎて逆に外したんじゃない?」
翡翠がにやりと笑う。
「くっ……次はグー出す所まで決めてたのに、まさかの全員一致で一周目で私だけパー……」
「見事な一人負けだったな」
「うるさい!」
悔しがりながらも、約束は約束だった。紅華はぶつぶつ言いながら簡易キッチンへと向かっていった。
*
「――にしても、今日の数はさすがに異常だったな」
紅華が調理を始めた頃、残る三人はそれぞれのガジェットを取り出し、手入れをしながら今日の戦闘を振り返っていた。
「志摩さんも言ってたけど、十倍どころじゃなかった気がする」
翡翠がスナイパーライフルの銃身を布で拭きながら呟く。
「裂界の反応も、いつもと質が違ってた。何か、根本的な変化が起きてる気がする」
紫音がデバイスの表面を点検しながら、真剣な顔で言う。
「――まあ、そんな中でも、蒼司は相変わらず触手に好かれてたけどな」
翡翠の一言に、蒼司がぴたりと手を止めた。
「……いやなこと思い出させるなよ」
「だって事実じゃん。今日だけで何回触手に絡まれたっけ」
「数えるな」
「大体、瘴魔の中でも触手系はやたら蒼司を狙う気がする。何か好かれる要素でもあるんじゃない?」
「知らねえよ! 俺は触手なんて全然好きじゃねえのに、向こうが勝手に好いてくるんだよ!」
「片思いされてるってことね」
「気持ち悪い言い方するな!」
蒼司が声を荒げたところで――ちょうど、紅華が湯気の立つ鍋を運んできた。
「はい、お待たせ。今日の夕飯」
テーブルに置かれたのは、大皿に盛られたシーフードカレーだった。
ただし。
そのカレーの中には、これでもかというほど大量の蛸の足が、ごろごろと沈んでいた。
「……」
蒼司の思考が、一瞬で凍りついた。
「どうしたの、蒼司。早く食べなよ」
紅華が、これ以上ないほど良い笑顔で、しかし目だけは笑っていない顔で蒼司を見つめている。
「い、いや、あの、紅華さん……これは、その」
「いただきます、は?」
「い、いただき、ます……」
蒼司は震える手でスプーンを持ち、蛸の足を一切れ、恐る恐る口へと運んだ。
「――で、味はどう?」
「……美味い」
「でしょ」
「美味いけど! なんでよりによってシーフードカレーなんだよ! しかも蛸メインの!」
「別に他意はないけど?」
「絶対あるだろ!」
蒼司が声を張り上げると、紅華の笑顔がすっと消え、代わりに額に青筋が浮かんだ。
「あんたねえ、せっかく作ってあげたのに、その言い草は何?」
「いや、だってこれ絶対嫌がらせだろ!」
「嫌がらせで悪い!? じゃんけんで一人負けした恨み、ちゃんと乗せてやったんだから感謝しなさいよ!」
「開き直った!」
「二人とも、飯の前に喧嘩するな」
紫音が間に割って入り、なんとか二人を落ち着かせようとする。だがその間に、翡翠は自分の皿から、蛸の足だけを黙々と紫音の皿へと移し替えていた。
「……翡翠、これは」
「私、蛸あんまり得意じゃなくて。紫音の分、増やしとくね」
「俺は好きとも嫌いとも言ってないんだが」
「食べられるでしょ、多分」
「多分って何だ多分って」
紫音の皿には、いつの間にか蒼司の分と大差ないほどの蛸の足が積み上がっていた。
そんなふうに、言い争いと笑いが入り混じったまま、野営地の夜は、賑やかに更けていった。
それなら志摩の「ツッコミ役」を活かした方が絶対面白い。
あとがき
蒼司「……聞いていい?」
紅華「どうぞ。」
蒼司「俺、この野営地に来てから人権なくない?」
翡翠「今さら。」
蒼司「否定して!?」
紅華「触手に捕まって。」
翡翠「みんなに忘れられて。」
紫音「タコ食べて。」
蒼司「改めて並べるな!!」
紅華「しかも『美味い』って言ってたし。」
蒼司「そこは認める。」
翡翠「じゃあ明日もタコ。」
蒼司「なんでだよ!!」
志摩「……お前ら。」
全員「はい。」
志摩「昼間は命懸けで戦ってたよな?」
紫音「はい。」
志摩「夜になったら何でタコの話しかしてないんだ。」
蒼司「俺もそう思います!!」
紅華「だって面白いし。」
翡翠「タコだから。」
志摩「理由になってない。」
蒼司「志摩さん!! この人たち何とかしてください!!」
志摩「無理だ。」
蒼司「早い!! 諦めるの早い!!」
紫音「俺も無理だと思います。」
蒼司「紫音まで!?」
紅華「じゃあ明日は。」
蒼司「嫌な予感しかしない。」
紅華「シーフードパスタ。」
蒼司「海鮮から離れろォォォ!!」
翡翠「具はタコ多めで。」
蒼司「増やすなァァァ!!」
志摩「……第七小隊って、いつもこんな感じなのか。」
紫音「今日は平和な方です。」
志摩「嘘だろ……。」




