9.彼女の世界
「あんた、倒れてたんだろ。それをぼくが助けてやったんじゃないか。訳くらい話してくれたっていいんじゃないのか」
「誰も助けてくれなんて言ってないじゃん。勝手に人んちに入ってきといて恩人ぶらないでよね」
彼女はそう言うとそっぽを向き、明らかに話す素振りがなくなった。
心の中は熱湯が沸き立ち、もはや吹きこぼれ寸前だ。しかし、ここはぼくが大人にならなくてどうする。彼女はまだほんの中学生くらいに見える。理に適わないことを言ってしまうことくらいあるだろう。
もう、いいや。こんな奴どうなったって構うもんか。もはや一命は取り留めたのだ。それどころか、こんな減らず口を叩くところまで回復しているのだ。いや、そもそも食料はあったのだ。あのときわざわざ飯なんか作ってやらなくても、一人で起き上がり、何か食べたに違いない。そうだ、こんなところにいつまでも居る理由なんてない。早く帰ろう。
「あのさ。お腹が空いていても、安易に物を食べて満たされたくない気持ちになったの」
彼女がコップを握ったまま、ぽつり呟いた。
わからん。頭の中で彼女の言動がぐるぐると巡っている。なんにせよ……さっきまでの不躾な彼女の態度は改まったわけだが。
「よくわからんが、これからはこんなことないようにしろよ。飯だってちゃんと食わねえと脳の力だって百パーセント出せねえんだからな」
「それは無理かも」
「なに言うんだよ。一人暮らしなんだから掃除や洗濯なんてどうでもいいけど、食うもんくらいはしっかり自分で用意しないと」
「でもあたし、料理興味ないから」
彼女はじっとこっちを見ている。
「だったらできてるもん買って食えよ、今は食べたいものなんでも売ってるだろ。だからってコンビニ弁当やカップ麺ばかりじゃだめだからな。野菜食え、それが面倒くさいなら野菜ジュースでもまだましだから。勘違いしてサプリメントなんかに頼るんじゃないぞ。あれはどうせバランスのいい食事をしていないと吸収しな、なに」
突然彼女が袖をわずかに引っ張った。
「そんな金ない」
「あん?」
「そんなお惣菜なんて買うお金ないよ。ああいうの意外に高いんだよ、中学生で一人暮らし、してるんだからそんなにお金あるわけないでしょ。食事なんて自炊でもしなきゃ暮らしていけないよ」
ああ言えばこう言うとは、こいつのことだ。なにを言ったって、屁理屈を持って言い返されてしまう。これじゃあなにを言っても意味がないじゃないか。
「じゃあどうしようもないじゃないか、料理するしかないだろ」