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中編

 クラスメイトたちの不安は的中しました。祥子は舞台でのリハーサルになっても、ちっとも笑顔を見せないのです。しっかりセリフもいえているし、動きもちゃんとしているのですが、これにはみんなカンカンでした。


「先生、どうするんですか! 祥子のやつ、全然笑わないじゃないですか。あれじゃあほほえみの国の王女じゃないですよ」

「先生のせいですよ、もう本番まで時間も残り少ないのに、あれじゃみんなの笑いものです」

「どうにかしてくださいよ!」


 クラスのみんなから責めたてられても、江田先生は神妙なおももちでじっと祥子を見ているだけなのでした。ですが、クラスメイトの一人が、祥子に文句をいおうとするのを、江田先生が間に入って止めたのです。


「ちょっと待ってくれ。わかった、先生がどうにかするから、お前たちは劇の練習をしていてくれ」


 先生が静かな、しかし威厳のある声でそういうので、みんなはもうなにもいえませんでした。一人、また一人と、舞台に戻っていきます。ただ一人残された祥子のとなりに、江田先生はこしかけました。


「……それじゃあ聞かせてくれるか? 祥子、お前はいったいどうして笑わないんだい? 」

「……先生は、どうしてわたしを『ほほえみの国の王女』の役にしたの?」


 逆に問われて、先生は少し口を閉ざしましたが、やがて、意を決したように答えました。


「……この劇の脚本を書いたのは、先生の幼なじみの女の子だった。その子は笑顔の絶えない女の子だったが、高校生の時に、ひどいいじめを受けてしまって、一切笑うことがなくなってしまったんだ。……劇作家になりたかったその子は、どうすれば笑顔になれるか考えて、それでこの話を作ったんだよ。どんなにつらくても、悲しくても、笑顔でいれば、笑うことを忘れなければ、きっと幸せになれる。そして、そんな強さが欲しい……。彼女はそう願って、この話を作ったそうだ」

「その人は、いったいどうなったの?」

「……不登校になっていた彼女は、逃げるようにして遠くの大学へ進学していった。頭はいい子だったからね。そこでこの話を作って、自分が主役になったんだ。最初は笑えなかったらしい。だけど彼女は、ずっと笑顔を探し続けていた。そして、もがいて、もがいてもがき続けて……やっと笑えたらしい。そのときは、涙を流して笑っていたそうだよ。そして彼女は劇作家になった。この話が彼女のデビュー作だったのさ」

「……その人、もしかして、先生の恋人さんなの……?」

「残念ながら違うよ。ぼくはね、彼女がいじめにあっているときに、助けてやれなかった傍観者だったんだ。幼なじみなのに、自分がいじめのターゲットになるんじゃないかって思って、それが怖くて助けてあげられなかった。ぼくは彼女の、笑顔を見つける役目を果たすことはできなかった。それが悔しくて、情けなくて、だからぼくは学校の先生になろうって思ったんだ。彼女の笑顔を探すことができなかった、罪滅ぼしといえばそうかもしれない。でも、それでもぼくは笑顔を探す手伝いをしたい。そう思って先生になったんだよ」


 祥子が顔をあげて、それから江田先生と目を合わせました。温かく大きな目が、祥子をじっと見つめています。祥子はためらいながらも、ぽつり、ぽつりと言葉をしぼりだしていきました。


「……わたしの笑顔、汚いって、ママにいわれたの」

「えっ?」

「ママがね、わたしの笑いかたは、下品だって、そんな口を開けてバカみたいに笑うのは下品だって、そういったの。それからわたし、笑えなくなったの。笑おうとしても、ママが怖くて、それで……」


 それ以上は言葉になりませんでした。ただただしゃくりあげ、泣き続ける祥子に、江田先生はなにもいわずによりそいました。どのくらいの時間が流れたのでしょうか。ようやく泣き止んだ祥子に、江田先生は静かに声をかけました。


「……探そう。祥子の笑顔を」


 祥子はしゃくりあげながらもうなずきました。




 それからの祥子は、今までと違い、じょじょにですが笑顔を作ろうと努力するようになっていきました。最初はぎこちない、ガチガチの笑顔でしたが、それを見たクラスメイトたちが歓声を上げたのをきっかけに、祥子は少しずつ笑えるようになっていったのです。学芸会の日が近くなっていきました。そして当日――




「……そうか、お母さん、来れないのか」


 舞台裏で、衣装に着替えた祥子は、やはり魔法使いの役の衣装を着た江田先生に、さびしそうに告げました。


「ママ、お仕事忙しいから、来れないって。パパと離婚してからは、ママが一人でがんばってるから、学校の行事に参加なんてできないって」

「……そうか」


 江田先生もわずかにみけんにしわをよせて、祥子の様子をうかがっていました。ですが、祥子は首を振り、しっかり江田先生を見あげたのです。


「いいの。ママが来なくても、わたし、ちゃんと笑えるから。先生がわたしの笑顔、探してくれたから、だから大丈夫。大丈夫なの……」


 言葉とはうらはらに、祥子は鼻声になっていました。江田先生はしばらくなにかを考えている様子でしたが、突然自分の口のはしを指で押さえて、イーッと左右に引っぱったのです。あっけにとられる祥子に、江田先生は笑いながらいいました。


「大丈夫、笑えるよ。先生もいっしょに笑うから、だから笑って」


 突然のことだったので、祥子は完全に固まっていましたが、江田先生が何度かイーッとやるので、思わずふきだしてしまいました。


「アハハッ、……うん。もう大丈夫。ありがとう、先生」


 江田先生はうなずき、それから持っていた魔法のステッキをひょいっと振りました。


「先生は、祥子が笑顔でいられないように、意地悪をする魔法使いの役だ。でも、ずっと願っているよ。祥子が笑顔を探し出して、笑えることを」


 今度は祥子がしっかりとうなずきました。

お読みくださいましてありがとうございます。

後編は本日20時台に投稿する予定です。

そちらもどうぞお楽しみに♪

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