前編
「今回の劇の主役は、祥子がやってくれないか?」
江田先生が、窓際の席でボーッと外をながめていた祥子に声をかけたのを見て、クラスのみんなは驚いて抗議の声をあげました。
「どうしてですか! 先生、学芸会の主役はみんなの投票で決めるって、いってたじゃないですか!」
「そうです、それに祥子じゃ無理ですよ。今回の劇、『ほほえみの国』の主人公は、笑顔が絶えない王女なんですよ」
「祥子っていつも、むすっとしてて、笑ったところなんて見たことないもん。そんな子に笑顔が絶えない王女なんてできないですよ」
みんなの批判を一通り聞いて、江田先生は一つ大きくうなずきました。
「わかった。それじゃあ誰か、主役に立候補する子はいるかな?」
江田先生にいわれて、みんな押しだまってしまいました。
学芸会で劇をやることになって、五年三組のみんなは我先にと主役の座に立候補したのですが、それも劇の台本を見るまででした。主役である、ほほえみの国の王女の役は、とにかくセリフが多かったのです。しかしそれ以上にみんなに敬遠されたのは、その演技の内容でした。
「セリフをいうときはもちろん、劇のあいだじゅうずっと笑ってないといけないなんて、難しいよ」
「セリフだって、ミュージカルみたいにいわないといけないんでしょう? 恥ずかしくって、そんな役出来っこないわ」
主役が決まらなければ、劇の練習もできません。とはいえ、今さら他の演目に変えることもできません。舞台の背景や、衣装製作はすでに始まっていたのですから、今から他の劇にしていたら、きっと間に合わないことでしょう。五年三組のみんなの間で、主役の押し付け合いが始まりました。ですが、それでも誰も、さすがに祥子に主役をやれという子はいませんでした。
「みんなやりたくないんだろう? このままだったら、あみだくじででも主役を決めることになるけど、それでもいいかい?」
あみだくじでもし自分が主役になったら……。みんななにもいえずに下を向きます。
「祥子はどうだ? 主役、やってみないか?」
江田先生にもう一度聞かれて、祥子はゆっくりと顔をあげました。いつも眠そうな顔で、窓の外をながめているだけの祥子でしたが、意外なことに、江田先生にこくりとうなずいて答えたのです。
「わかりました。主役、やります」
みんなあっけにとられて祥子を見ましたが、祥子はそのまま窓の外に顔を向けて、なにもいいませんでした。
「……まぁ、とにかくやってみようじゃないか。最悪、劇のあいだじゅう笑わないといけないってところは、無視してしまったっていいだろう。とにかくこれでキャストを決められるな。ありがとう、祥子」
江田先生にいわれて、祥子はかすかにうなずきました。
『ほほえみの国』という劇は、心優しい国民たちばかりがいる、ほほえみの国をねたむ魔法使いが、王女に呪いをかけるところから始まります。その呪いとは、『笑顔の呪い』といって、どんなにつらいときも、どんなに悲しいときも、笑顔でしかいられないというものでした。呪いを解くためには、つらいときも悲しいときも、本心からそれを幸せなことだと思い、笑顔を絶やさないで七日間すごさなければならないのです。魔法使いは呪いが解けないように、王女につらい思いをさせるようにしくむのですが、王女はそれを乗り越え、最後には笑顔で魔法使いをむかえるのです。
五年三組のみんなは、さっそく劇の練習を始めていきました。今回の学芸会は、生徒だけでなく、先生も参加することになっているので、江田先生もいっしょに役作りに取り組みます。その役は、魔法使いの役でした。これはずいぶん早くから決まっていたことで、五年三組のみんなも満場一致で魔法使いの役を先生にお願いしていたのです。
「さぁ、それじゃあセリフ合わせもずいぶん順調に進んだし、あとは舞台で動きをつけて、リハーサルしていけばいいな。だが、問題は……」
江田先生が祥子に目をやりました。祥子はセリフを覚える練習のときも、セリフ合わせのときも、まったく笑うことがなかったのです。ですが、セリフを覚えるのだけはとても上手で、一番セリフが多いはずの王女の役なのに、クラスの誰よりも早く、完璧にセリフを覚えていたのでした。それもあって、誰も祥子が王女の役をすることに、意を唱えることができなかったのです。しかし、ここまで笑わずにセリフ合わせをされては、みんなもだんだんと不安になってきました。
「先生、ホントに祥子が王女の役でいいんですか?」
「そりゃあ、セリフはすらすらいえてるけど、でも肝心の笑顔が、全然ダメじゃ、どうしようもないですよ」
「ほほえみの国の王女なのに、あれじゃあ仏頂面の国の王女じゃないですか」
クラスメイトたちの心配の声を聞いて、江田先生も苦い顔でうなずきました。
「まぁ、みんなの心配もわかるけど、とにかく舞台での練習まで様子を見ようじゃないか。祥子はセリフも完璧に覚えているし、演じることへの情熱もあるみたいだから、とりあえず少し待ってみよう」
江田先生の言葉に、みんな不満げな顔でしたが、しぶしぶ従うのでした。
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中編は本日お昼ごろ、後編は本日20時台に投稿予定です。




