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81話『呆気ない終幕』



挿絵(By みてみん)



ーーー手を抜いてやる。だからかかってこい。


なんとも挑発的で、屈辱的な言葉だろうか。確かに彼はこのゲームのマスターだ。だからと言って、12個の宝石を所持している裕仁に対し、京極の持つ宝石は見たところ指輪にはめられた宝石ただ一つ。当然、何処かに隠し持っているかもしれないが……それでも明らかに彼は裕仁を見下している。


……侮るなよ。


裕仁は京極を睨むと、眼光をその場に残して姿を消す。ただ実際には本当に消えたわけではない。姿を見失うほどの速度で、京極との距離を詰めたのだ。アメジストに宿った異能『身体能力の強化』だ。裕仁が発動するのはこれが初であり、少々力加減を失敗してしまった。しかし、裕仁は辛うじて自らの速度に意識を追いつかせる。広い室内も、戦闘の場としてはかなり窮屈な空間だ。


京極はふらりと裕仁の猛進を回避すると、余裕の表情で呵呵と笑う。裕仁は空中で回転し、ガラス窓に足を乗せる。踏み込む際に、当然ながらガラスには大きな亀裂が走る。その時、裕仁はトルマリンでガラスを“反射板”に変化させていた。そして裕仁が再び京極へ猛突を仕掛けると同時に、窓は爽快な音を響かせて粉々に破砕した。そのガラス片の一切合切は、全て意思を持ったかのように京極へと飛来する。これもまた、裕仁の持つペリドットの能力だ。


しかし京極が前へ手を伸ばすと、まるで時間が急停止したかのようにガラス片は唐突に運動を停止した。破片は音を立てて、例外なく床へと落下する。だが、“予想外”の展開は既に“想定内”だ。京極という男は計り知れない。裕仁よりも断然に頭が切れる。それは自分でも火を見るよりも明らかな事実だ。だからこそ、この決戦内では何が起ころうともおかしくはないのだ。裕仁は小さく何かを呟くと、突き出す拳に火球を纏った。そして指を広げ、京極に手のひらを向ける。すると火炎放射器のように、裕仁から紅色の炎が勢いよく吐き出された。


またしてもそれは、京極によって阻まれた。それだけではない。まるで透明な防壁が貼られたかのように、室内全てに炎が干渉出来ずにいた。書類も燃えず、壁に引火せず、硝子も熱で溶けはしない。次第に炎は打ち消されるように鎮火されてしまう。だが裕仁は止まらない。そのまま京極に鋭い蹴りを叩き込もうとする。京極も当然反応し、腕を顔元に差し出して防ごうとする。だからこそ裕仁は宙に浮いた体を器用に回転させ、ダイヤモンドの異能で硬化させた足で後ろ回し蹴りを仕掛ける。この攻撃が本命だ。空間を圧縮し、足元に透明な足場を精製したからこそのトリッキーな動きだ。京極には足場が見えていないので、恐らくは人間離れした動作だと感じるだろう。


それでも京極は余裕綽々にポケットに手を入れ、軽々しく回避する。そして彼は煙草を取り出し、ライターで先に火をつける。この糸も通さぬ攻防の中、彼はまるで退屈だと言わんばかりに煙草をふかし始めたのだ。それは、裕仁の神経を逆撫でするような行為だった。


ーーなめやがって!


この透明色の防壁は恐らく、いや確定的に京極の持つ“宝石の力”だ。ならば“消せばいい”。巳空がしていたように、アクアマリンの『常識を欠落させる』能力を利用する。たったそれだけで、奴を包囲する絶対的な防御壁を消滅させることができる。そしてその事に、京極は気付けない。裕仁がそうであったように、彼もまた然りだ。だが、念には念をだ。


裕仁はタンザナイトの異能を用いて、室内に幾つかの壁を生成させた。これらは迷路の役割を果たすように、京極を中心として配置されている。だが、この行動の本来の意味はただの陽動。それに加え、京極にはムーンストーンで「この迷路を通って、背後から裕仁は攻めてくる」と“勘違い”をさせておいた。その後すぐにトパーズで空間を京極の上へと繋げると、裕仁は瞬時に飛び込んだ。拳を硬化させ、流星のように京極へと突撃を仕掛けた。まさに、完璧な攻撃であったと言える。



だが、待っていたのはただの絶望だった。

京極は呆れ混じりの煙草の煙を吐き出すと、裕仁に一言だけ告げた。



「まぁ………頑張った方じゃねーか?」



目を見開き、現状を受け止めようと努力する。だが、理解できなかった。アメジストで身体能力を倍加させ、拳もダイヤモンドで限界まで硬化させた。この組み合わせならば、戦車であろうと木っ端微塵に出来る威力があるに違いない。なのに、だ。


京極は“片手”で裕仁の攻撃を受け止めていたのだ。


それに、まるで全身から力が抜けたように体が動かない。自身の身体の異常に、まるで思考がついていかない。何が起こったのかさえ、十分に理解出来ないでいた。



「……可哀想だからよ、幾つか教えておいてやる。よく聞け。」



京極は裕仁を塵のように払いのけると、再び煙草を咥えた。



「私が持つのは『六白金星』の宝石……つまりはダイヤモンド、トパーズ、オニキスの三つ。ただし同じ宝石ではあるが、宿った能力は全くの別物だ。その内の一つだけ教えてやる。」



京極はそう言うと、近くに生成された裕仁の壁に触れる。すると、目を疑う光景がそこにはあった。別次元に消されるように、分解されるように、壁は綺麗に霧消していくではないか。



「これは『異能を含んだ攻撃の一切を遮断する』能力……所謂“アンチサイキック”だ。」



京極の余裕はこの隠し種にあったのだ。

このような反則に近い宝石を所持していたならば、幾ら裕仁が12個の宝石を所持していようと勝ち目はない。12個の宝石は、たった一つの宝石に敵わないのだ。要するに、彼は“宝石を回収する役”なのだ。裕仁のように暴れる者を取り押さえ、宝石を回収する役割を担っているのだ。京極がこの宝石を所持している限り、裕仁に勝利の道はない。あるのは幾重に別れた敗退の道のみだ。


それともう一つ、と京極は煙を吐きながら呟いた。



「この宝石は“人工物”じゃねぇ。れっきとした“自然物”だ。」



裕仁は彼の言葉を信じることはできなかった。確かに、人工物である事にも違和感を感じる。このような技術があるとは思えないからだ。しかし、まだ未知的な科学技術で生成された人工宝石であると言われた方が納得がいく。況してや自然物など尚更だ。あり得ない、そう言い切りたい。



「まぁ、話の続きと行こう。君は“パワーストーン”という代物を知ってるかい?」



京極はソファに腰掛けると、戦う気を無くしたかのように背を凭れさせた。



「世間に出回ってるパワーストーンってのは大体……いや、全てが“偽物”だ。何故なら今君や私が持つ、これらの宝石が本当の“パワーストーン”と呼ばれる存在だからだ。この宝石を採掘できる場所は私を含め、限られた人間しか知らない………。」



何処までが本当の話かは分からない。ただ、何処までが嘘なのかも分からない。全てを鵜呑みにする訳にはいかなかった。



「まぁ、信じるか信じないかは全て君次第だ。私の戯言だと受け取ってくれても構わない。」



京極は一通り話し終えると、煙草を灰皿に押し付けてソファから立ち上がった。



「瑠璃川、彼から宝石を回収しておいてくれ。」



そう言って彼は扉を開け、廊下へと出ようとする。その際、京極はもう一言だけ付け加えた。



「あぁ、賞金は後日、君の自宅へ使いの者に届けさせるよ。今のうちに使い道を決めておくといい。」



それだけを言い残すと、彼は部屋から出て行った。裕仁は心の中で、何度も何度も嘆いた。くそっ、くそっ、と己の無力さを噛み締めていた。ここでこのゲームを終わらせるつもりだったのに。終止符を打つつもりだったのに。それどころかまるで歯が立たなかった。悔しさが奥底からこみ上げる。怒りが煮えくり返る。だが、それを何処へぶつければいいのか分からなかった。余りにも呆気のない終了に、言い訳も思いつかなかった。雪乃ならば、或いは巳空ならば結果は変わったのだろうか。結局は宝石を全て回収され、自宅へと送り返されるだけとなった。何も、出来なかった………。

















・・・



ーーーーー京極社長。


あれから数時間後、瑠璃川は京極に呼びかけた。


何かね、と京極は瑠璃川に背を向けたまま聞き返す。



「やはり、貴方は性格が悪いですね。」



瑠璃川は少々肩を竦め、悪戯っぽく言った。



「『異能を無効化する能力』は、私の持つ『ラブラトライト』の能力………彼の動きを封じたのも、私の持つ宝石の力です。」



………貴方は何も“自分の異能”を見せていないではないですか。



京極は邪悪に口角を歪めると、不敵に微笑んだ。



「また彼とは対峙する運命にあると、私は思っているのだ。まぁ、黙って見てなさい瑠璃川。きっと次回のゲームでも、彼は………」




ーー私が愛でるに値する駒となるだろう。

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