80話『曇天のち驟雨』
「お前がこのゲームの首謀者か……?」
裕仁の射抜くような鋭い視線が、男へと突き刺さる。その獰猛な獣のような双眸は、恐らく凡百の人々を脅すには十分だっただろう。しかし男は狼狽えるどころか、堂々とした様子で裕仁の眼光を正面から受け止めた。まるで子犬が吠えるのを見守る主人のように。可愛らしい子供の反抗期を受け止める両親のように。
そして男は不気味に笑うと、一言だけ言い放った。たったその一言で、室内の空気が入れ替わるように変調した。震撼と言うのだろうか。それとも激動と言うのだろうか。いや、それでは生ぬるい。目の前の男が口にした真実は、その言葉たちよりも更に変革的なものだった。
「そうだ。私が“GM”だ。」
『12個の宝石』
「てめぇ………何が目的だ。」
男は軽く嘲笑的に肩をすくめると、
「“賭け”だよ。みんなで仲良く殺しあって、誰が生き残るかを賭けるゲームさ。たったそれだけで、莫大な金が動くいいビジネスだよ。」
と言い放った。そこには一切の罪悪感は見受けられない。他人の命も所詮は金稼ぎの駒であると言っているようなものだった。
裕仁は固く拳を握り締めると、犬歯を剥き出しにして先程よりも強く睨みつけた。この男が、この男が十二人もの人間の日常を大きく変えたのだ。ある者は将来を奪われ、ある者は想い人を奪われ、ある者は心の善なる部分を奪われた。目の前に立つこの男は慈悲のない“強奪者”だ。有無を言わさず何もかもを取り上げ、泣き叫ぶ私達の目の前で全てを破砕する。悪趣味極まりない男だ。たったそれだけの理由で、十二人の運命は最悪な方向へと捻じ曲げられたのだ。
……しかし裕仁は心の何処かで、別のことを考えていた。
この男は確かに“GM”と言った。だが、“首謀者”であるとは言わなかった。裕仁の問いかけにそのまま鸚鵡返しするならば、「私が首謀者だ」でなければおかしい。それをわざわざ奴は“GM”と言い換えた。それには一体何の意味があるのだろうか。ただの気まぐれかもしれないが、裕仁にはこの事実の表面の裏側に、更なる深淵を感じてならなかった。
裕仁がそのような思考に耽る中、男は目元を緩めない営業じみた笑みで、胸元から何かを取り出した。どうやら、一枚の名刺のようだ。
「そういえば、自己紹介が遅れたね。」
名刺を裕仁に手渡そうと、男はこちらへ歩み寄り始める。その様子を剣呑な表情で見つめる裕仁に対し、瑠璃川が説明口調で男について語り出した。
「こちらの方は宝石商社『ポリティミ・リソス』の長、京極尊彦社長でございます。」
瞬間、裕仁は目を見開いた。そんな馬鹿な、と思わず叫びそうになる。
『ポリティミ・リソス』と云えば日本有数の宝石商社のトップだ。多くの貴人や有力者が懇意にしていると有名だ。宝石に興味がなくとも、誰だろうとその名前くらいは聞いたことがあるだろう。
確かに、この男の顔は何処かで見覚えがあった。だが、その顔を一体どこで見たのかが思い出せなかった。しかし、彼女の説明を聞いた今なら分かる。日本どころか世界でも大手の宝石商社の長といえば、この国では彼しかいない。そう断言できるほどの敏腕ビジネスマンだ。彼が何度かテレビ取材に取り上げられていた事を覚えている。
仮に、だ。仮にこの男が首謀者ではなく、誰かに命令を受けてこのゲームを開催したならば。
その首謀者は更に上位の地位に座る人ということになる。それこそ、国を動かす立場のような………。
京極は黙り込んだ裕仁に対して、唐突に質問を投げかけた。
「……君は、“虹色の彗星”を見たことはないかい?」
その質問は、まるで意味がわからなかった。
虹色の彗星とは何なのだろうか。何かの暗喩や隠喩的な表現なのだろうか。それともただの空想的な現象の話だろうか。どちらにせよ、裕仁にとってそれは初めて聞く言葉だった。
そして、何故今そのような質問を投げかけられたのだろうか。意図も全くの不明だ。しかし巫山戯た問いかけに反して、京極の顔は至って真剣だった。悪ふざけで揶揄っているとは思えない。
「……聞いたことがない。」
裕仁は嘘をつくことなく、正直に答えた。すると京極は単調に「そうか」とだけ呟いて来賓用のソファに重々しく腰掛けた。
「……それはさておき、優勝おめでとう。今回のゲームの最終勝者は君だ。まぁ、座りたまえ。」
裕仁は京極に促されるまま、ソファへと歩みを進める。ゆっくりとした足取りで、一歩一歩を踏みしめるように歩く。まるで何かを悟られないように。まるで何かを勘付かれないように。
そして……………
裕仁は遂に仕掛けた。
瞬間、この日何度目かの、空気が大きく変化する感覚を肌で感じた。大袈裟に言えばセンセーションだ。この室内で、何度も旋風が巻き起こる。今回はまるで空気が尖ったかのように鋭く、逼迫したような感覚だった。もう、後戻りはできない。
「………何のつもりだ、とは聞かんよ。」
裕仁の肘元から鋭利な刺が突出しており、その剣先は京極の額へと向いていた。確実に、不意打ちで捉えたつもりだった。我ながらまるで、手練れの暗殺者のような手際だったと思う。
だがしかし彼はソファに腰掛けたまま、それも悠々と凭れながら待ち構えていた。彼は背を向ける気など無かったかのように、足を組んだまま微動だにしなかった。
「……まぁ、下がれ瑠璃川。」
裕仁の攻撃は、先程まで後方に下がっていたはずの瑠璃川によって阻まれていた。それにしても、京極という男の余裕は不気味だった。まるで、
「お前が出なくとも、私には一切触れられんよ。」
と言いたげに口角を吊り上げていた。その笑みを裕仁は、まるで本物の悪魔のような邪悪なものであると感じた。生粋の悪を体現したかのような表情に、思わず背筋が凍りつく。
恐る恐る一瞥した男の指先には、絢爛な宝石のはめられた指輪があった。そう、宝石………今まで何度も見てきた、異能を宿した不可思議な輝石………。裕仁はまさか、と粟立つような悪寒を感じた。そのまさかだ、と対して京極は不敵な笑みを浮かべる。
「……宝石がその“12個で全部”なんて甘い考えしてねぇだろうな?」
“あるに決まってるだろう?”
京極は見せびらかすように手を顔の付近に掲げると、口元を歪めた。
「……相手してやるよ。ほら、手ェ抜いてやるからかかってきな。」




