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50話『萎むことのない狐疑の風船』



《ペリドット》



ガラス片の飛び散ったフロアに、横たえる人が一人。それを取り囲むようにして四人の男女が立っていた。


大きな衝突音に、ガラスが割れる甲高い音。いくら人気が少ないといっても、誰かしらこの衝突音に気づいて通報しているだろう。たとえ無罪が最初から決定されているとしても、警察にお世話になるのは厄介な上に面倒だ。


裕仁は気を失っているであろう一譲のコートを上から軽く叩き、何か入っている箇所を探した。内ポケットには外してあった腕時計と財布、煙草、そして携帯灰皿。外側には携帯電話やボールペン。そして、一つの宝石だった。その宝石は火のような明るいシェリーカラーを纏い、フロア内に差し込む僅かな月華を余すことなく反射させていた。裕仁が宝石を掌の上に乗せると、裕仁達の所持する宝石と反応したのか、次第に共鳴するように眩く輝き出した。



裕仁が一譲の懐を探っている間、涼太は路地に倒れていた葵を背負い、このフロアまで運んで来た。彼女は寝ているだけなのではないかと疑いたくなるが、現実を見なければならない。唐突すぎる死に、裕仁は気持ちの整理がつかなかった。出会ってたったの二ヶ月だ。一度は真剣に宝石をかけて闘った敵同士だ。それが次第に彼女は心を開き始め、遂には海音のいいお姉さんのような存在だった。海音にも一人姉がいるようだが、また実の姉とは違った良さがあったのかも知れない。


そんな彼女は、もういない。


だが、涼太はもっと辛いのだろう。

聞いた話によれば、涼太は葵を妹のように可愛がっていたようだ。そんな彼女がこの宝石争奪戦に参戦していると知っていたら、葵は死ぬことがなかったのかも知れない。


だが結局のところ、そんな“たられば”の話など誰にも結果は分からないのだ。


もし知っていたとしても、守り切れたかは分からない。それでも、涼太はきっと知っていれば彼女をこのゲームに参加させなかった、と考えているだろう。そしてこれからもずっと悔やみ続けるだろう。


大切な人を失う苦しみ。それはまだ、裕仁は経験した事はない。だから分からないのだ。涼太の苦痛も、哀しみも。きっと葵を失った哀しみも、裕仁や海音に比べて数倍も大きいだろう。だから、無闇に慰めや同情の言葉もかけることが出来なかった。裕仁はただ、葵の側に座り込む涼太の姿を見ていることしかできなかった。




そんな時、涼太は葵から宝石を取り出すと、涼太は暫し見つめた後に裕仁に手渡した。その目は何処か疲弊し、悲哀に満ちた瞳の色をしていた。それは無理もない話だった。



「……この宝石は、裕仁が持っていてくれ。」



涼太は力なく、裕仁の手に真っ赤なルビーを手渡した。裕仁は思わず涼太に聞き返した。



「……本当にいいのか? 葵は涼太の昔馴染みなんだろう? だったら、お前が持っておいた方が……」



そんな裕仁の言葉を、涼太は遮るようにして言った。



「……いや、いいんだ。俺はもう、このゲームから手を引くよ。葵を殺した仇も、今こうしてぶっ倒す事が出来た。」



涼太は倒れる一譲に視線を移し、そして裕仁を真っ直ぐと見つめた。そしてポケットから緑色に輝く貴石を取り出し、涼太は力を振り絞って今出来る最大の笑顔を作った。



「俺の“エメラルド”と葵の“ルビー”。他の奴に渡すのは気に食わねぇけど、お前なら託せる気がするんだ。だからさ、裕仁が受け取ってくれないか?」



その表情を見て、裕仁は涼太の掌に乗る宝石を受け取った。だが、すぐに裕仁は涼太の手に宝石を返した。その行動に、涼太はきょとんとしている。



「……分かった。ただ、“エメラルド”は涼太が持っていてくれ。」



裕仁は涼太の目を見て、開きっぱなしの宝石が乗った涼太の手を握らせた。



「……まだこのゲームは終わってないんだ。涼太が誰にも“宝石”のことを知られていないという自信があるなら、話は別だが…………もしそうでなければ、涼太はまだ狙われる可能性がある。」



その裕仁の言葉を聞いて、涼太はふと、あの金髪の男ーーー綴木絢成を思い出した。あの男から涼太は逃げただけで、再起不能まで倒してはいない。まだ涼太の事を恨み、血眼で探し続けているのかもしれない。


そう考えると、確かにまだ宝石は自分自身で持っておくべきなのだろう。でなければ、襲撃された時はみすみす殺されるしか選択肢がなくなってしまう。折角、葵が助けてくれた命だ。ここで諦めて死ぬわけにはいかない。


涼太は裕仁の言葉に甘え、宝石を力強く握りしめた。



「……あぁ。そうだな。」



そして涼太は少し口角を上げると、



「やっぱりお前は、俺が憧れた“主人公”だ。」



と言いつつ握りこぶしを差し出した。裕仁は微笑を浮かべると、彼の拳に拳を軽くぶつけた。


そんな男子同士の行為は分からない、と言いたげな表情で、雪乃は裕仁に話しかけた。




「……裕仁、ちょっと悪いけど、その宝石を数秒だけ貸してもらえるかしら。」



裕仁は手の上にある二つの宝石を見比べ、一方を指差して雪乃に質問した。



「一譲の持ってた方の宝石か?」



「ええ、そうよ。」



雪乃はコクリと頷き、手を差し出した。裕仁は言われるがまま、雪乃に一譲の持っていたトパーズを手渡した。


そして特に注意深く観察するわけでもなく、宝石の煌びやかさを賞翫するわけでもなく、本当にものの数秒で、雪乃は裕仁に宝石を返した。



「ありがとう。」



礼を言い終えると雪乃は、路地の方へ歩いて行ったかと思うと、すぐにビルの中へ戻って来た。変わった点と言えば、その手に冊子を持っている、という所だけだ。その冊子は、裕仁はおろか、ここにいる全員に見覚えがあるものだった。



「それって……最初に箱に入ってた……。」



そう。この宝石争奪戦のプレイヤーに選ばれた人に配達された、あの禍々しい箱に入っていた“説明書”だ。



「なんでそんな物持ってきたんだ? ってか、どこに持ってたんだ?」



その冊子はご存知の通り、下手な辞書よりも分厚く大きい。一譲と戦闘している間、そんなものを持っていた状態では動き辛くて仕方がない。そもそも雪乃と合流した時、彼女はそのような冊子を手にしてはいなかった。


雪乃黒表紙の冊子を肩に担ぐと、



「最初は背に“繋げておいた”の。でも、本格的な戦闘では邪魔になるから、路地の壁にくっつけておいた。」



と、淡々と説明を終えた。そして次に、何故持ってきたかの説明を始めた。



「裕仁はどうせ説明をまともに読んでいないから知らないだろうけど、この冊子の殆どが“白紙”なのよ。」



「……マジで?」



確かに、裕仁は基本ルールと自身の所持する“宝石”とその“異能”の説明を読み終えると直ぐに冊子を閉じた。まさかそうなっていたとは知らなかった。


海音も涼太も、確かに後半は真っさらで何も書かれていない“空白”のページが続いていたと言う。この場で知らないのは裕仁だけだった。



「じゃあ何、あの辞書みたいなでっかい本は、結局数ページしか書かれてない見掛け倒しの本って事なのか?」



雪乃は左右に首を振った。


これに関しては海音も涼太もどうやら知らないらしく、“空白”である理由は雪乃しか認知していないらしい。



「この空白のページはね、メモでも印刷ミスでも何でもないのよ。“ある条件”を満たせば、このページに文字は刻まれる。」



そう言いながら、雪乃はペラペラとページを指で滑らせながら開き始めた。そこにはやはり白色が圧倒的に多いものの、所々に説明文らしきものが見えた。



「“相手の宝石を自分の手で持った時”。それがキッカケで、その手に入れた宝石の説明が白紙の部分に出現する。そしてたった今、“トパーズ”の異能の説明文が現れた。」



裕仁達が覗き込むと、そこには一譲の持っていたのと同じ宝石の写真が載っており、その下に詳しい情報が目が痛くなるほど綴られていた。



「『トパーズ』……十一月の誕生石。モース硬度は8。ケイ酸塩鉱物で斜方晶系でガラス光沢………。何言ってるか分かんねぇわ。」



真っ先に読むのを諦めたのは涼太だった。細かく並ぶ文字を目で追うだけで頭が痛くなりそうだ。



「色は無色、黄色、褐色、桃色、青色など……。石言葉は『誠実・友情・潔白』……あいつに何ひとつ当てはまってないわね。」



海音もその部分を読み終えると目をこすりながら後ろに下がって行った。


裕仁はその部分を敢えて読み飛ばし、先に奴の異能の解説を閲覧していた。





【トパーズ 固有の力】



『空間を自由自在に操る』



その名の通り、この異能は空間を貴方の思い通りに操ることが可能です。空間を切り離したり、特定の空間に瞬間移動、なんて事も可能でしょう。



ただし上級の異能である故、幾つか制限があります。


一つ、射程は半径25メートルまでとさせて頂きます。それ以上の空間にこの異能の効果は作用しません。


二つ、直接的な殺傷を前提とした使用用途は許可されていません。例えば、“この空間内にいる生物は例外なく死ぬ”などという使用は不可能です。


三つ、貴方の精神状態によって、異能が作用しなくなる事がございます。くれぐれも、落ち着いて敵の排除を行なってください。









裕仁は一通り読み終えると、溜息をついた。



「こんなに制限があっても、四人がかりでやっととはな……。強すぎだろ、これ。」



雪乃は冊子を閉じると、裕仁達に向き直った。



「この冊子にはこういう仕掛けがあるの。」



その反応は様々だ。海音は「凄い!」と妙に興味をそそられていたし、涼太はもう宝石を集めるつもりがないからか、特にそれ以上の反応を見せなかった。








それに対して裕仁は、雪乃に確かめなければならない疑念を抱いていた。それは、一譲との戦闘中から感じていた違和感……いや、実際にはもっと以前から近くしていた小さな疑心。それが今では大きく膨らみ、強い懐疑を生んでいた。



「なぁ、雪乃……お前にどうしても聞いておきたいことがある。」



その真剣な声音に、雪乃も何かを察したように俯くと一度深く息を吐いた。



「……大体、言いたい事は分かるわ。」



裕仁も、遂にその言葉を口に出そうとするとかなり重い。なんと表現すればいいのだろうか。言葉に感じるはずのない重量感を感じ取り、喉に突っかかって声に出ないのだ。それでも裕仁は、思い切って狐疑の言の葉を雪乃に投げかけた。



「……それなら話が早い。なぁ、雪乃……。どうして、お前はそんなに“このゲーム”について詳しいんだ?」





一瞬、空気がとても冷えた気がした。

彼女の、触れてはならない部分に触れてしまった気がしたからだ。この雰囲気に似た空気は、一度だけ経験した事がある。


雪乃に「今のお前は、友絵が死んだ時と同じ顔をしている」と言った時と同じだ。






だが雪乃は怒りを見せる事なく、やっぱり、と言いたげな表情をした。裕仁は少しホッとし、更に言葉を続けた。



「……最初はただ、頭の回転が早く、咄嗟に機転を利かす事の出来る奴だと思ってた。でも、明らかにお前はどんな場合でも“冷静”すぎるんだ。」



生死を分かつ緊迫した状況で、常に冷静に物事を判断できるというのはただの女子高生とは思えない。常にそんなシミュレーション的妄想をしてる厨二病でも、いざとなったらどうにも出来ない。ただ怯え、逃げ惑うだけだ。それでも雪乃はいつも最善策を選択し、裕仁達を導いていた。裕仁がここまで生き残れたのも、雪乃の助言があったからだ。



「……いつから、私に違和感を抱いていたの?」



雪乃は隠すことを観念したように、裕仁に質問した。裕仁もその問いに、大して気取る事なく率直に答えた。



「いや、ついさっきだ。何かを隠している事は薄々感じていた。ただ、確信を持ったのはお前の言葉だ…………『強い能力には必ず弱点がある。それはこの宝石争奪戦でも同じ事だ』って。」



涼太は少し考え、首を捻った。



「それの、何がおかしいんだ?」



海音も裕仁の言葉に……そもそもこの会話について行けていないようで、見るからに頭にクエスチョンマークを浮かべている。



「雪乃の所持するその異能が、強力とはお世辞にも思えねぇ。もう一人の敵から奪ったあの宝石の力も、“障害物を生み出す”能力。空間を支配する能力に比べるとちっぽけな物だ。当然、俺の異能にも、特に制限的なものは書かれていなかった。」



つまり、“弱点がある”という情報をあの時点で雪乃が持っている事がおかしいのだ。



「……別に、漫画とかじゃあよくある話だろ?」



涼太は深く考えすぎだろ、と裕仁に言った。だが、彼女が何かを隠していることは既に彼女自身が白状した。そして、他にも根拠はあった。




「その他にも、『能力の過大解釈』の話も雪乃から教えて貰った。そして今さっきの『説明書の仕掛け』。それも海音や涼太も知らなさそうだった。」



明らかに、裕仁達と雪乃では情報量に差があり過ぎるのだ。疑いたくはないが、ここまで来ると疑うしかない。



「初めて戦った時も、きっと手加減していたんだろ? お前が最初から本気だったら、俺はあっという間に宝石を取られてたに違いねぇ。」



裕仁が話す間、雪乃はずっと黙り込んでいた。特に反論することもなく、静かに裕仁の推論を聞いている。それが逆に、雪乃の奥に隠された秘密を浮き彫りにしていた。



「もう一度聞くぞ、雪乃。」



裕仁は再び、最も知りたい問いを口にした。



「雪乃はどうして、この“宝石争奪戦”に異常に詳しいんだ?」



それでも、雪乃は黙秘を貫いていた。

勿論、それは彼女にとって触れられたくなかった影の部分なのだろう。それは彼女の閉ざされた口が物語っていた。そして彼女らしくなく、雪乃は目を下に背け、指を指で絡めて忙しなく動かしていた。


海音や涼太もこの状況には口を挟まず、黙って雪乃が口を開く時を待っていた。







その時、彼女の心情を代弁するかのように、後ろから男性の声がした。







「そりゃあ、そいつが“宝石争奪ゲーム”の“経験者”だからだよ。」







その声に、聞き覚えはなかった。

裕仁達は一斉にその声の主に目を向けた。



そこには、やはり裕仁達の知らない男が立っていた。



歳は裕仁や涼太よりも少し上だろうか。その割には肉付きは細く、ひょろりとしていた。特徴的なのは癖っ毛のある黒い髪と、この世を厭うているように暗く濁った瞳だ。そして所々に血痕の飛び散った悍ましいパーカーを、白く伸びきったTシャツの上に羽織っている。


裕仁達は理由はわからないが、この男を見ると不思議と嫌悪感が湧いてくる。この男からは危険な匂いを感じる。絶対に関わってはならない。裕仁の脳に警鐘が喧しく鳴り響く。鼓動は早くなり、呼吸も徐々に荒くなっていく。冷や汗が止まらない。


そんな目の前の男は、にやりと狂った笑みを浮かべて口を開いた。






「なぁ、“前大会準優勝者”さん?」





50話目!


物語を考えてた時、まさかこんなに長くなるとは思ってませんでした。30話くらいで終わらせるつもりだったのに、多分これ完結までに倍以上の話数を要すると思います。


どうか物語の終わりまで、お付き合いください。



ついでに、50話ということで落書きを投下しておきます。絵ももっと描けるようになるぞーʕʘ‿ʘʔ


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)

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