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48話『月のスポットライトに照らされて』



《ペリドット》





「ーー貴方の弱点見つけちゃったのよ。」




雪乃はその言葉に偽りなし、といったように得意げに呟いた。もしその発言が真実であれば、奴との戦闘を更に優位に進める事が可能だ。それに加えて、奴の脅威的な異能も封じる事ができる。つまりは、王手を確実にするための道が出来上がるのだ。


その希望に満ちた彼女の発言に、真っ先に食い付いたのは涼太だった。だがしかし、それは喜びの感情とは程遠いものだった。



「……気をつけろ。奴は“弱点”を自分で設けて遊ぶような奴だ。それが本当の弱点とは限らないぞ。」



確かに、涼太の言う事にも一理あった。

彼の話を聞くには、葵が不意を打たれたのは一譲の自らに課せた制限によるものだったらしい。一譲という男は怜悧狡猾だ。雪乃の発見した弱点もまた、彼が偽って作り出したものかもしれない、という可能性も否めない。



それでも雪乃は折れる事なく、自信に満ち満ちた表情で言い切った。



「いいえ。これは“確実”よ。」



そんな彼女の一言に、裕仁達はざわめきを見せた。そしてちらりと一譲を一瞥すると、彼は涼太の一撃が効いたのか、未だに地面に倒れ伏せていた。



その様を見るに、涼太は雪乃にもっともな提案をした。いや、提案というよりかは独断決行に近かった。



「……今更、弱点なんて必要ねぇ。今なんだ。奴を仕留めるには、今しかねぇ!」



涼太は、地面に伏せる一譲の元に一歩、また一歩と足を動かし始めた。そんな彼の行動に、雪乃は珍しく大声をあげた。



「待って! “今はまだ”近づかないほうがいい。」



「……その根拠は………一体、なんなんだ?」



涼太はその場で不本意げに立ち止まり、納得がいかないように雪乃に聞いた。



「……奴はきっと待ってる。トドメを刺そうとして近付いてくる人を。」



雪乃はシリアスな表情で涼太を諭した。雪乃もきっと、涼太の落ち着かないような気持ちを感じているのだろう。だが、冷静に最善の状況を分析して選択している。それに比べ、涼太は非常に感情的に動くタイプだ。この絶好とも呼べるタイミングで、冷静でいられるはずもなかった。



「……逃げるとか、相手の出方を見るとか。それは正しいって事だと分かってる。決して臆病だとか、恥ることなんかじゃない。」



……でも、と涼太は野生のような目つきで、倒れている一譲を睨みつけた。



「“絶好のチャンス”をみすみす逃そうとする奴や、諦めてしまう奴はこれ以上ねぇ最低最悪の“恥”だ!」



涼太は叫ぶと、一心不乱に駆け出した。

その様子から、雪乃はもう彼を止めることは出来ないと直感した。


そうして涼太は、トドメを刺すべく走りながら拳を構えた。



「……“カチカチ”」



すると再び、涼太の拳は鉄のような硬度へと変化した。涼太は鼓舞するかのように鬨の声をあげ、一譲目掛けて吶喊した。




………そして、拳を振るう刹那。




一譲の手が、僅かに動いたように見えた。



彼の手はゆっくりと、だが確実に涼太に向かって伸ばされていた。



その事に、恐らく涼太は全く気づいていない。





「ーーー海音っ!」



「ーーー任せて!」



海音は立てた人差し指をくるりと上へ向け、そして突き上げた。


一譲の掌と涼太の拳が交わろうとした瞬間、まるで二人を分かつようにして坂道がせり上がってきた。正確には、90度の直角が一譲と涼太の間に出現したのだ。それによって互いの姿はアスファルトに阻まれて見えなくなり、勢い付いていた涼太も、突如の急斜面に体勢を崩してしまう。だが、それは幸運だった。


その瞬間、直角の頂点は空間ごと削り取られ、涼太と一譲を阻んでいた急斜面は綺麗さっぱりと消し飛んだ。


その光景に涼太は思わず冷や汗を垂らし、言葉を失った。あのまま攻撃を続行していたら、間違いなく涼太の上半身は消し飛んでいた。そのイメージが脳裏で何回もリフレインするように再生されていた。


そんな時、もう一度彼らを乖離するように、数枚の分厚い壁が地中から発現した。




「……だから、待ちなさいって言ったでしょ。」




雪乃は大きく溜息をつくと、涼太の頭を一度軽く叩いた。



「……すまん。」



涼太は叩かれた事にも反応を見せず、ただ小さく謝罪の言葉を呟いた。彼が行った行動も決して間違っていたわけではない。雪乃の制止がなければ、誰だって奴をこの手で仕留めるべく接近しただろう。誰だってそう考えるに違いない。だが、雪乃の思考は更にその上を見据えている。


今思えば、彼女は最初からただの女子高生ではなかった。いつでも溶けない氷のように冷静で、戦場でも怯えない強い心根を持っている……裕仁は、雪乃に少し変わった感情を抱き始めていた。それは恐怖という程ではない。だが、未知のものに触れたような、不思議な感覚だった。


当然、雪乃はそんな事を知る由もなく口を開いた。



「……これで懲りたわね。………それじゃあ、話を再開しましょう。」








・・・







「……まず前提として、彼の異能が消滅したのは“彼が地面から両足を離した瞬間”ね。」



裕仁達は更に一譲との距離を取り、アスファルト製の障壁を増設しておいた。こうした一時的な時間稼ぎの障害物を用意し、雪乃の“一譲の弱点”についての解説が開始されたのだ。



「それじゃあ、一譲の能力の発動条件は“両足が地面についている状態”ってことか?」



裕仁は、確認するように雪乃に発言した。

だが、それはあまりにも安直な考えだ。



「いいえ、違うわ。それならば“裕仁が彼を吹き飛ばした時、彼が無傷で戻ってきた”と言うことに説明がつかないもの。」



裕仁が彼を能力で“運動”を与えた時、角度はやや斜め上向きに設定していた。“両足が地面に設置している”事が条件であるならば、その時点で矛盾が生じてしまう。奴は裕仁達の目の前に無傷で戻ってきたのだから。



「……だったら、別の可能性を考えてみればいいのよ。例えば“予想外の出来事で異能が維持できなくなった”とか。」



「なるほど!」



海音は、納得したように声を発した。



「だから、私があの男の足場の角度を変えた時や、涼太にーちゃんの攻撃で転んだ時に異能が消えたのね!」



だが、雪乃はまだそれだけではないと言った。



「それでもまだ足りないわ。彼も瀬良君との戦闘中に驚く事は多かったと思うの。」



要するにどういう事だ、と裕仁達は雪乃に視線を集めた。



「きっと、ただビックリする事だけが条件じゃないのよ。」



つまり、と雪乃は言葉を更に繋げた。



「私が言いたいのは、“一定の度合いを超えた時、異能を保てなくなる”ということよ。それに当てはまるのは、恐らく“驚き”や“焦り”、“緊張”なんて抽象的なものではないわ。」



「だったら、その“当てはまる”のは何だ?」



その瞬間、軽く、乾いた音が夜の静けさに響き渡った。重々しい攻撃の音ではない。


その音の正体は、スチール缶だった。


雪乃は壁と同時に、四つほど空き缶を生み出しておいた。これらもどうやら障害物としてカウントされるようだ。それを複数枚ある壁の中央部、そしてそこから一枚おきに缶を仕掛けておいたのだ。所謂、“鳴子”の役目を果たす物だ。


この音が鳴ったということは、一譲は既に真ん中まで迫ってきているという事だ。



「……っ! 簡潔に教えてくれ。奴の弱点は何だ!」



涼太は少しずつだが迫りつつある一譲に警戒を強めながら、雪乃に急かすように聞いた。



「……詳しくは分からないわ。でも、候補を狭める事はできる。奴の弱点は恐らく、“心拍数の激動”。もしくは“呼吸の変化”よ。」



雪乃の発言に、皆一様に困惑した。



「心拍数……? 呼吸………?」



そう言われればそうかもしれない、とやや納得する反面、あまりピンとは来なかった。



「そう。それなら説明がつくのよ。」



雪乃は、少し早口になりながら説明を開始した。



「予想外の出来事が起こると、人は当然驚く。心拍数は上がり、呼吸は荒くなる。でも、ちょっとやそっとの事じゃあ驚いたとしても異能操作が乱れる事はないと考えるわ。恐らく、その値が許容範囲を超えた時、異能は解除されたのよ。誰だって急に足場が崩れたら驚くし、足が地面から離されたら奇妙な不安感に駆られるわ。」



また、鳴子代わりの空き缶の音が聞こえた。軽く甲高い音は、徐々に招かれざる客が此方へと歩を進めていることを意味していた。



「その推論を更に確かにするのは、“奴は異常なまでにその場から動こうとしなかった”と言うことよ。同じ土俵に立って、死ぬか生きるかの際で立ち回りを演じるのは予想以上に呼吸が荒くなるものよ。そして緊張から体が強張り、自然と心拍数も上昇する。だから奴は安全な位置から頑なに“動かなかった”んだ。」



また一つ、缶が落ちた。缶の合計は四つ。

そして残り一つは、最後の壁の一つ手前。そして一つおきに設置しているということから、奴との間に壁はもう二、三枚しかない。裕仁達は話を聞きながら、壁の向こうに意識を集中させ始めた。



「……ただ、完全に“封印”と言うわけにはいかないらしいわ。だけど、少しのブランクを作ることは出来る。裕仁に飛ばされた時、直ぐに戻って来れなかったのがそれを顕著に物語っているわ。」



そして、最後の一つの缶が落下した音が鳴った。



「伏せてっ!」



瞬間、四人の頭上を掠めるようにして空間が削り取られた。消し飛んだ壁から姿を現したのは、紛れもなくあの男だった。


一譲は、ゆらりと萎れた植物のように力なく立っていた。抑えた口元からは血が流れ出しており、その様子はあまりにも痛々しかった。もしかしたら涼太の一撃によって顎が砕けているのかもしれない。


それだけ強く拳をぶつければ、涼太の皮膚も本来無事では済まない。だが、その際に涼太はオノマトペによって拳に固い装甲を纏っていた。そのおかげか涼太の拳は無傷であり、更に威力を底増しする事が出来た。咄嗟の選択にしては、かなり上出来な結果に導く事ができたと感じていた。



それでも、一譲の呼吸は不思議なほどに落ち着いていた。少しも荒げる事なく、幾度となく修羅場を乗り越えてきた人間のように落ち着き払っていた。常人なら、痛みで悶え苦しんでいるに違いない筈だ。息も絶え絶えの筈だ。だのに一譲はそこに鯔背のように立っていた………それよりも、その姿で立っていられること自体が不自然だった。


それ程の重症を負いながらも、一譲はその場に立ち、裕仁達四人を真っ直ぐな瞳で見つめていた。



挿絵(By みてみん)



彼も“覚悟”を決めたようだ。

それも、生半可なものではない。


その覚悟を最後まで貫き通す“覚悟”を彼はしているのだ。でなければ、襲いかかる激痛の中で自然体を保つなど不可能に等しい。


そして裕仁は知っている。


そういった人間ほど、恐ろしく、精悍であるのだと。




「………強すぎる異能には必ず“弱点”や“制約”が存在する……それは、この“宝石争奪戦”でも同じ事なのよ。」




遂に、この長い夜も最終局面を迎えようとしていた。煌々とした月華も風に流れた雲によって翳りが生まれ、まるで投光器のように彼らの姿を狙って照らし出していた。


この夜の主役は彼等だと言わんばかりに、夜風はスパイスを与えるように吹き荒れる。まるで演出的な風だった。


舞台劇のように、はたまた映画のワンシーンのように彼等は優美に睨み合った。その視線に含まれるのは泥みや粘り気のある複雑な感情などではない。美しいほど純粋な“殺意”だった。



一度幕間が設けられた過激な舞台は、再び人知れず上映されようとしていた………。










ーーーただ、裕仁は少しずつ、雪乃の発言に小さな違和感を募らせ始めていた

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