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24話『夜陰に轟くオノマトペ』


《エメラルド》


挿絵(By みてみん)


『擬音を操る』


それが涼太の持つ『エメラルド』の力の正体だった。少し簡単な解説をするならば、涼太が口にした擬音や効果音は実態を伴うという能力だ。先程の絢成の攻撃が通じなかったのは、涼太が「かちかち」と唱えたことによって、肉体の硬度を極限にまで高めたからだった。その強靭な肉体への変化は、逆に絢成の拳へと数を与える程度には効果があった。きっと彼にしてみれば、大きな岩を対象に拳を振るったのと同じ印象を受けている事だろう。


一聞、使い道によっては最強候補にもなる異能だと感じるだろう。それは紛れも無い事実だ。


ただ、擬音ならば何でも使えるというわけではなかった。例としては、『ドン』や『バキ』などの、様々な状況でも広く使えるような擬音は使用できなかった。それは『ピカピカ』や『キラキラ』など、聞いただけである程度どういう音なのか、定まった想像ができる程度の擬音でなければ異能が発動しないのだ。つまり、汎用性の高いポピュラーな擬音は使い辛い。


それだけの制約があったとしても、この『エメラルド』の力は非常に汎用性が高く、かなり強力な部類の異能だった。



当然、絢成はその事実を既知してはいない。拳の切り傷から流れる血を放置しながら、彼は警戒心を高めるばかりだった。


そんな中でも、涼太は無理に攻め込みはしない。確かに今は好機だろう。だが、相手も涼太同様にまだ隠し球を所持している可能性も否めない。ならば涼太は守備に専念し、絢成の動きを見計らい、次なる機会を冷静に見極めるのみだ。


その一方で、絢成は攻めあぐねていた。確かに涼太は、この闘いにおいて未だ宝石の力は使用していなかった。それは絢成も知っていた。だが、この様な形の異能だとは想像だにしていなかった。このゲームにおける宝石の異能とは、非常に強力なものか、非常に使用用途を思案するような弱小なものかに偏っていた。簡単に言えば、異能の力量は両極端なのだ。そして今、絢成の目の前にいる男は前者の部類に所属している。


宝石の力で言えば五分五分。

つまり勝敗を左右するのは、己の技量だ。



ーーそれならば、まだ絢成の方に分がある。



二度目の拮抗状態を破ったのも絢成だった。


勢いよく飛び出し、宙で回転を加えながら回し蹴りを涼太の首元へ喰らわせようとした。先程までとはまるで動きが違う。涼太は納得した。絢成は、遂に手加減を止めたようだ。彼の動きはまるで、考えるよりも先に手足が行動しているそれだった。それは絢成の持つ、荒くれ者の天賦の才だ。しかし涼太も喧嘩を積んできた実績は、ただの装飾では無い。いとも容易く喰らうはずもなく、涼太は続け様に異能を発動させた。



「“もくもく”」



すると涼太の体はまるで煙のように掻き消え、絢成の蹴りは空を掻き切った。そして煙と化した涼太は風に逆らうことなく流され、絢成の頭上へと舞い上がった。その煙は意志を持ったように一点に集結し、徐々に形を成し始めた。それが人の形を象ったかと思うと、そこから煙を跳ね除けるように涼太が姿を現した。


涼太はそのまま落下を利用して、絢成を叩くつもりだ。



だが、絢成もそれは既に予測済みだった。


絢成は涼太が宙に浮いているーー回避行動が取れないという隙を見逃さなかった。絢成は頭上に目掛けて、握り拳を突き上げた。涼太と戯れていた時に打って変わって、恐ろしく素早い突きだ。


しかし、涼太も受け流す行動はとらなかった。とれなかったのではない。故意にとらなかったのだ。涼太は絢成の拳に向けて、自らの両手を突き出した。それは涼太にとって一種の賭けであり、無謀な行為への挑戦でもあった。


そして双方の拳は、少年漫画の見開きのように正面激突した。凄まじい轟音と共に、彼らを中心に風が吹き荒れた。



その瞬間、絢成は手に走る高圧的な痛みを感じた。硬化した涼太を殴打した時のような痛みではない。絢成が感じたのは、痺れるような痛みだった。その痛苦は駆け巡るように体を侵食し、全身にまで及ぶのにかかった時間は1秒にも満たなかった。



涼太の拳には、少し小細工が施されていたのだ。


絢成の攻撃が涼太の放つ両手に触れた寸秒、電撃が絢成の体へと流れ込んだのだ。


涼太はその際、こう呟いていた。



「“ビリビリ”」



その一言で涼太の手には高圧の電流が纏われ、『スタンガン』と化していた。



「小癪な真似を……‼︎」



しかし、ハイリスク・ハイリターンの賭けだ。涼太は絢成の全力を受けたことによって、多大なダメージを負ってしまっていた。運良く風圧に負け、まともに絢成の拳を受けることはなかった。だが、吹き飛ばされた挙句、そのまま背から電柱に突撃してしまった。不幸中の幸いだったが、涼太は思わず咳き込んだ。


そんな隙にも、絢成は青筋を立てながら歩み寄ってくる。涼太にとって、今世紀最大の危機だ。急遽閃いた涼太の簡易的なスタンガンでも、常人ならば気絶状態にまで持ち込むことができる筈だ。試したことはないが、きっとそんな気がする。しかし、絢成はまるで動じずと言ったように、握る拳に力を込め始めた。


涼太は、このまま殺られる気は毛頭ない。必死に立ち上がり、涼太は小さく口を動かした。



「“ドカーン”」



その言葉から1秒遅れて、絢成の足元で小さな爆発が発生した。それはまるで、小規模な地雷だった。爆発は小さくとも、その威力は凄まじい物だった。絢成は咄嗟に飛び退くものの、その爆発範囲から逃れることは叶わなかった。


視界は数瞬、白一色に包まれた。

音は消え、二人の周りを閃光が包み込んだ。




暫くして、薄汚れた路地裏が視界に戻ってきた頃。


涼太の目線の先には、創痍を負った絢成が、電信柱にもたれ掛かりながら立っていた。足からも多量の血を流し、今にも膝が崩れて倒れそうになっていた。それは絢成の苦悶と怒気に歪んだ表情を見れば、容易に想像ができた。それでも立ち続けるのは、彼の精神力の強さによるものだろう。


しかし体力の限界を迎えたのか、彼は重力に従うように前へ倒れ伏せたーーーーかの様に思えたが、絢成は寸での所で地面に手をつき、そのまま地面を弾いて前進し始めた。弾丸の様に発射された絢成の突撃に、涼太は反応出来なかった。


彼が倒れる瞬間、涼太は完全に警戒心を緩めた。「勝った」という早とちりな感情が、涼太の安堵感を増幅させたのだ。だからこそ、防げなかった。絢成の突進を避けることもなく防御することもなく、真正面から喰らってしまった。



その衝撃はまるで交通事故だった。全速力の幌車に打ち当たったかの様に、涼太の骨は軋み音を上げた。口内を軽く切り、閉じた口の隙間から血が吐き出た。


涼太はそのまま路地の壁へと激突し、思わず意識が反転しかける。


学生同士で行っていた喧嘩よりも、まるで重みが違う。最早ただの殴り合いでは無い。異能の使用による、命の取り合いだ。戦う前の時点でその事については分かっていたはずだったが、自らの命が危機に晒されて漸く理解することが出来た。遊び感覚で手を出す様な代物ではなかった。


それを強く実感した涼太は、逃げの手段を念頭に置き始めた。涼太も絢成も共に、満身創痍だ。下手すれば何方かは死ぬ事になる。それでも互いに闘志を捨てることはなかった。諦めこそが、死を直結的に招く最悪の感情だからだ。



……逃走は恥では無い。


涼太は自分自身にそう言い聞かせた。生きていればまた機会がある。その言葉を肯定的に受け止めた。かの項王は時の運に任せて命を潰えたと聞くが、現代は戦国時代では無い。ここで諦めて死ぬ様な人間ならば、涼太の思う主人公では無かった。


闘志は捨てない、だが今考えるべきは逃走の道一本のみだ。矛盾する様だが、してはいない。悲鳴をあげる全身を奮い立たせ、死地から諦観せずに撤退するには、何よりも不屈の闘志が必要不可欠だ。



涼太は再び構えをとった。


その行為は、絢成の闘争心を最骨頂のものにした。



「ーーお前は良い目をするな……。絶対に折れねぇって奴の顔だ……。」



だからこそ……と絢成は一度瞬きをし、強く言葉を放った。



「……てめぇを全力で潰したくなった。」



ーー刹那、涼太の目の前には既に絢成の姿があった。余りにも早過ぎる移動だった。最早肉眼では捉えきれない、瞬間移動の域に達しているのでは無いかとさえ思った。涼太は両足を酷使し、その場から思い切り飛び退いた。


崖際の判断だったが、何とか躱すことは出来た。絢成の拳は空振った。にも関わらず、拳が振り抜かれた風圧によって涼太は視界を遮られた。ソニックブームとまではいかないが、絢成の拳に触れてもいないのに、凄まじい衝撃が涼太に走った。


この戦いはこれ以上長引かせるわけにはいかない。そう思った涼太は再度賭けに出た。



無謀にも涼太は、絢成の元へ駆け出したのだ。遂に可笑しくなったのではないかと思うほど、それは自殺行為だった。涼太は吶喊の声を上げながら、全力で足を回転させた。


その不意の行動には、絢成も驚きを隠さなかった。だが直ぐに、向かってくる獲物に攻撃を浴びせようとした。だが、涼太の呟いた一言によって手を緩めてしまった。



「“つるつる”」



そう唱えた涼太は勢いを殺すことなく、スライディングで絢成の横を滑り抜けた。『エメラルド』の宝石の範囲内が氷張りになったかの様に滑りやすくなり、摩擦が上手く効かない状態となっていた。一直線に抜けていく涼太を踏み潰してやろうとした絢成だったが、その所為で軸足が滑り、そのまま無様に転んでしまった。




ーーここだ。


涼太はそう思った。



「“ふわふわ”」



怒涛の二連続で異能を発動させた涼太は、ヘリウム風船のようにそのまま上空へと逃亡を謀った。


当然、絢成は逃そうとはしない。


地獄の釜の底まで追いそうな形相で、思い切り地面を蹴りつけた。涼太を捕らえるために、絢成はロケットのように空中へ飛び出した。


だが、涼太が“こうなる”ことを予測していない筈がなかった。



「やはり追ってきたな……。」



「逃がすかよ、ボケ。宝石寄越してとっととおっ死ね。」



ゆらりゆらりと立ち上る風船の様な涼太に比べ、絢成の進撃する速度は段違いだった。あっという間に追いつかれ、絢成は涼太の足を目掛けて手を差し出した。だが、空振りに終わった。



「……“ペラペラ”」



それもその筈だった。

涼太は擬音の力によって一枚の紙のように薄くなり、ひらりと絢成の手から逃れたのだ。


そして続け様に、涼太は新たな擬音を口にした。



「“びゅーびゅー”」



すると突如として、猛烈な風が吹き荒れた。それは神懸かり的な運でも、偶然ではなかった。涼太が起こした必然的な風だった。そして今の涼太は“紙”なので、突風に扇がれるがままに飛ばされ始めた。



「悪りぃな。ちょいとここらでおいとまさせて貰うぜ。後は楽しく一人でやってろ。」



「待て糞がぁぁぁぁぁぁぁぁ‼︎」



絢成は荒れ狂った様に蹴りを放った。しかし、それが涼太に届くことはなかった。



「……adiós」



怒り狂う絢成を尻目に、涼太は風に流されるまま夜の街へと姿を消した。








キャラクター⑨


挿絵(By みてみん)


瀬良涼太


エメラルドの持ち主。少年漫画などのベタベタな主人公に憧れる青年。軽薄な容貌をしているが、実際は心優しいはず。多分。

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