第3巻 第六話 送れば消える灯
西村の製粉所へ着いたとき、レントは石臼ではなく、壁の流量板を見た。青い線が三本、板の溝を走っている。上の太い線は山の蓄魔庫から来る元の流れ、左はラグナの治療所、右は西村の臼と北坂の共同炉。ミレアへ非常送流を始めた印として、細い赤糸が左の線から山道の方へ伸びていた。
石臼は止まっている。ブラムは粉の付いた手で、流量板の針を押さえた。
「治療所へ送るのをやめれば、臼は回る。だがあちらの青灯は夜まで持たん」
「学校は」
レントが聞くと、ブラムは答えず、板の下端を指した。小さな黄色い針が、目盛りの赤線ぎりぎりで震えている。西村の学校は夜になると避難室になる。家の炉が落ちた子どもと、雪道を越えられない老人を受け入れるためだ。
「今は昼だから、学校の炉は細くしている。日が落ちれば避難室の火番が栓を開ける。その分を残せば、臼は戻らない。臼を回せば、夜の学校が先に暗くなる」
製粉所の鐘が一度鳴った。流量板の下に吊られた小鐘で、針が赤線へ触れると鳴る仕組みだ。鐘の音は短いのに、袋を抱えた女たちはすぐ黙った。粉を待つ者には、石の音が止まった理由より、次に何が止まるかが分かる。
レントは送流をすぐ戻せと言わなかった。ミレアの治療所では、低体温のユリクを含む寝台が熱を待っている。ここで板の針だけを見て赤糸を外せば、見えない村の夜を切ることになる。
「学校まで行く」
ブラムは頷いた。
「鐘が二度鳴る前に戻れ。二度目で、火番は避難室の栓を開ける」
レントは製粉所を出た。雪の上には粉袋を運んだ足跡と、薪を引いた橇の跡が重なっている。道の途中で、北坂から来た老人が丸麦の袋を抱えていた。粉にできなければ、歯の悪い妻は食べられないという。レントは袋を受け取らず、行き先を尋ねた。学校の避難室へ、今夜だけ妻を連れて行く予定だと老人は答えた。
学校の戸は昼でも半分閉められていた。中の熱を逃がさないためだ。廊下には濡れた靴が並び、教室の机は壁へ寄せられ、床には毛布が敷かれている。火番のティナが火鉢の炭を箸で返していた。炭は赤いが、鍋の湯はまだ沸かない。
「避難室は何人まで入る」
「今夜は十六。毛布を二人で使えば二十。火がこのままなら」
ティナは答え、壁の小さな流量計を見た。針は製粉所の板よりさらに低い。日没後に栓を開ければ、青灯の代わりにここが持つ。開けなければ、教室は寝る前に冷える。
子どもたちは薪の長さを揃え、古い机の脚を火鉢から遠ざけていた。授業ではない。避難室に来る者がつまずかないよう、床の縄を張り直している。一人の少女がレントへ聞いた。
「今夜もここで寝られる?」
レントは、すぐに大丈夫とは言えなかった。流量板には、ミレア、臼、学校という三つの線しかない。だがその先には、病人の寝台、粥の椀、雪道から戻れない人の背中がある。
「今、火を残す順を確かめている。ここを暗くする順にはしない」
少女は頷かなかったが、火鉢のそばへ毛布を一枚増やした。言葉では暖まらないことを知っている手つきだった。
外で二度目の鐘が鳴った。ティナは迷わず避難室の栓を開けた。壁の流量計が少し上がり、その代わり、遠い製粉所の石臼が回る余地は消える。レントは窓から、山の方へ伸びる赤糸のような送流管を見た。ミレアへ送れば、西村の夜が削れる。止めれば、ミレアの治療所が削れる。
彼は伝声石を取り出し、ブラムへ告げた。
「臼は今夜、戻さない。学校の避難室を最低線に入れる。ミレアの送流も、今は切らない」
『粉は減る』
「分かっている。だから袋を数える前に、火を切った時に寝る場所を失う人を数える」
レントは学校の戸口に立ち、避難室へ運ばれる毛布を見送った。流れを戻す決断は、板の赤線だけではできない。送れば消える灯のうち、今夜はどれも先に消してはならない灯だった。
日没とともに、避難室の戸を叩く音が続いた。北坂の老人は妻の腕を支え、製粉所で袋を抱えていた女は幼い子を背に負って入る。靴を脱がせる場所が足りず、ティナは濡れた外套を廊下の縄へ掛けた。子どもたちは机をさらに壁へ押し、毛布の端を空ける。火鉢のそばは暖かいが、窓際は吐く息が白い。
ティナは流量計の下に砂時計を置いた。砂が落ち切るごとに、火鉢の炭を一度だけ返す。早く返せば炭が減り、遅ければ端の毛布から冷える。彼女は砂の半分で壁を触り、残りで鍋の湯を見た。
「この砂時計が三つで、今の残りが読める」
伝声石が鳴った。ミレアの治療所からだった。ナダの声の後ろで、補助具の小さな唸りがする。
『送流を戻せば、寝台の補助具が止まる。ユリクだけではない。二つの寝台の熱が落ちる』
同時に製粉所の鐘が鳴り、ブラムが短く告げた。
『西村へ戻せば臼は動く。だが学校の針が赤を割る』
レントは三つの声を聞き、一つを優先するための弁へ手を伸ばさなかった。老人の妻、寝台の患者、粉を待つ子ども。最も大きな声や、最も近い声で流れを決めれば、残る二つは紙にも残らない。
「ティナ、砂が落ち切るまで避難室の温度を見てくれ。ブラムは臼を止めたまま、粉の残りを数える。ナダは補助具が落ちる刻を知らせる」
次に確認する者を決めれば、今すぐ誰かを切る決断を先延ばしにするのではない。三本の流れが同じ刻に何を失うかを、別々の人の目で確かめるためだ。
砂時計の最後の粒が落ちたとき、ティナは窓際の子へ毛布を一枚足した。レントは伝声石を握ったまま、次の報せを待った。
廊下へ、粉袋を待つ男が入って来た。避難室の毛布を見て、低い声で言う。
「学校へ回すなら、うちの鍋は空だ。ミレアへ送るなら、なおさらだ。誰を先にする」
その問いに、老人の妻が咳をした。窓際の子は、毛布から手を出せずにいる。伝声石の向こうでは、治療所の補助具が細く唸った。レントは三つを同じ重さだとは言わなかった。だが一つを選べば、選ばれなかった者の夜は実際に冷える。
「今夜は送るか止めるかを決めない」
男が眉を寄せる。
「決めないで、どうする」
「砂が一つ落ちる間だけ、学校と治療所を最低まで保つ。製粉所へは次の砂で、臼を一刻だけ回せる量を戻す。その時、三つの残りをもう一度読む。足りないと分かれば、同じ人が続けて取らない」
レントは流量計の脇へ、三つの木札を置いた。避難室、治療所、製粉所。札の下に砂時計を横たえる。時計が落ちるごとに、栓を誰が見たか、どこが冷えたかを裏へ書く。
「順番を隠して弁を戻さない。次の刻に確認する人も、今ここで決める」
ティナが砂時計を持ち上げた。次は治療所のナダへ渡すという。ブラムは製粉所で粉袋を数え、老人の妻を連れて来た女は窓際の子の足を触って報せる。反発した男にも、鍋の湯が沸かなかった刻を書いてもらう。
男はすぐ頷かなかった。それでも砂時計を受け取り、木札の裏へ自分の家の名を書いた。自分の鍋だけを叫ぶのでなく、次に足りなくなった時刻を見届ける役を引き受けたのだった。
レントは栓を少しだけ動かした。治療所の唸りは消えず、学校の火鉢も赤を保つ。製粉所の石はまだ動かない。だが砂が落ちた時、誰が何を失いかけたかを、今度は別々の場所から持ち寄れる。
ティナは砂時計を窓辺へ置き、最初の粒が落ちるのを子どもたちにも見せた。
「これが落ちたら、次の人へ渡す。寒いのを我慢した人だけが知る火にしない」
窓際の少女は頷き、自分の毛布の端を老人の妻へ寄せた。女は礼を言わず、少女の靴先へ湯袋を置く。避難室の熱は足りない。それでも、誰の手が冷えたかを互いに見られる場所なら、先に切られた者が一人で夜を越すことはない。
伝声石からナダの声が届いた。
『補助具は今の流れで砂二つ。三つ目には落ちる』
レントはその刻を札へ書き、ブラムへ送った。臼を一刻だけ回すなら、二つ目の砂が落ちる前に終える必要がある。粉を増やすための熱と、寝台を保つ熱を、同じ夜に交代で使う。誰も満足しない案だったが、誰かの不足を翌朝まで見えなくする案でもなかった。
ティナは砂時計を抱え、学校側の弁がある廊下の端へ走った。札を受けた男も、鍋の火を見に自宅へ戻る。だが戸口で、治療所の使いが雪を払って駆け込んだ。
「補助具の脈が弱い。砂二つは持たないかもしれない」
レントは砂時計を受け取り、半分まで落ちた砂を見た。
「次の確認は、砂一つの半分で行う。ティナは弁を見たまま戻れ。ナダへは今すぐ伝えろ」
予定を書いた紙より先に、確認の刻が動いた。ティナは頷き、冷えた廊下の弁へ手を伸ばした。火鉢のそばでは、子どもたちが砂の残りを黙って見ていた。
ティナは避難室の木札を裏返した。表の予定刻の下へ、実確認刻の欄を二本引く。砂が落ちる前に炉を見た時刻と、次に誰が見るかを書くためだ。
彼女は自分の名の横へ刻を記し、木札を粉袋の男へ渡した。
「次はあなた。鍋と窓際を見て、予定より早く冷えたら、その刻も書いて」
男は札を受け取り、火鉢のそばへ置いた。
次に落ちるのは学校の夜間避難室だった。




