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俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


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第2巻 第二十九話 開けるための閉鎖

ガルドは、東門の床石を三枚外した。


 石の下には、太い流路があると思っていた者たちは黙った。実際に現れたのは、太さの違う銅管と、縄ほど細い銀糸、古い陶片を噛ませた接合具だった。新しい門の下へ、廃門の継ぎ手が何度も足されている。


「一括で止められない理由は、これですか」


 リオが尋ねる。


「一括で止めたら、どこが先に切れるかわからん」


 ガルドは一つの銀糸を爪で弾いた。


「だから順に外す。遠隔の口を黙らせる前に、横道の口を塞ぐ」


 机の上には、手描きの門の断面がある。西荷役門へ逃がす細い接合。南旅客門へ回る陶片の継ぎ。王都地下門からの確認信号を受ける銅管。どれも完全には確かめられていない。ガルドの指と、ミナの術式測定と、リオが見た荷の流れを重ねた予想図だった。


「外す順番を間違えたら」


「薬便も止まる」


 ガルドは即答した。


 王都の一括再開命令を拒むには、門が自律迂回しない形まで落とす必要がある。そこで初めて、薬だけを決めた道へ通せる可能性ができる。


「どれくらい」


 ディーンが聞く。


「二刻」


 会館にいた者の視線が、治癒院の配送札へ集まった。


「二刻、薬便が止まる」


 ガルドは続けた。


「止めずに一括で開けば、二刻で何がどこへ出るかわからん。止めて外せば、二刻後に少なくとも、荷が横道へ逃げるのを減らせる」


 ミナが接合具の横へ、青い印をつけた。


「第一を外すと、西荷役門の残留が下がる見込みです。第二で南門の自動応答を切る。最後に王都側の遠隔信号を受けない状態へする」


「見込み、です」


 ディーンの声に、責める響きはなかった。だからこそ、ガルドは工具を置いた。


「見込みだ。石を割ってみなければ、千年前の継ぎ手まで誰も読めん」


「薬が二刻待てるかも、見込みです」


 セラが言った。


「治癒院には今夜の分がある。だが、トーマの次の発作を待てるかは、誰にも約束できない」


 ガルドは、外した床石を見た。技師の手は、直せるものを直すためにある。けれど今は、開けるために閉じる。人の前にある道を、わざと二刻塞ぐ。


「薬便を残したまま外す方法はない」


 彼は言った。


「蓄魔具で押し切れば、遠隔の信号も一緒に食う。荷だけ選べるほど、こいつは利口じゃない」


 リオが、銅管のそばにしゃがみこんでいた。薬箱を抱えた時と同じ姿勢で、手を膝へ置いている。


「二刻なら、陸送は」


「半刻分、近づけられる」


 ディーンが答えた。


「馬を替え、橋の見張りを通せばな」


「でも着かない」


「着かない」


 短い答えが、床下の暗がりへ落ちた。


 ガルドは楔を並べた。太さの違う三本。外す順番を間違えないため、先端へ白、青、黒の布を巻く。


「二刻、止める」


 その言葉を、誰かが決めなければならない。


 セラは停止席の紙を開いた。ディーンはまだ署名欄を見ている。ミナは西門の灯を確かめ、ノアは王都命令の時刻を数えている。


 ガルドは、紙ではなく、リオを見た。


「外せば、薬便も二刻止まる」


 ユナのいるミレアへつながる道を、きちんと選べるようにするための二刻だった。


 ガルドは作業台へ、布を巻いた楔を一本ずつ並べた。白は西門の横道。青は南門の返り。黒は王都から来る遠隔の受け口。全部を外すまで、どの門も確かな救助口にはならない。


「白を抜いたら、西門の残り火が落ちる。ここで戻った人の道も細くなる」


 リオが眉を寄せた。


「じゃあ、戻れなくなる」


「細くなるだけだ。だから、その間に向こうを開かせない。青を抜けば、南門が勝手に呼ばれにくくなる。黒でやっと、王都が『開け』と言っても自分で横道を探さなくなる」


 説明の途中、ガルドは実物の銅管を布で拭いた。言葉だけでは、順番の重さが伝わらない。白の接合には、さっき西門で引き出した者の泥と同じ灰が付いている。ここを外すことは、救助を諦めることではなく、救助用でない穴を一度塞ぐことだった。


「一つ外すごとに、何を確認する」


 ミナが聞く。


「冷却灯。残留灯。西と南の鈴。あと、薬箱の重りを門前で量る」


「なぜ重りを」


「流路が抜けた時、箱をまだ通してなくても、板台の金具が引かれる。荷の重さに見える動きが、先に出ることがある」


 リオはすぐに秤を取りに走った。彼は縄と荷組みを見る役だ。妹の名を紙に置いたまま、いまは秤の錘を一つずつ確かめる。


 ディーンがガルドへ近づいた。


「二刻の停止を、組合として書く。だが、薬が遅れた損失は、守備隊へ押しつけない」


「俺に言うな」


「お前にも言う。外すと決めた手が、あとで『上が命じた』にされないように」


 ガルドは顔をしかめたが、白布の楔を差す欄へ自分の名を書いた。技師の名を紙へ出すのは、好みではない。それでも、外した継ぎ手が次に誰かの口伝だけにならないようにするためだった。


 日が傾き、銅管の影が床下へ伸びる。外せば薬便は二刻止まる。その二刻で、町はただ待つのではない。陸送の馬を替え、救助の毛布を用意し、三つの門の前から人を遠ざけ、戻った者の名簿を増やす。


 そのすべてが間に合うかは、まだ誰にもわからない。


 ガルドは、接合を外す前に一度だけ西門へ行った。戻った人を引いた綱が、石の横に濡れたまま残っている。白の楔を抜けば、この綱が次に引かれた時、同じ隙間は開かないかもしれない。


 それでも白を先にする。青を先に外せば南門が強く引かれ、薬便の重さまで別の道へ逃げる恐れがある。黒を先にすれば王都の信号だけが残り、現場は閉じたつもりで遠隔の命令を受け続ける。


 順番には、手の感覚がある。三十六年、古い継ぎ手を外すたびに、先に軽い方へ手を出したくなる自分を止めてきた。軽い輪を外せば作業は早い。だが早く外れるものが、先に外してよいものではない。


 白の接合へ楔を当て、槌を振るための距離を測る。兵には、槌が三度鳴るまで綱を触るなと伝えた。ミナには灯を見る役、リオには秤を見る役、ノアには刻を書く役。自分一人の腕で、二刻の停止を背負わないために。


 ガルドは工具袋の底から、古い革手袋を出した。指先の擦り切れた手袋は、北塔で最後に接合を切った日に使ったものだ。あの日は誰にも礼を言われなかった。いまは、薬を待つ人の名が紙にあり、ミレアに残る少女の名もある。外す手は同じでも、見えているものが違った。


 彼は床石の縁を削り、白い楔の先を油で拭った。斜めに差せば銅管が曲がり、二刻では戻せなくなる。リオが患者名簿を読み終えるまで槌を持ち上げず、薬師、守備隊、荷役、家族の前で順番が決まるのを待った。


 ディーンは薬箱の荷札を裏返した。いつもなら送り先と刻だけを見る。今夜は、その裏へ患者の名を小さく写した。荷が遅れた時、箱だけが遅れたように扱わないためだ。リオはその字を見て、ディーンが門を急がせた理由を、少しだけ理解した。


 薬便の荷車では、薬師が蓋を開けていた。中には氷晶を詰めた陶筒が二本、薬瓶の間へ挟まっている。門で運べば半刻で済む冷えを、陸路では何刻も保たせなければならない。


「二刻、止めるなら晶を替える」


 薬師は言った。


「替えれば明朝までは保ちます。ただし、替えの晶は二本しかない。二刻を超えたら、瓶を一度治癒院へ戻して冷所に入れ直す。荷車の上で待たせ続けると薬効が落ちる」


 ガルドは薬箱の横へしゃがんだ。接合を外す作業の遅れが、そのまま薬の冷えを失う時刻になる。二刻というのは、手の勘で言った数字ではない。白、青、黒の接合を一つずつ外し、白の残留灯が消えるのを待ち、次の門の鈴が鳴らないことを確かめるための最短だった。


「二刻を越えたら、俺が止める」


 彼は言った。


「接合を途中で放り出すんですか」


 若い保守見習いが聞いた。ガルドが呼んだ、北塔の道具を運んでいた少年だ。長い作業では、槌を振る腕だけでなく、誰がどの輪を外したかを覚える手がいる。


「放り出すんじゃねえ。覆いを戻して、薬を冷所へ戻す。中途半端に穴を開けたまま、冷えた薬を捨てる方が放り出しだ」


 ガルドは少年へ、白布の楔を渡した。


「言ってみろ。白は」


「西門の横道。先に外す。外したら西門の残留灯、鈴、薬箱の秤を見る」


「青は」


「南門の返り。白が落ち着いてから。黒は最後、王都の遠隔の受け口」


「二刻を越えたら」


「槌を置く。陶片の覆いを戻す。薬箱は治癒院へ」


 少年の声はまだ細い。けれどガルドは、もう一度言わせなかった。覚えさせるために長く繰り返せば、現場では誰かが一人で答えることになる。紙へ順番を書き、少年の字で確認の印を付けさせた。


 ディーンが停止席の紙を持って来た。薬便停止の欄には、彼とセラの印がある。二刻を越えた場合の中止欄はまだ空白だった。


「ここにも書け」


 ガルドは指した。


「薬を冷所へ戻す。作業は覆いを戻して翌朝へ。誰が決める」


「技師のあなたと、薬師」


 セラが答える。


「護衛を引くなら私。馬車を回すなら組合。四人で署名する」


 紙へ印が増える。薬が二刻止まる責任を、槌を持つ一人へだけ乗せないためだった。ガルドは手袋の指を曲げ伸ばし、若い見習いが持つ白い楔を見た。


「始めるぞ。刻が半分過ぎたら、誰が言わなくても俺へ報告しろ」


 薬箱の晶が、蓋の内側でかすかに鳴った。

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