↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/400

第2巻 第二十六話 閉じた門

旧巡礼門の石枠には、鍵穴がなかった。


 代わりに、苔を剥がした足元から、銅の輪が三つ現れた。表面は黒く焼け、輪と輪の間へ細い銀糸が渡されている。ガルドは膝をつき、工具袋から木の楔を出した。


「閉鎖柄を引いても、これは切れない。門面を閉じるだけだ」


「なら、何を外すんですか」


 レントが聞く。


「接合だ。向こうから戻る流れを、ここで受けるための古い継ぎ手。抜けば、こいつは門じゃなくなる」


 見張り兵は、門前の柵をさらに下げている。ミナは銅の輪の周りへ白粉を撒き、微かな魔力の揺れを見ていた。白の残留灯は消えている。だが、それは安全という意味ではない。切り離したあと、残った魔力が消えるまで触れないよう、全員へ何度も伝えた。


「閉鎖すると、ミレア側はどうなります」


 レントの問いに、ガルドは手を止めた。


「わからん。いま開いている道が、ここだけとは限らん」


 ユナが向こうにいるかもしれない。向こうから綱を引いたのも、彼女かもしれない。閉じれば、助けを求める細い糸まで切ることになる。


 それでも、この門が札のない荷を呼び、別の門を揺らしている。開いたままなら、救助班を入れることも薬便を試すことも、いつまでもできない。


「閉じたあとに確認することを、先に」


 レントはノアへ言った。


「北門の鈴。西荷役門。東門の残留灯。ミレアからの呼び鈴。四つを、同じ時刻に見ます」


「記します」


 連環視を使うと、銅の輪から細い線が地面の下へ走っているのが見えた。北へ一つ。西へ一つ。王都の方向へ二つ。どれが生きている道で、どれが昔の名残なのかは見分けられない。レントは目を逸らした。線の数を増やしても、手を動かす人の答えにはならない。


「一番外側からです」


 ガルドが言う。


「ミナ、白が出たら言え。セラ、柵の外に誰も残すな。レント、楔を渡せ」


 役を呼ばれ、レントは木の楔を持った。太い槌を振るのはガルドだ。彼が合図すると、レントは銅輪の隙間へ楔を差し込む。ガルドの槌が一度振り下ろされ、鈍い音が石の底へ沈む。


 一つ目の輪が、わずかに浮いた。


 青の警報灯が点いた。停止基準にはまだ届いていない、という意味の青だった。


「次」


 二つ目。


 槌の音に合わせ、門枠の内側で白い膜が縮む。空気が逆へ吸い込まれ、白樺の葉が石へ張りついた。


「残留灯、なし」


 ミナが言う。


 三つ目の輪には、黒い錆が固まっていた。ガルドは刃を差し込み、力をかける。輪が鳴る。切れる音ではなく、何かが遠くで引かれる音に聞こえた。


「待って」


 レントが言った。


 門枠の右の呼び鈴の綱が、ほんの少し動いた。青い糸はまだ金具に結ばれている。ユナの結び目だ。


「向こうからですか」


 セラが剣の柄へ手を置く。


「わからない。ただ、いま引いた」


 ガルドは槌を下ろさない。


「ここで止めるか」


 レントは、青糸を見た。閉じたら、返事をする道を一つ失うかもしれない。だが、半端に残せば、また違う門へ人や荷を押し出すかもしれない。


「三回、外から返してください」


 セラが兵へ頷く。警報鐘ではない、手鈴を三度鳴らした。待つ。綱は動かない。


「続けます」


 レントが言った。


 ガルドの槌が落ちる。


 銅輪が外れた。銀糸は一瞬だけ白く光り、ぱちんと切れた。門面の奥に残っていた薄い光が、布を畳むように消える。


「旧巡礼門、閉鎖」


 ノアの声が、紙の上で乾いた。


 誰もすぐには近づかない。白の残留灯が出るか、青の警報灯が赤へ変わるか、全員が待つ。


 十数える間に、東門から伝声石が鳴った。


『東門、残光上昇!』


 続いて、西荷役門。


『白の残留灯。門面は閉じています』


 さらに、南の旅客門。


『こちらもです。灯だけが増えています!』


 閉じたはずの旧巡礼門は暗いままだった。その代わり、町の別々の門が、閉じた道の残りを分け合うように光っている。


 レントの背筋が冷えた。


「閉鎖が、終わりではない」


 誰へともなく言った時、石枠の向こう側から、鈍い音がした。


 セラは柵の前へ出て、兵に周囲を下がらせた。叩く音を、石の割れ目に耳を当てて聞く。三度。間を置いて二度。ユナが使う合図と同じかもしれない。けれど、向こうにいる者が知っているのは、ユナだけではない。


「返事は一度だけ」


 彼女は手鈴を三回鳴らした。兵が余計に鐘を鳴らしそうになるのを、掌で止める。音を重ねれば、向こうが何を返したのかわからなくなる。


 返事は来なかった。代わりに石枠の下から、湿った風が漏れた。ミレアの待機所は水があるという。傷ついた人間が、冷たい石の下で待っているかもしれない。


「壊せませんか」


 リオが聞く。


 ガルドは外した銅輪を持ち上げた。


「壊せば、どこへ抜けるかわからん。枠だけ砕いても、向こうの床を支えてるなら崩す」


 レントは枠へ手を触れなかった。彼には線が見えている。人の手首ほどの太さの光が、閉鎖した接合から西と南へ散っている。だが、それが実際に人の通れる道かはわからない。


「西と南を、同時に見ます」


 彼は言った。


「閉じたことで、流れが他へ逃げたなら、次に動く門はそこです。救助隊は、門を開ける人と、出てきた人を受ける人を分けてください」


 セラは短く頷く。


「開ける役はミナとガルド。受ける役は私と兵。治療は門の外。誰も、向こうが見えたからと入らない」


 青糸を結んだ鈴は、石枠の右に残された。もしまた引かれたら、今度は音だけでなく、糸の張る方向も見るためだ。


 レントが一歩下がったところで、鈴が鳴った。


 閉じた門の内側ではない。西の方角からだった。


 閉鎖した廃門の内側から、誰かが叩いた。


 叩く音の前に、ガルドは外した輪を布で包んだ。銅輪には番号がない。間違えて戻せば、閉じたはずの継ぎ手を違う順で繋ぐことになる。彼は石枠の右、中央、左と、墨で印を付けた木箱へ分けて入れる。


 ミナは残った銀糸へ陶片の覆いを置いた。覆いを置く手が一度止まる。白の残留灯は消えているが、覆いの縁に小さな霜が浮いた。切り離したあとに残る魔力は、消えたように見える時ほど危ない。


「触らない。靴も線の外へ」


 レントは兵だけでなく、自分にも言った。線を見れば、つい近づいて確かめたくなる。けれど今必要なのは、目に見えない線ではなく、誰でも守れる白粉の線だった。


 ノアは閉鎖時刻を三つの帳面へ同じように書く。門務局には接合解除。守備隊には北森封鎖継続。組合には青麦回り停止。名前が違っても、同じ刻に何を外したかを後で照合できるように。


 その時、西の方から鈴が鳴った。閉鎖した北門ではなく、西荷役門の見張りが、柵の向こうで手を振っている。


「次の出口を探している」


 レントは言った。


 門が考えているわけではない。残った道へ流れを逃がしているだけだ。それでも、人が向こうにいる以上、逃げ道が救助口になることはある。セラは西門へ兵を走らせ、レントは外した輪から目を離さずにいた。


 銀糸の端には、焼けた匂いが残った。ガルドが濡れ布をかぶせ、熱が下がるまで誰も近づけない。閉鎖柄を引くより、輪を外すより、終わった後に触らない時間の方が長い。レントはその待ち時間を、無駄だと思わなかった。待てないから、人は次の門を早く開けたがる。いまは待つことまで作業だった。


 叩く音は、三度、二度、また一度と続いた。レントは返事を急がず、刻を数えた。ユナの合図と同じなら、向こうもこちらの返答を待っている。違うなら、音だけで門を開けることはできない。彼はセラへ、鐘を三度だけ返して止めてほしいと頼んだ。音を重ねないことも、閉鎖後の確認だった。


 ガルドは西門へ向かう前、工具袋の中を指で確かめた。小槌、楔、陶片、濡れ布。救助を急ぐほど、閉鎖した接合を戻して近道を作りたくなる。だが、それをすれば別の門がまた光る。レントは工具袋の重みを見送り、救助のためにも閉鎖を崩さないと決めた。


 西門の鈴が二度鳴り、北門の叩きが一度返った。レントはそれを同じ時刻欄へ書かせた。答えではない。ただ、閉鎖のあとも道の外側で何かが続いているという、次の作業の出発点だった。


 叩きは止まった。石だけが冷え、外した銅輪の白い残り火も、ようやく消えた。


 レントは白粉の線を踏まないまま、次の救助班へ場所を譲った。


 セラの手鈴は三度だけ鳴り、すぐに布で包まれた。次の音を待つためだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。