第2巻 第六話 止める範囲
黒板へ一本の縦線を引くだけで、転移門は四つに分かれた。
線の左。
人を送る。
荷を送る。
線の右。
青麦回りを使う。
使わない。
「これまで、門を開けるか閉じるかの二つで話していました」
蓮人は白墨を置いた。
「分けて止められるかを確認したい」
転移門管理所の会議卓には、セラ、ミナ、ノア、ディーン、門役長が座っている。リオは壁際で、ユナの青い紐を布箱越しに見ていた。
「人送と荷送は別の門です」
門役長が言う。
「だから別々に停止できます。問題は、青麦回りです。現在の経路選択には存在しません」
「存在しないものを、止められない?」
「管理札に項目がない」
「旧台帳には経路番号があります」
ノアが廃止台帳を開いた。
「青麦回り、戦時経路四十二号」
「現役台帳の四十二号は」
「欠番です」
「欠番を指定して停止できませんか」
「止める命令を受ける先がない」
北塔に残っていた非公式配管と同じだった。
使わないことになった経路には、止める操作も、確認する担当もない。
「なら、経路の入口側で弾く」
ミナが旅客名簿と荷札を並べる。
「青麦印がある札を、門へ入れる前に分けます。人送も荷送もです」
ディーンが腕を組む。
「印が組合印として押されているだけなら、青麦経路を使わない便まで止まる」
「その通りです」
「どれだけあると思っている」
「今日の待機便で、旅客四割、荷送六割」
ノアが数を答えた。
「青麦印なしの荷送四割は、再開候補にできます」
セラが言う。
「人はまだ通さない」
「なぜだ」
「一人が行方不明だ。荷で安全だったから、人も安全とは決めない」
「薬箱は荷だ」
ディーンは治癒院の欄を指す。
「青麦印は」
「送り元の薬種組合が使っている」
「なら候補外です」
「印を消せばいい」
「書き換えた札が正しく届く保証はありません」
「いま必要なのは保証じゃない。薬だ」
セラとディーンの声が重なる。
「保証なしに開けられない」
「保証を待って患者を危険にするのか」
会議卓の奥で、砂時計が落ちている。
残り五刻。
西領への陸送隊は準備中。貸出の返答はまだない。南の一回分は品質確認に入った。
「青麦印を消すのではなく、別の荷札を作れますか」
蓮人が門役長へ聞く。
「新規発行なら」
「送り元の荷札を、到着側で作り直す?」
「規則には反します。荷札は出発門が発行するものです」
「試験用の札は」
「無人荷なら、管理所で作れます」
「薬を試験荷にする気か」
ディーンが低い声を出した。
「しません」
「では何を送る」
リオが壁から離れた。
「空箱」
全員が彼を見る。
「薬箱と同じ木、同じ重さにする。中は石でいい。縄も同じにする。ただし青麦の糸は入れない」
「到着を確認してから、本物を送る?」
ミナが尋ねる。
「一回目が着いても、二回目が着くとは限らない」
リオは蓮人をにらむように見た。
「そう言うんだろ」
「はい」
「だったら二箱送る。先に二箱。続けて本物。途中で門の光が変わったら止める」
「変化を見る人は」
「俺が見る。荷の重さと縄はわかる」
「門の残光は私が見ます」
ミナが続けた。
「出発側にも、同じ確認が必要です」
ノアが伝声石を取る。
「王都地下荷役門へ、試験条件と中止条件を送ります」
「二回で本物を送れると決める根拠は」
蓮人が門役長へ聞く。
「一回目と二回目の間に、出発門と到着門の残光が平常待機値へ戻ること。同じ条件の箱が連続して中央へ着くこと。門枠温度、冷却流、警報灯が範囲内であることです」
「旧門は」
「見張り兵が残留灯と吸い込みを確認します。再点灯、呼び鈴、風のどれか一つでも出れば、本送は中止」
「二回は安全の証明ではありません」
ミナが紙へ書く。
「本送へ進むための最低条件です。進んだあとも、薬箱が経路へ入ってから受け入れ台へ着くまで、出発側が取り戻せる猶予があります。その間に中止条件へ達したら、門を閉じます」
二回成功すれば安全なのではない。
同じ条件で異常が出ないことを二度確認し、本物を送り始めたあとも戻せる時間を残す。そのどこかで旧門が反応すれば、陸路へ戻る。
セラは砂時計を見た。
「試験に使える時間は」
「準備半刻。試験二回で一刻。本送に半刻」
門役長が答える。
「問題がなければ二刻以内です」
「問題があれば」
「即時停止。陸路だけに戻します」
セラはディーンを見る。
「薬を失う可能性がある」
「陸路だけなら期限に間に合わない可能性がある」
「組合として、どちらを選ぶ」
「私だけに選ばせるのか」
「止める損失を持ってきたのはあなたです。門の危険はこちらが出す。両方を見て決める」
ディーンは巻紙を開いた。
薬を待つトーマの欄には、ノアが書き足した「残り二回」がある。
隣へ、セラが新しい一行を書いた。
誤着時、本送一箱を喪失。代替なし。
ディーンは長く黙った。
「試験をする」
「署名を」
「今後も、毎回か」
「止めるたびに私だけが決めるよりはいい」
セラの声に皮肉はなく、署名欄を自分からディーンの方へ向けた。
ディーンが署名する。
セラも隣へ名を書いた。
最初の試験荷は、半刻後に王都地下荷役門へ置かれた。
薬箱と同じ樫材。同じ鉄留め。同じ重さの石。縄は黒と黄。青麦を示す青だけを抜いてある。
ラグナ東門前では、リオが受け入れ台を確認した。
ミナは門枠の灯を読む。
「出発側、白の確認灯」
伝声石から王都門役の声。
『荷札照合。行き先、ラグナ東門前。経路指定なし』
「到着側、待機」
東門の石輪へ、白い光が走る。
青の警報灯は点いている。停止基準には達していない。赤の確認灯が灯り、遠隔の運転信号を受けたことだけを示す。
「冷却流、範囲内」
ミナが数値を読む。
「受け入れ台、空」
リオが答える。
門の中央が白く満ちる。
箱の角が現れた。
次に鉄留め、縄、底板。
空箱は倒れず、受け入れ台の中央へ着いた。
リオが縄へ触れる。
「結び目、変化なし。重さも同じ」
ミナはすぐに成功と言わなかった。
「門枠温度、上昇なし。残光、規定内。第一試験、到着」
管理所で、砂時計が裏返される。
二箱目。
同じ手順。
同じ光。
同じ位置へ着く。
「第二試験、到着」
ディーンが息を吐いた。
「本物を」
「待ってください」
ミナが東を向いた。
現役の東門ではない。
町外れの、廃集積場の方向。
伝声石が鳴るより先に、低い音が地面を伝ってきた。
ごう。
閉鎖中の旧門が、風を吸う音だった。
兵士からの緊急石が光る。
『廃集積場、白い残留灯が再点灯。門枠内側に、いま届いた試験箱と同じ荷札が浮かんでいます』
「中止条件です」
ミナが本送開始の札を裏返した。
青麦印は使っていない。
現役門への直送は成功した。
南門では、そのころ、切替の綱が一本ずつ外されていた。
旅客用の列は石壁側へ寄せ、荷送の列だけを東門の試験へ回す。南門で待っていた妊婦は、腹へ巻いた布を押さえたまま、門役の説明を最後まで聞いた。今夜の宿へ移る馬車は出る。だが人送の門は開かない。治癒術師は鞄の中の蓄魔具を確かめ、門を通れないなら南街の病人へ歩いて戻ると決めた。農家は冬種の袋を荷車へ積み替え、青麦印の縄を外して白縄へ替える。
「荷なら、今すぐ東門へ出せるんですか」
農家が尋ねた。
「試験荷以外は出せません」
門役は答えた。
「ただし、陸送の順番は荷の重さではなく、蒔ける刻で組み直します」
農家は不満を飲み込み、袋の口へ木札を結んだ。明日朝まで、と自分で書く。荷が門前の列に残っても、畑の期限まで消えないようにするためだ。
セラは南門の柵へ、三枚の札を掛けた。人送停止。荷送試験中。青麦印は持込禁止。文字を読めない者へは、兵が色の違う綱を指して説明する。赤い綱の内側へ人を入れない。白い綱の外へ荷を置かない。どちらかが乱れれば、東門の試験も止める。
妊婦の夫が、宿への馬車へ妻を乗せる前に聞いた。
「今夜、門は開くのか」
「分かりません」
セラは答えた。
「開かない場合に、あなたたちがどこで眠り、誰が診るかは決めます」
答えを急がせない代わりに、待つ場所を曖昧にしない。治癒術師は宿へ付き添うことを引き受け、農家は陸送の御者へ袋を渡した。南門の石輪は暗いままだが、人と荷は同じ列から外された。
その切替が終わった直後、廃集積場の風が鳴った。
東門の見張りから、次の伝声が入った。
『受け入れ台の箱、封印無傷。荷札は控えと一致。旧門の残留灯、まだ白』
ミナは返事を急がず、管理所の砂時計を指した。旧門の白が消えるまで、二箱目の結果を本送の根拠にはしない。門役長は試験札を伏せ、リオは受け入れ台の周りへ縄を張り直す。空箱が着いたからといって、次の荷を載せる手が勝手に動かないようにする。
南門の農家は、陸送車が見えなくなるまで門前を離れなかった。妊婦は宿の馬車の中で目を閉じ、治癒術師はその脈を取る。人送を止めた結果を、誰かが門役の紙だけで待つのではなく、それぞれの場所で受け持っていた。
それでも、止めたはずの旧門が同じ荷を呼んでいた。




