↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
177/400

第5巻 第17話 基準石の青

ミナは、水番所の測定台から、青い石を二つ外した。


 一つは毎朝、北水路の受け皿へ沈めている現用の測定石。もう一つは、棚の奥の布袋に入っていた予備石だった。灰色の石肌に細い銀の線が走り、水に含まれる魔力の揺れを拾うと縁の色が変わる。どちらも、今朝の水では澄んだ青を示した。


 青は、規定内という表示だった。


 だからこそミナは、石を並べたまま、すぐに安心の札を書かなかった。


 「予備石も同じ青です」


 リナが言う。彼女の声には、測定石が二つそろえば、少しでも苦味を否定できると思いたい響きがあった。


 「同じものを見て、同じ色になっただけかもしれません」


 ミナは布を二枚広げた。


 「水が安全だから同じなのか、二つの石が同じようにずれているのかを、分けて確かめます」


 水番所の長机には、共同採水で持ち帰った瓶が四本ある。上流の川べり、中流の堰、黒嶺外側の溜め場、町へ入る橋の下。それぞれ二組ずつ採ったうち、水番所が預かった方だ。栓の蜜蝋には、採水のときに押した銅印が残っている。


 今日は、リナ、オルド、坑夫側のエダ、洗い場のマラ、そしてレントが立ち会うことになっていた。水番と鉱山だけで器具を扱えば、どちらに都合のよい順番でも決められる。腹痛を訴えた人と、排水を見てきた人が同じ卓にいれば、少なくとも一人の帳面だけで色を決めずに済む。


 「最初に、誰が瓶を開けるかを決めましょう」


 ミナは言った。


 オルドは腕を組んだまま、四本の瓶を見た。


 「鉱山の水を最後にすれば、先に石へ何か混ぜたと言われる」


 「最初にすれば、色を見てからほかの瓶を替えたと言われる」


 リナが答えた。


 「なら、順番は箱から引く」


 マラが、包帯の仕分けで使う木札を机へ置いた。札の裏へ、上流、中流、溜め場、橋下と書く。エダが札を布袋へ入れ、マラが目を閉じて一枚ずつ引くことになった。最初は橋下、次が溜め場、三番目が上流、最後が中流。


 ミナはその順番を二枚の紙へ写した。一枚は水番所の帳面へ、もう一枚はオルドの持つ鉱山側の帳面へ入れる。どちらかが後から書き直せないよう、全員が読み上げた刻も添えた。


 「器具の順番は」


 レントが訊く。


 「一つ目の石、別の石、もう一度一つ目の石です」


 ミナは答えた。


 「一つの瓶を、同じ時刻に三回読みます。一つ目が最初と最後で違えば、石か水温か、読む手順のどこかが変わったことになる。別の石だけが違えば、その石を疑う。二つとも同じなら、まだ水か石かは決められません」


 「石を替えるたびに、皿も替えるのか」


 エダが訊いた。


 「替えます。皿に残った水で次の色が変わらないように。石を拭く布も、一回ごとに新しい面を使います」


 ミナは、白布の端へ小さな印をつけた。袋一番、袋二番、袋一番の二回目。布を取り違えれば、同じ水を比べる前に、人の手の跡を比べることになる。


 それでも、石の名を知ったまま色を待てば、人は見たい色を先に見てしまう。ミナは二つの石を小さな革袋へ入れ、袋の口を閉じた。現用と予備の名が見えないよう、リナに袋を振ってもらう。最初の皿へ沈める袋を選ぶのはオルド、二番目は残った袋をマラ、三番目はエダが最初の袋の木札を照合して皿へ渡すと決めた。三番目は選び直さず、同じ石の再試験にする。どの袋に何が入っているかを知るのはミナだけだが、彼女も色が出るまで帳面の番号を見ない。


 「これで、石を替える順番は皆が決めたことになります」


 ミナは言った。


 「私が予備石を後にしたから青くなった、と言われないように」


 オルドは革袋を一つ持ち上げた。


 「青が出なかったら、鉱山の水だと言われないようにはならん」


 「なりません」


 ミナは首を振る。


 「色だけで場所は決められない。だから、同じ瓶の分だけをここで読みます。川のどこで変わったかは、採水した場所と、次の瓶を比べてからです」


 リナは、革袋の紐へ一番から三番の木札を結んだ。石を沈めたあと、石の名前を知る前に色を記録するためだ。マラは自分の帳面へ、袋一番・青、袋二番・青、と書く。オルドの帳面にも、同じ欄ができる。後で袋を開けて、どの番号が現用で、どの番号が予備だったかを皆で確かめる。


 「石の色を先に読み上げるのは、私でいいですか」


 マラが訊く。


 「お願いします」


 彼女は洗い場で、包帯に付いた汚れと、まだ付いていない汚れを分けてきた人だ。水の術式は使えなくても、見えたことと、見えないことを混ぜずに書く手を持っている。


 ミナは、さらに三枚の小紙を並べた。色が出るまでの刻、皿へ移した水の量、栓を開けたあと何刻で読んだか。水が冷えたり、空気に触れたりすれば、石の反応が変わることもある。今日、一度だけ赤が出ても、次の日に同じ条件で読めなければ、器具の違いなのか、手順の違いなのかを比べられない。


 「こんなに書くんですか」


 エダが紙を見た。


 「書かないと、色だけが残ります」


 ミナは答えた。


 「色が出たあとで、何をしていたかを思い出すと、人は都合のいいところだけを覚えます。だから、出る前に書きます」


 オルドは小さく頷き、革袋を机の端へ戻した。放流鐘の空白を見つけた彼には、記録が抜けたあとに何が残るかが分かっているのだろう。


 最初の橋下の瓶は、マラが蜜蝋の欠けを皆へ見せてから開けた。栓を抜く役はオルド、皿へ水を移す役はリナ、石を沈める役はミナと決めた。ひとりで続けて触らない。オルドが栓を抜いたあと、リナは水を平たい皿へ注ぎ、ミナは袋一番の石を沈めた。


 刻を数えるあいだ、誰も話さなかった。


 石の縁が青くなる。袋一番、一回目。リナが色を読み、マラが紙へ書く。次の皿へ、同じ瓶から同じ量を移す。袋二番も青くなる。三つ目の皿では、袋一番がまた青くなった。


 「橋下、三回とも青」


 マラが言った。



 その言い方は、安心でも失望でもなかった。見た通りを残す声だった。三回目の皿を片づけてから、ミナは袋を開いた。一番と三番は現用石、二番は予備石だったと、全員の前で読み上げる。


 溜め場の水も、上流の水も、同じ順番で読んだ。黒嶺の外側の水は、皿へ入れると薄茶に見える。泥の細かな粒が沈むのを待ってから石を沈めたが、現用石も予備石も青いままだった。エダはその色を見て息を吐いた。だが、ミナは紙の端へ「濁りあり。沈殿二刻待ち」と書き足す。青く見えたことと、濁りがなかったことを一つにしてはいけない。


 上流は、昨日の雨の名残で水が冷たかった。ここでも二つの石は青い。三回目の現用石を引き上げると、ミナは石の縁を指でなぞった。青の出方は、どの皿でも同じ速さだった。違う水を読んでいるのに、同じ答えを急ぎすぎる。


 最後の中流の瓶を前に、リナが言った。


 「ここでは魚の腹と苔に反応が出ました」


 「測定石は水だけを読む」


 ミナは答えた。


 「でも、水に何もないと言うための石ではありません。規定内と出た、としか言えない」


 ミナは棚の上を見た。水番所には、古い道具をしまった木箱がある。浄化灯を直したときの余り、昔の水路の印、役目を終えた弁の部品。測定石の予備なら、今使っている二つ以外にも、古い物が残っているかもしれない。


 「この石も、同じ中流の水で比べたい」


 彼女は箱から、革で包まれた小さな石を取り出した。現用石より少し角張り、銀の線も太い。箱の蓋の内側には、王都標準院の印と、十七年前に納めたが未使用、という札が残る。予備として水番所へ届いたあと、現用と同じ水で調える前に、新しい型の石へ替わったらしい。


 「使ったことがないなら、読めないんじゃないか」


 エダが訊く。


 「読めるかどうかも確かめます。でも古いから正しいとは限りません。今の二つと違う色が出ても、型や保管の差は残ります」


 マラが封の欠けと容器番号を皆へ見せた。リナは栓を抜く前に瓶を静かに返し、底に沈みかけたものまで水の中へ均一に戻す。激しく振って泡を入れず、同じ水を四つの皿へ同量ずつ移した。


 ミナは四皿の温度を確かめ、同じになるまで白布の上へ置いた。それぞれに蓋をし、読む直前に一枚ずつ開け、同じ刻だけ待って色を見る。現用石、予備石、現用石の再試験、未使用石の順は、役目を書いた四枚の木札をリナが袋から引いて決めた。ただし再試験の札が一回目より先に出たときだけ後ろへ置き、エダが二枚の木札を照合する。


 オルドが四皿の水位を横から確かめ、マラが温度と開始刻を書いた。どの石へどの皿を渡すかが決まってから、ミナは袋の石を一つずつ沈める。


 読み終えた結果は、現用石が青、予備石も青、木札を照合した現用石の再試験も青だった。


 未使用石は、しばらく色を変えなかった。やがて縁が青へ寄らず、鈍い黄を通り過ぎて、赤く染まった。


 机の上には、同じ中流水を同じ条件で読んだ四行が並んだ。今使う二つの石と再試験は青、未使用石だけが赤。ただし、その赤が正しいとはまだ決められない。


 「石が壊れているんですか」


 マラが訊いた。


 「まだ分かりません」


 ミナは首を振った。


 「二つが同じ青だから、二つとも正しいとも、二つとも壊れているとも言えない。未使用石の赤も、古い型や保管の差かもしれません。予備石は、現用石が駄目だったときのために、同じ基準で調える石です。比べる相手が同じ物差しなら、同じ誤差を持つこともあります」


 オルドは、四枚の記録を見た。


 「町で具合の悪い者がいて、魚も岸へ寄っている。それでも今の石は青い。なら、石を信じるなと言うのか」


 「信じないのではなく、石だけで終わらせない」


 ミナは言った。


 「水位、魚、症状、採った時刻も一緒に置く。石が青いことも、古い石が赤いことも消さない。違う答えが出た理由を、別の水と別の器具でもう一度確かめます」


 リナは、苦味の帳面を抱えたまま頷いた。自分の口を信じてほしいと願った日から、彼女は少し遠くへ来ている。青い石を否定するためではなく、青い石の外へ残ったものを、誰でも見られる紙にするために。


 同じ条件で読んでも、未使用の古い石だけが異常色を示した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。