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俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


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第3巻 第三十三話 寒波一夜

エマは、戸を閉める前に家の炉から火を一つ掬った。


 寒波の夜は、最初から共同炉だけで始まらなかった。各家の炉に残る小さな火、毛布の間の湯袋、治療所の薬鍋、学校の火鉢。そのどれを先に細くするかを、冬季例外の紙は決めている。けれど紙は、雪に濡れた戸の隙間を塞いではくれない。


 エマは自宅の火を土鍋へ移し、隣の老夫婦の炉へ運んだ。二人の家は薪が湿り、火が立たない。自分の家の炉を小さくする代わりに、老夫婦の寝床だけを夜半まで保たせる。戻す条件は、老人の咳ではなく、寝床の湯袋が冷え、手を動かせなくなった時だと、昼に本人たちが決めた。


 土鍋を置くと、老人の妻が自分の毛布を半分だけ畳んだ。


「これは隣へ返す。火を借りたから、毛布まで取らない」


「返さなくていい」


「返す刻を決めたんだろ」


 妻は頑固に言った。夜半に湯袋が冷えなければ、毛布を一枚学校へ出す。それも昼に自分で決めた。エマは毛布を受け取らず、戸口の釘へ掛けた。今すぐどちらの家の物かを決めず、戻す刻までここへ置く。


「ユリクは」


「学校の火番表を見に行った」


 弟は治療所から戻ったばかりなのに、外套を二枚重ねて学校へ向かった。子どもたちが一人で火番をしないか、戸口で数える役を頼まれたという。エマは止めたかった。だが、ユリクは自分の足で学校まで歩けることを、今夜の順番の中で使いたいと言った。


 学校では、授業机が壁へ寄せられ、火鉢の周りに寝床が丸く作られていた。ティナは湯桶を二つだけ残し、子どもの外套へ名前ではなく家の印を結んでいる。親が別の炉を見に行っても、誰の毛布か探せるように。


「火番は二人」


 ユリクが、板の印を指した。


「ミロが眠そうなら、俺が代わる」


「だめ」


 ティナはすぐ言った。


「代わるなら、二人目を連れて来る。治ったばかりの子を一人で火鉢へ置かない」


 ユリクは唇を噛んだが、戸口の人数を数える方へ回った。できることを選ぶのと、無理を引き受けるのは違う。エマは弟の背中を見て、村の紙に書けない線が、学校の中にもあると思った。


 戸口の名簿には、ユリクの家の印もあった。エマはその印を指で押さえ、弟を今すぐ連れ帰りたいと思った。家の炉は小さくしてある。自分が戻れば、ユリクの足を湯で包み、毛布をもう一枚掛けられる。


 だが学校からユリクだけを抜けば、火番表の人数がまた一人足りなくなる。ティナは火鉢の前で眠る小さな子を見ている。エマは弟へ近寄らず、戸口の板を一枚持ち上げた。


「人数が減ったら、ここへ印を付けて」


「姉ちゃんが来る前に?」


「来る。けど、私を待って一人で火を見ないで」


 ユリクは頷き、炭を持った。エマは外へ出る時、学校の戸を二度押して、風が入らないことを確かめた。弟を守るために、弟だけを家へ閉じ込めることはできなかった。


 夜半前、共同炉から小さな鐘が一度鳴った。警報鐘ではない。炉番が、湯桶を受け取る列を入れ替える合図に、鍋を叩いた音だ。警報鐘を鳴らす停止基準にはまだ届いていない。だから、皆は走らず、決めた家から一つずつ湯を取りに出る。


 治療所では、ナダが薬湯を匙で分けていた。鍋を大きく沸かせば熱を使いすぎる。小さな鍋を何度も温め、飲める者から一口ずつ渡す。寝台の女が震え始めると、ナダは湯袋を一つ外し、指先へ当てた。


 その横で、付き添いの男が自分の椀を置いた。薬湯は二人分しか残っていない。男は「自分は歩ける」と言ったが、ナダは椀を取り上げない。


「歩ける人が倒れたら、次に患者車を引く手がなくなる」


 彼女は半分だけ飲ませ、残りを女の匙へ移す。治療所の最低線は患者だけの数ではない。寒い戸を開け、湯を運び、次の夜にまた来る人の身体まで含んでいる。


「寝台の暖めを減らすんじゃなかったの」


 エマが言うと、ナダは女の指を包んだまま答えた。


「指先が戻らないなら、薬を飲ませる手も残らない。これは戻す条件です」


 ナダは学校の火を求めなかった。代わりに、治療所の寝台の間を暗くし、廊下の灯を一つ消した。どこを戻し、どこをさらに細くするかを、自分の手で選んでいる。


 エマは治療所の戸を出る前に、薬鍋の底へ耳を近づけた。湯が小さく鳴っている。これはまだ沸いている音だとナダは言う。音がなくなれば、火を戻す前に鍋を替え、患者を炉の近くへ寄せる。紙の《薬湯一口》は、ナダの手が鍋を持ち上げる順番にまでほどかれていた。


 外へ出ると、エマの家の方角から煙が細く上がっていた。ユリクを家へ帰したい衝動が、また胸を押した。だが西村の治療所では、今この刻に車を待って寝台を一つ減らしている。自村の炉を少し太くすれば、弟の足は温まるかもしれない。その一刻を西村へ残せば、顔も知らない患者の薬が冷めずに済む。


 エマは共同炉の板へ戻り、《西村治療所、先》の札を押さえた。昼に自分で釘を打った札だ。誰かに言われた順番ではない。だからこそ、夜になって自分の家を先にしたくなった時も、札の外から書き換えるのではなく、皆の前で戻す条件を言わなければならない。


 「ユリクの足が冷えたら」


 エマはメラへ言った。


 「学校の板へ印を出す。西村を後にするとは、私一人では言わない」


 炉のそばにいた母親が、湯桶を抱えたまま言った。


「弟がいるから、そこまで書くんじゃないの」


 責める声ではなかった。母親の外套の下には、眠る幼子の小さな足が見えている。エマは答えず、自分の家の札を板から外した。炉、ユリク、老夫婦と書いた札を、西村治療所の札の隣へ掛け直す。


「弟がいるから、私の家だけ別の戻し方にはしない」


 彼女は炭を取り、《学校の火番二人が崩れた時、またはユリクの足が冷えた時、最低線席の二印で戻す》と書いた。母親はその字を読み、幼子の足へ毛布を掛け直した。


「うちも同じ印を出す」


 そう言って、家の印を札の端へ押した。


 メラは炉の火を見たまま頷いた。


「それでいい。自分の家を守りたい時ほど、札を隠すな」


 石箱の量石は、夜の半ばまで決めた線を保った。青の冷却灯も点いている。冷却流が規定の範囲にあるというだけで、夜が安全という意味ではない。ミナは石箱のそばで、量石と霜を交互に見ていた。


 共同炉では、ゴドが湯桶の底へ布を沈めていた。湯を受け取る家へ、熱いまま渡せるよう蓋を掛ける。蓋が足りない家には、古い鍋蓋を借りて紐で縛る。エマは一軒ずつの名を呼ばず、家の印を見て桶を渡した。名前を呼べば、来られない家だけが目立つ。印なら、隣人が代わりに受け取り、次の刻に返せる。


「自分の家の分は」


 ゴドが聞いた。


「老夫婦の炉と同じ刻に」


「村長代理が最後でいいのか」


「最後じゃない。学校の火番表と同じ列に置く」


 エマは言った。自分を後にすれば正しいわけではない。ユリクの家だけを例外にすれば、学校の子どもと一緒に待つ家をまた紙の外へ出す。家の印を学校の札の隣へ置き、次の湯桶を誰が受けるかはティナが決めることにした。


 ほどなく、隣の老夫婦の妻が戸口へ現れた。釘へ掛けた毛布を抱えている。


「湯袋はまだ冷えてない。毛布は学校へ」


 彼女は自分で決めた刻を守り、毛布をティナの使いへ渡した。エマは止めなかった。借りた火を返すために、老女が自分の夜を削るのではない。自分の札に書いた戻す条件が、今も越えていないと、本人が確かめたのだ。


 エマが西村の蓄魔車の札を待っていると、雪をかぶった少年が共同炉へ駆け込んだ。西村の患者車を引いていた女の弟だ。


「車が止まった」


 息を切らし、言葉が途切れる。


「峠の下。車輪が雪へ沈んで、石が揺れた。西村へ渡すはずの蓄魔車も、そこから動けない」


 エマは炉の板を見る。西村の治療所は、夜半に蓄魔車が着くことを前提に、寝台の暖めを一つ減らしている。今、車が止まれば、向こうの紙も、こちらの順番も変わる。


「警報鐘は鳴った?」


「まだ。車の青い灯が点いたって。御者は、動かす前に人を呼べと言った」


 青の警報灯は、監視中で停止基準未到達の印だ。止まったと聞いて、皆を雪へ走らせるわけにはいかない。エマはすぐにミナを呼び、ナダとティナへ西村の札を見せた。


 「治療所は、次の薬湯を小さくする。学校は湯桶を一つに戻す。牛舎は」


 メラが、自分から言った。


 「家の蓄魔石を水桶へ使う。村の石箱は西村へ残せ」


 メラはそれだけ言うと、少年へ家の蓄魔石を渡した。少年は石を抱えて牛舎へ戻る。水桶の氷を割るのに使えば、家の灯は暗くなる。だが石箱の一刻を牛舎へ引けば、西村の寝台が先に冷える。エマは少年を引き留めず、札へ《家石・水桶》とだけ書いた。家の夜をどこまで差し出すかは、メラ自身が決めた線だった。


 エマは頷いた。誰か一人がすべてを決めた夜ではない。各々が自分の札を見て、どこまで細くできるかを言った。


 それぞれの声は小さい。だが、炉の火を次の刻へ渡すには、それで足りた。


 エマは板の釘を、冷えた指で最後まで押し込んだ。


 ミナは、車を見に峠へ向かうと告げた。雪は既に膝まで来ている。


 共同炉の火が、風にあおられて低く鳴った。

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