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俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


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第3巻 第二十九話 熱を運ぶ車

エマは、封印札の貼られた荷車を見送らなかった。


 代わりに、蓄魔車の車輪へ藁を巻いた。村の共同庫に残った車は一台だけだ。封印を免れた二つの蓄魔具を、車の側面の受け具へ固定する。石箱から受けた熱を、道の先へ運ぶための車だが、蓄えそのものを増やす車ではない。荷が減れば、次の村へは空に近い石を引いて行くことになる。


「西村から先にする」


 エマが言うと、御者のハルが馬具を締めながら顔を上げた。


 車へ積む蓄魔具は、石箱から出す前にミナが量を確かめた。夜の分を削って車へ積むわけにはいかない。西村へ渡せるのは、昼の流れが少し太くなる刻に蓄えた分だけだ。石は二つとも同じ明るさではない。片方は患者車の峠越え用、片方は製粉所の臼を温め直す用として、最初から行き先を分ける。


「途中で入れ替えないでください」


 ミナは受け具の紐を結びながら言った。


「石が暗くなったから別の方を足す、はしない。どちらをどこで使ったかが混ざると、帰ってから朝の分を量れなくなります」


「片方が余っても?」


「余ったなら、余った刻を書いて持ち帰る。車の上で別の札を増やさない」


 エマはその言葉を繰り返さなかった。行き先を決めてから動かすのは、村の炉で覚えたことだ。今度は雪道の上で、それを守る。


「治療所か」


 「患者車が峠で止まる刻に、ここから一つ渡す。戻りに、川下の製粉所へ残りを回す」


「途中で、山口の避難小屋を通る」


 ハルが地図代わりの木板を示した。避難小屋には、今朝から雪崩を怖れて二家族が入っている。炉はあるが、蓄魔具はない。


 エマは板を見つめた。車は一台で、石は二つ。避難小屋へ寄れば、西村の患者車か、川下の粉が遅れる。


「小屋には、炉板の人がいる?」


「いない。今朝、急に入った」


「なら、石は渡さない。今は寄って、人数と火の残りだけ聞く。札を持ち帰る」


 冷たい決め方だった。それでも、見ずに通り過ぎれば、次の札にすらならない。ハルは馬具を締め直し、避難小屋の印へ小さな炭点を付けた。


「ミレアの牛舎は」


 メラが聞いた。責める声ではない。木札を胸へ入れ、牛の朝を後にした時と同じように、何が戻るかを先に知ろうとする声だ。


「炉の石箱から直接、日の出前に半刻出す。車は来ない」


「分かった」


 メラは短く言い、車輪の後ろへ凍り止めの灰を撒いた。


 車の上には、湯袋、毛布、患者車の予備留め具、そして小さな砂時計が積まれた。どこでどれだけ渡したかを、御者一人の覚えにしないためだ。ハルの隣には、学校の火番をしたティナが乗る。西村の治療所で誰が受け取ったか、ミレアの炉で次に何が減るかを、帰りの板へ持ち帰る役を頼んだ。


「先生まで道へ出すのか」


 エマが言うと、ティナは毛布の端を押さえた。


「学校の朝を後にした分が、どこへ行ったかを知らずに、次の火番表は書けません」


 車は村を出た。最初の坂は、昨日の荷車が残した轍の上を進む。雪は浅いが、石が隠れている。ハルは馬を急がせず、曲がり角ごとに車輪の藁を締め直した。蓄魔具は揺らすだけでも、石の内側の流れが乱れる。青の冷却灯は車の側面にない。走る車では、石の表面の熱と、受け具の霜を見て、無理をしていないかを読むしかない。


 峠の手前で、患者車が待っていた。引き手の女は、昨日レントへ言葉を残した者だ。車の中には老人が一人、毛布を鼻まで被っている。手を温めるための炭袋は、既にぬるくなっていた。


「車を止める刻は、書いた?」


 エマが聞くと、女は札を出した。


 《峠手前、風強。留め具白霜。湯、一口》。


「書いた。だから、来ると思った」


 期待の言葉に、エマは胸が痛んだ。蓄魔車が来られない日もある。けれど今日は、ここへ渡すと決めて来た。


 ハルと女が、封印を免れた蓄魔具の一つを受け具から外す。白の残留灯は点いていない。石は車から独立しており、接合を外しても残った魔力が跳ねる状態ではない。ミナが教えた通り、念のため金具の冷えを触ってから、女の車の湯袋管へ差し込む。


 石が淡く光り、湯袋に温かさが戻った。老人の手が毛布の中で動く。女はすぐ車を動かさず、留め具の霜が解けるのを待った。


「全部は渡さない」


 エマが言った。


「峠を越えたら、湯袋を外して、治療所の炉へ繋いで。石を空にしたら、札へ書く」


「分かってる」


 女は頷いた。


「これがあれば、今日の一人は行ける。でも、寒波の夜に何人来るかは知らない」


 車は西村へ向かい、蓄魔車は空いた受け具を一つ抱えたまま川下へ下りた。


 避難小屋では、幼い子が炉の前で眠っていた。母親は薪を細く割り、火を長く持たせようとしている。エマは石を渡さず、代わりに小屋の扉が内側から閉まるかを確かめた。隙間へ藁を詰め、ハルは車から一本だけ予備の留め具を渡した。熱そのものではない。だが戸が風で開けば、薪をどれだけ残しても朝まで持たない。


「明日、札を持って炉へ来て」


 エマは母親へ言った。


「火が何刻持ったかと、誰がここにいたか。次に車が出る前に、ここを後から数えないために」


 母親はすぐに礼を言わず、眠る子を見たあとで頷いた。石を置いていかないことを、納得したわけではない。それでも、車が戻る道を知るために、木札を受け取った。


 製粉所では、ブラムが戸を開けて待っていた。石臼は止まり、粉袋が三つだけ壁際にある。


「遅かったな」


「峠で一つ渡した」


「なら、ここへは半刻だ」


 ブラムは怒らなかった。臼を動かすために必要な量を、車が来る前から量っていた。受け具へ残った蓄魔具を繋ぐと、石臼の冷えた縁が少しずつぬるくなる。ブラムは麦を一袋だけ開け、粥用の細かい粉から挽き始めた。


 半刻後、石は目に見えて暗くなった。青い警報灯が、車の小さな監視具に点く。監視中で、停止基準には届いていない。ブラムは臼を止め、残った麦を袋へ戻した。


「ここまでだ」


 彼が言う。


 エマは車の砂時計を返した。ミレアを出てから、西村、製粉所、戻り道。これだけで一日が半分過ぎる。夜にもう一度石箱へ戻しても、同じ車が三つの村を巡るには、刻が足りない。


 帰りの坂で、雪が急に深くなった。車輪が轍から外れ、片方の受け具が石へ当たった。ハルがすぐ馬を止め、ティナが毛布を下に敷く。エマは車輪の藁をほどき、石の側面が割れていないかを見る。残りの蓄魔具は、まだ暗い。けれどここで急げば、次の朝に使える分まで失う。


 三人で車輪の下へ枝を差し、馬を一歩ずつ引かせた。手が雪へ沈み、袖まで濡れる。ようやく車が轍へ戻った時、ティナの指が赤くなっていた。


「学校の火番なら、もう交代の刻です」


 ティナは指を握った。


「でも、今日は車の火番だった」


 エマは、彼女へ残った湯を少し渡した。車で熱を運べば、別の誰かの仕事を運ぶ手が冷える。荷車一台で穴を埋めようとするなら、道を進む人の刻まで数えなければならない。


 共同炉へ戻った時、板には西村の札と製粉所の札が増えていた。患者車は峠を越えた。粉は二袋増えた。今日だけなら、車は役に立った。


 だがハルが砂時計を並べ、静かに言った。


 「寒波は三夜だ。一台では、一夜に西村と川下しか回れない」


 ハルは砂時計の横に、車輪の藁を一束置いた。往復で濡れ、半分は使い物にならなくなっている。


「石だけでなく、車も三夜は持たない。今夜のうちに藁を替え、馬を休ませる。明日、同じ道へ出れば、峠へ着く刻がもっと遅くなる」


 エマは、車が今日運んだ熱だけを数えなかった。車輪へ巻く藁、馬の餌、御者とティナの濡れた手袋。どれも、次の車を出すために残さなければならない。熱を運ぶ車は、熱だけを運んでいるのではなかった。


 牛舎、学校、治療所、製粉所。札の紐は、車輪より多くの先へ伸びている。


 封印分に頼らず運んだ熱は、三夜を越すには足りなかった。


 エマは車の側板へ、その日の札を釘で留めた。峠の患者車、避難小屋、川下の製粉所、濡れた藁。車は戻ってきたが、今日できたことと、明日できないことを同じ板に残す。


 ティナが、濡れた手袋を炉のそばへ干しながら言った。


「車を二台にすれば」


「石も御者も馬も二つ要る」


 ハルが答える。


「道も二本にはならない」


 エマは、避難小屋の札を指で押さえた。車を増やす前に、どの夜にどの道が通れるかを決めなければ、二台の車が同じ峠で止まるだけだ。今夜は足りないと書く。足りないからといって、明日の車を無理に増やさない。その決め方を、寒波の前に村へ持ち帰る必要があった。

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