第3巻 第二十六話 王都の封印
ノアは、青い封印札の数を数える前に、荷車の車輪を見た。
村道へ入って来た二台の荷車は、雪を巻き上げず、重い荷だけを押していた。車輪の鉄輪には新しい泥が付いている。王都の石畳から来た車ではない。山裾の契約倉を回り、既にいくつかの箱を積んで来た車だと分かった。
先頭の男は馬から降りた。長い灰色の外套の裾を払ってから、首に下げた印章を見せる。四十を少し越えた顔には、旅の疲れより、寝ていない者の硬さがあった。
「クレイ・ホルン。王都供給契約の代理として来た」
ノアは名を聞いても、すぐに挨拶を返せなかった。共同炉の横には、昨夜からの板が立っている。《日の出前の仕事》の下に、牛舎、学校、治療所の札が増えていた。その前を、王都の男がまっすぐ蓄魔具置場へ向かう。
「余剰蓄魔具の差押えですか」
ノアが問うと、クレイは足を止めた。
「契約の未達分を、可搬の蓄えから補う。ここにあるのは地域基盤ではない。王都に返すよう定められた供給分だ」
「この村は、冬季の最低線を試験しています」
「聞いている」
クレイの視線が板の木札をなぞる。読めないのではない。読んだ上で、ここへ来た顔だった。
「だが私は、王都の二つの治療工房と、北門の防具工房へ届く分を止める権限を持たない。治療工房では、熱がなければ薬液を保てない。防具工房では、雪へ出る隊の留め具を打てない。未達が続けば、私だけでなく、契約を結んだ各領の供給枠ごと削られる」
言葉のどこにも脅しの響きはなかった。そのせいで、ノアはかえって腹の奥が冷えた。王都にも、暖めなければならない薬と、凍る道へ出る人がいる。だからといって、ミレアの朝を、余った箱の中に入れてよい理由にはならない。
「差し押さえる物を、先に見せてください」
ノアが言うと、クレイは部下へ顎を引いた。二人の執行人が置場の扉を開く。中には手提げ用の蓄魔具が八つ、壁の鈎に下がっている。家の灯を補う小石より大きく、蓄魔車の石より小さい。病人を移す車の湯袋、炉の火種、雪道で止まった者の手を温めるために、村が集めていた予備だ。
メラが前へ出た。
「それは余りじゃない。朝に石箱が空いた時、牛舎へ運ぶ分だ」
クレイは彼女へ顔を向けた。
「どの一つを、いつ使う予定でしたか」
メラは答えなかった。昨夜まで、その問いへ返せる札はなかった。
「使う予定がない物を、余りと呼ぶのか」
クレイは続けた。
「私はそうは思わない。しかし契約は、月の終わりに倉へ残った可搬蓄魔具を、王都の返納物として数える。ここに、冬季の例外は書かれていない」
ノアの手の中で、指が冷えた。空欄の例外。何度も見た言葉が、今度は鈎に下がった八つの道具を指している。
「新しい地域蓄魔庫は」
ミナが石箱の前から言った。
「これは差押えの品目に入っていますか」
「入っていない。地域流路の安全設備として登録されている」
クレイは帳面を開いた。
「その中の蓄えにも手は出さない。ただし、箱から外へ出した可搬具を、返納予定分の代わりにすることは認められない」
ミナは口を結んだ。新しい石箱を守れても、そこから人へ熱を運ぶ腕を取られれば、村はまた一つの場所でしか熱を使えない。
執行人が最初の蓄魔具を鈎から外した。白の残留灯が、道具の側面に淡く点いている。昨夜、充填の確認に使った余りの魔力がまだ残っている印だ。
「待ってください」
ミナが手を上げた。
「残留灯が消えるまで、固定輪を外さないで。接合部を急に抜けば、残った分が跳ねます」
執行人は怪訝そうにクレイを見た。クレイはすぐに止める合図を出す。
「術者の言う通りにしろ。ここで一つ割れば、王都へ持ち帰る量も、村に残す安全も失う」
ノアはその一言を聞いた。クレイは、箱を奪うために壊してよいと思っているわけではない。壊れれば彼自身の帳面にも穴が開き、王都の工房へも届かない。だから待てる。だが、待って残留灯が消えれば、持って行く。
白い光が消えるまでの間、誰も炉へ戻らなかった。蓄魔具の周りに人が集まり、息だけが白く揺れる。小さな子が母の裾を握り、メラは鈎の下へ置いた桶を見ている。誰もが、昨日なら「余り」と言われても、ここまで立ち止まらなかったかもしれない。
灯が消えた。
執行人は固定輪を外し、蓄魔具を厚い布で包んだ。青い封印札を一枚、布の結び目へ貼る。札の端を押さえた時、白い石面へ細い封印紋が走った。
「封印は、使用できなくするだけです」
クレイが言った。
「中の蓄えを捨てるわけではない。王都で受領を確認し、返納量へ入れる」
「寒波に間に合う時刻に、戻ることは」
ノアが聞いた。
「約束できない」
その返事だけは、クレイの声が少し低くなった。
「寒波は王都にも来る。返納後の再配分は、中央蓄魔庫の判断になる」
ノアは、荷車の脇に置かれた受領箱を見た。箱の蓋には、返納先ごとに小さな札が付いている。薬液保温と書かれた札は二枚、留め具鍛造と書かれた札は三枚。ミレアから取る五つが、王都で誰の手へ渡る予定かまで、クレイは既に書いている。
「これは、今日ここで決めたんですか」
「いいえ。山の契約倉を出る前に、欠けた数を埋める先として決まっていた」
クレイは札の一つを指で押さえた。
「王都の工房にも、明日になれば使う者がいる。だから私は、こちらで余りが出るのを待てない」
ノアは、返納先の札を読むたび、共同炉の板を思い出した。向こうには向こうの刻がある。だが、紙に先に書かれた刻だけが、ここでまだ書き始めた刻を押しのけている。
置場の隅で、ユリクが姉の外套を握っていた。治療所から戻ったばかりで、手袋の指先がまだ厚い。
「それ、学校の火に使うんじゃなかったの」
エマが答える前に、クレイがしゃがんだ。
「学校の火に使うことを、今から札へ書いてくれ。今日の箱は戻せないかもしれない。でも、次の箱を同じように数える前に、王都へ出す」
「書いたら、取らない?」
ユリクは聞いた。
クレイはすぐに頷かなかった。
「書いただけでは約束できない。けれど書かなければ、返納物の欄しか残らない」
子どもへも曖昧な慰めをしない返事だった。ユリクは口を結び、エマの外套から手を離した。ノアは、その姿を見て、クレイが単に村の言葉を信じていないのではなく、信じるための欄を持っていないのだと思った。
八つのうち、治療所の非常扉に使う一つと、蓄魔車へ固定済みの二つは残された。クレイは品目の印を指で確かめ、封印の対象から外す。非常扉を閉められない治療所と、今動いている車まで止めれば、執行そのものが人を閉じ込めるからだと言った。
残した三つにも、クレイは細い赤糸を結んだ。封印ではない。現に使っているため返納を見送った印で、次の照合で数えるためのものだという。ノアはその糸を見て、村に残る物まで、既に次の差押えの数へ入っていることを知った。
「これは外せませんか」
「勝手には」
クレイは答えた。
「車が峠で止まり、治療所の扉が開かず、何のために使ったかが札で残るなら、私はここへ戻して使途を写す。だが、私も王都へ空の報告は出せない」
差押えを止めない人間が、残す物の使い道を尋ねる。そのことがノアには苦かった。けれど、赤糸を結んだだけで終わらせず、次に誰が外し、何を残すかを紙にするなら、村側にもその紙を持つ者が要る。
それでも、持ち出された五つは荷車の箱へ入った。空いた鈎が壁に並ぶと、置場は急に広く見えた。
ノアは差押え証文を受け取った。紙の下には、王都の供給印、契約番号、返納物の数、そして執行の根拠となる更新番号がある。雪の白さより、紙の黒い数字の方が目へ刺さった。
クレイは荷車へ戻る前に、共同炉の板をもう一度見た。
「寒波まで二日だ。私もそれは知っている」
「知っていて、持っていくんですね」
エマが言った。
クレイは否定しなかった。
「知っているから、返納先で何に使われるかも書く。あなた方も、残す物がいつ誰を守るかを書いてくれ。紙に書かれない必要は、王都では先に消える」
それは助言の形をしていた。だが、今朝書き始めた札を、五つの空いた鈎の代わりにはできない。
荷車が動き出すと、風見石の鈴が山側で鳴った。高い、短い音が二度続く。雪雲が尾根を越える時の音だ。
クレイは空を見ず、御者へ出発を命じた。
寒波の到来まで、二日しかなかった。




