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俺に魔法は使えない。でも、なぜ王国の結界が落ちたのかは説明できる  作者: pj.masta


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第3巻 第二十一話 削る順番

エマは、共同炉の前に置かれた薪を一本もくべなかった。


 夕刻の炉は、いつもなら製粉所から届く粉袋を乾かし、帰ってきた子どもの手袋を湯気でほどく場所だった。今日は戸が開け放たれ、冷えた石床の上へ、村じゅうの椀と木札が並んでいる。治療所のナダが薬湯用の黒い椀を置き、学校のティナが火番表を巻いた板を置き、メラが牛舎の戸から外した札を置いた。昨日は四桶、今日は三桶、と炭で書かれた札だった。


 炉の奥では、赤の確認灯が小さく点いていた。遠くの流路から運転信号を受けているという印だ。火の勢いを保証する灯ではない。実際、炉口の鍋はぬるく、湯気は鍋の縁を越えられずに落ちている。


「この灯が赤いから、夜を越えられるわけじゃない」


 エマは集まった者へ言った。


 声が、思ったより乾いて聞こえた。村長代理になってから、足りないものを数える場はいくつもあった。薪、薬草、雪を除ける腕。だが、足りない熱を先に誰から取り上げるかを、本人たちの前で言うのは初めてだった。


「今夜から三日、村へ来る量は変わりません。増える見込みも、まだありません。だから、残す順番ではなく、減らす順番を決めます」


 戸口の男が腕を組んだ。手臼を回しているゴドだ。


「決めるのは代官の机だろ。俺たちが言っても、最後には上から札が来る」


「札が来る前に、ここで決めたことを持っていく」


 エマは炉の横の板へ、炭で三本線を引いた。


 一本目には、治療所の最低火。眠っている者の湯袋と、薬を飲ませる湯を残す。二本目には、夜の避難室と、学校で朝を待つ子どもの火。三本目には、明日の朝へつなぐ製粉と牛舎の熱。


「この三つを、全部いつも通りにはできない。だから、どこを細くしても止めないかを、使う人が言ってください」


 ナダが、黒い椀を指で叩いた。


「治療所は、炉を消せない。けれど寝台の間の暖めは減らせる。薬湯を作る刻だけ炉の近くへ人を寄せて、湯袋は一度に替えない。冷え直した人を見つける手は残す」


「それで足りるのか」


 誰かが言う。


「足りない人が出たら、椀を増やすんじゃない。眠り方と指先を見る。そこで止める。私が言う」


 ナダは椀を持ち上げなかった。削れる、と言いながら、その線を越えたら治療所を優先に戻す責任を引き受けている。


 ティナは板の火番表を広げた。小さな手の印が、鐘の絵の下へ並んでいる。


「学校は夜の授業をやめます。避難室の火鉢も一つにする。けれど、日の出前に起こす順番と湯桶二つは減らせません。そこを削れば、眠っている子が冷えてから気づく」


 ゴドが眉を寄せた。


「子どもの湯を守って、臼を止めろと」


「臼が止まれば、粥が消える」


 ブラムが、粉のついた手袋を炉の縁へ置いた。


「だが臼は、夜に一刻だけ回しても粉を出せる。熱を渡してから動かせば石が冷え、半端に回せば麦を無駄にする。削るなら製粉の量じゃない。回す刻を後ろへずらす」


 それぞれの言葉は、取り合うための言葉ではなかった。自分の仕事のどこまでなら折れるかを、先に差し出す言葉だった。それでも炉のそばにあるメラの木札を見ると、エマの胸は狭くなった。


「牛舎は」


 エマが聞く前に、メラが答えた。


「牛の背を温めるのは後にする。水桶と搾乳台を先にして、乳を取る。家の灯を持ち込む日もある」


「それでは一頭が倒れる」


 メラの隣にいた少年が言った。牛舎で桶を運んでいた子だった。母の顔を見たあと、すぐ視線を下げる。


「倒れるかもしれない」


 メラは否定しなかった。


「だから、熱が来なかった刻も札へ書く。三日続いて水が割れない、乳が二桶を切る、立てない牛が出る。このどれかなら、牛舎は後ではない。誰かに言われる前に、俺が炉へ来る」


 エマは、少年の小さな手が桶を握っていたことを思い出した。ここで牛舎を後ろに置けば、自分の村の朝を削ることになる。だが、隣の西村の治療所では、今朝も一人が車へ乗れずにいると聞いていた。流路がつながる先にあるのは、地図の村名だけではない。


 炉の前の空気が止まった。


「西村の治療所を、牛舎より先に置きます」


 エマは言った。


 口に出してから、冷えが腹の奥へ落ちた。メラは何も言わず、木札の端を押さえている。


「ミレアの牛舎が後になる。これは私が決めることじゃない。牛舎の人が、まだそれでいいと言うなら、そう書く。違うなら、ここで変える」


「いい」


 メラの返事は早かった。


「ただし西村にも、同じ札を出してもらう。向こうが何を減らしたか、何を越えたら返すか。こちらだけが腹を見せるなら、順番にはならん」


「出してもらう」


 エマは頷いた。


 ゴドが炉口を見た。鍋の湯はまだ沸かない。


「王都の工房はどうする。あっちが昼でも最大量を取るから、朝に足りないんだろ」


「今夜の村の順番で、王都を削れはしない」


 エマは答えた。


「でも、村が何を削って生きるかを、空欄の札に押し込ませない。ノアたちが、村の席を作ると言っている。そこでは、王都も理由を出させる」


 炉の赤灯が一度だけ明るくなり、また元の細さへ戻った。信号を受け取っただけだ、と誰もが知っている。だから人々は灯を見上げたまま安心せず、椀と札を近くへ寄せた。


 最後に、エマは板の下へ四つ目の線を足した。


 《削減を戻す条件》。


 ナダは患者の指先、ティナは起こす人数、ブラムは石臼の冷え、メラは乳と牛の足を言った。ゴドは、粉袋が二つを切ったら夜の製粉を先へ戻すと加えた。自分の分を譲ると決めるだけでなく、譲り続けて壊さないための言葉だった。


 エマは一人ずつの名を板へ書かなかった。誰が何を引き受けたかは、本人の札と印で残すことにした。村長代理の筆跡だけになれば、また村の人間が決めた順番ではなくなる。


 それでも、札を留めただけでは順番にならない。エマは炉の脇に、四つの小皿を並べた。治療所、学校、製粉所、牛舎と炭で書く。各家が持ってきた小石を、まず自分で減らせる場所へ一つ置く。次に、どうしても越えられない線の皿へ一つ置く。子どもの手も、字を書けない老人の手も、石なら置ける。


 メラは最初に牛舎の皿へ石を置き、次に西村治療所と書かれた小皿へ置いた。西村の皿は、ハルが持ってきた札をエマが置いたものだ。自分の牛を後へ回すと決めても、隣村の名だけを信じるのではない。西村にも同じ二つの石を置かせるための印だった。


 ナダは治療所の皿へ一つ、学校へ一つ置いた。薬を飲む患者は、朝に乳を待つ子どもと別の列ではない、と言う代わりに。ティナは学校と製粉所へ置いた。夜の授業を減らせても、朝に子どもが粥を食べられなければ火番表は続かない。


 ゴドは石を手のひらで転がし、最後まで置かなかった。


「臼はいつも、後に回される」


 誰も急かさない。ブラムが、粉のついた親指を見せた。


「後に回すなら、俺が回せる刻も一緒に書け。止めるだけなら、粉は戻らん」


 ゴドはようやく、製粉所と学校の皿へ石を落とした。乾いた小さな音が二つする。石の数で命の重さを決めるわけではない。どの順番にも、別の暮らしの手がつながっていると、互いに確かめるための音だった。


 エマは、皿に残った石を数えなかった。牛舎を後へ置くことに、誰が同意したかではなく、どの条件なら戻すかを、札へ書き足す。西村の治療所が薬湯の刻を越え、ミレアの牛が立てず、製粉所の粉が二袋を切ったら、席を呼び戻す。誰かが我慢したから続けるのではなく、我慢を止めるために戻る。


 炉の外で、雪かきの手を止めていた老婆が言った。


「明日、石を置く人が違ったら」


「札を読んで、違うと思えば変えます」


 エマは答えた。


「今日の石は、明日まで村を縛りません。でも、変えるなら前の人が何を削ったかを見てから変える」


 老婆は頷き、自分の石を学校の皿へ置いた。孫が火番表の端へ名を書いたと、さっき聞いたばかりだった。


 石を置き終えたあと、エマは皿を片づけなかった。夜の薪を取りに来る者が、決まった順番だけでなく、そこへ置かれなかった石も見られるようにする。牛舎の皿には、メラの石の横に小さな石が一つ残った。少年が、黙って置いたのだろう。


 エマはそれを動かさない。


「牛舎は後にする。でも、消すわけじゃない」


 誰へともなく言うと、メラが頷いた。村が削る順番を決めるとは、足りないものを見えなくすることではない。後へ置いたものが、いつ戻るべきかを皆で見失わないことだった。


 炉へ最初の薪をくべる時、メラが木札を裏返した。炭で、新しい一行を書き足す。


 《西村治療所、先。牛舎、札で戻す》。


 その札を、メラは自分で炉の板へ釘で留めた。

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