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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第二章 ガルディア救出編

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第五十一話 あの日

 ホルスさんは、窓の外に目をやりながらぽつりと言った。


「……とはいうものの、だ」


「俺もお前も、できることはたいしてねぇ」


「せいぜい、ホップを迎えに行くくらいだ」


「そうですね」


 僕も、苦笑いを浮かべる。


「ああ」


 ホルスさんは、どこか遠くを見るような目で頷いた。


「あの賢いバルダン王のことだ」


「うまくやるさ」


 その声には、信頼と確信がにじんでいた。


 そのころ、城の奥深く。


 陽の届かない地下の小さな部屋で、一人の青年が目を覚まそうとしていた。



 その日は、突然やってきた。


 訳も分からないまま地下の小部屋へと連れてこられた、あの日から。


 粗末なベッドと机がひとつだけ置かれたこの部屋での暮らしは、もう半年ほどになろうとしていた。


 季節が変わり、外の空気の匂いだけが、廊下の隙間風に紛れて運ばれてくる。


 ホップは、ベッドの上で体を起こした。


「……はぁ」


 いつものように、息を吐く。


(今日も、外の空は見えない)


 そんな当たり前になってしまった日々の中で、ときどき思い出す。


 すべてが変わってしまった、あの日のことを。



「今日はテオ様が、王となられるための王家の剣披露式典だ」


 あの日の朝。


 まだ地下に送られる前、ホップは城の一角で、いつものように剣の手入れをしていた。


 そこへ、騎士ガレオンがやってきて、そう告げた。


「式典……ですか?」


 ホップは顔を上げる。


「何が行われるんですか、ガレオンさん」


「ん?」


 ガレオンは片眉を上げて、少し考えるそぶりを見せた。


「そうか、お前、見習いだから知らんのか」


「王家の剣の儀式だよ」


「王が次の王を選ぶときの、古い儀式だ」


「俺も王家の剣を見られるのかと思うと少し楽しみだ、書物や絵でしか見たことないからな」


「へぇ……」


 ホップは、興味半分といった表情で聞いていた。


「と言ってもな」


 ガレオンは苦笑する。


「血筋で言えば、テオ様しか次の王候補はいない」


「剣が扱えなくても、ただのお披露目」


「扱えれば尚よし、ってくらいだな」


「なるほど……」


 ホップは腕を組む。


「で、ガレオンさんは」


「テオ様が剣を扱えると思います?」


「ん?」


 ガレオンが、ぐっと言葉に詰まった。


「あ、いや、そのだな……」


 視線をそらし、喉元をかいた。


「……言いにくいこと聞くな、ホップ」


「それとこれは、他の騎士には絶対聞くなよ」


「皆、絶対反応に困るからな」


 テオ王子は、剣の腕がからっきしだった。

 それは城の騎士なら誰もが知っている事実だった。


「わ、分かりました」


 ホップは苦笑いしながら頷く。


「扱えなかったら、どうなるんです?」


「ああ、それはな」


 ガレオンは肩をすくめた。


「扱えなかったら扱えなかったで」


「順番に、王家、貴族、騎士が剣を持ち上げてみるのが慣わしだ」


「へぇ、じゃあガレオンさんも?」


「そうだろうな」


 ガレオンはにやりと笑う。


「その場にいるほぼ全員に、持ち上げる権利が回ってくる」


「次王が上がらなかった時の、ほら──」


「みんな上がらないから気にするなっていう、妙な緩和の意味があるらしい」


「はは……」


 ホップも思わず笑った。


「でもガレオンさんほどの腕だったら、もしかしたら上がるんじゃないですか?」


「バカ」


 ガレオンはぴしゃりと言った。


「あれは腕じゃないんだ」


「血筋に反応する剣だ」


「王家と、それに相応しい血でしか、上がらない」


「王に相応しいってことですか?」


「正確には、ちょっと違う」


 ガレオンは少し真面目な顔になる。


「王に相応しいじゃなくてな」


「『剣を持つに相応しい存在』に反応する」


「王の資質とは、また別の話だ」


「へぇ……」


 ホップは、剣の柄を指先でなぞる。


(剣を持つに相応しい、か)


「でもな」


 ガレオンが、ふっと口元を緩めた。


「あの貴族連中も、遠い血筋があるって思ってるから」


「持ち上げてやろうと躍起になってる姿が見られる」


「そればっかりは、ちょっと楽しいんだ」


「ガレオンさん、ちょっとダークっすね」


「ふふふ」


 ガレオンは笑いながらホップの頭をくしゃくしゃと撫でた。


「さ、配置につくぞ」


「お前、今日は門兵として立つんだったな」


「はいっす!」


 ホップは慌てて立ち上がる。


「準備します!」



 やがて、式典が始まった。


 大広間には、王族と貴族、騎士たちがずらりと並び、張り詰めた空気が漂っている。


 ホップは門の側で、他の兵とともに立っていた。


 王座の前。


 王バルダンが、静かに立ち上がる。


「テオ」


 重々しい声が広間を満たした。


「剣を」


「はい、父上」


 テオ王子は、少し緊張した面持ちで歩み寄る。


 玉座の前に安置されていた王家の剣へ手を伸ばした。


 柄を握り、ぐっと力を込める──が。


「重……っ!」


 剣は持ち上がるが、振り下ろす際、テオ王子は身体ごとよろめいた。


「ふ……う……」


 肩で息をしながら、無理に笑顔を作る。


「もう少し、でしたね」


「ワシも振れなんだ」


 バルダン王は、苦笑を隠さずに言った。


「気にすることはない」


 そして、振り返って広間を見渡す。


「では!」


 声を張り上げる。


「これから、この場にいる皆で、この剣を振ってみてもらおうではないか!」


「さあ、名乗り出るがよい!」


 広間がざわめいた。


「私が!」


「いや、ここは私が!」


「王家の古い血筋はこの私の家系にこそ──!」


 王族から貴族へと、次々と名乗り出る。


 しかし、誰一人として、剣を振るうことはできなかった。


「では、次は騎士だ!」


 バルダン王は、今度は下段に目を向ける。


「騎士団、前へ!」


「はっ!」


 ガレオンが一歩前へ進み出る。


 柄を握り、ぐっと持ち上げ──


「……ぬ、お、おもっ……!」


 振り上げ振り下ろすものの、そのままよろめいた。


「お、重い……」


 他の騎士たちも次々挑むが、結果はガレオンと大差ない。


 剣は、頑なに沈黙を守り続けた。


「次──」


 やがて、王の視線はさらに下へと向けられた。


「門兵の二人、こっちへ来い」


 ぎくり、と隣の兵が肩を震わせる。


「お前たちで最後だ」


 バルダン王が静かに告げた。


「やってみせよ」


「はっ! では、自分が」


 ホップが、一歩前に出た。


(どうせ、持ち上がりもしないだろう)


(でも──)


 柄に手を伸ばす。


 触れた瞬間、胸の奥で何かが、かすかに震えた気がした。


(……?)


「ほっ!」


 何気なく、そのまま剣を振り上げる。


 その瞬間。


 剣は、驚くほど軽く、空気を裂いて、弧を描いた。


 風を裂く音が、やけに大きく聞こえた。


 誰よりも、軽やかに、誰よりも、自然に。


「……え?」


 ホップ自身が、呆然と剣を見つめていた。


「な──」


 王座の上で、バルダン王が目を見開く。


「な、なぜだ……いったい、どういうことだ!?」


 広間が、ざわざわと揺れた。


「今のを見たか?」


「あの兵、たしか騎士見習いの──」


「王家の剣を……!」


「テオ様は振れなかったのに」


 ガレオンも、信じられないものを見るような目でホップを見ていた。


「な……ホップ……?」


 乾いた声が、広間に溶ける。


「な、なんでお前が──」


(俺、本当に、振ったのか?)


(この剣を──?)


 ホップの心臓が、激しく鳴り始める。



(まずい)


 バルダン王は、即座に悟った。


(このままでは、収拾がつかなくなる)


 テオ王子も、目の前の光景に固まったまま動けない。


 貴族たちは顔を見合わせ、ざわめきは波のように広まっていった。


「──静まれい!」


 バルダン王は、杖で床を強く叩いた。


「静まれ!」


 広間が、しん、と静まる。


「今のことが真実かどうか、確かめる必要がある」


 王の声は、あくまで冷静を装っていた。


「この者をひとまず、連れていけ!」


 指差された先で、ホップはきょとんとした。


「え? な、なんで俺──?」


 近くの兵が駆け寄ってくる。


「悪いな、ホップ」


「ちょっと来い」


「!?」


 その日を境に。


 王城から外への情報は絞られ、城下との交流は縮小され、通行証制度が導入されていく。


 バルダン王はあらゆる手段を講じて騒ぎを抑えようとしたが、門兵が王家の剣を振り上げたという噂は、一部の貴族から大商人へ。


 やがて──その噂は、テュリップを通してホルスたちの耳にも届くことになる。



 そして今。


 ホップは、その騒動の中心人物として、地下の小部屋に押し込められている。


 牢に入れられなかったのは、王自身も、どう処分していいか分からなかったからだ。


 処刑するにはあまりにも不確定要素が多く、しかし自由にすれば火種になる。


 結果としてホップは、地上から半ば忘れられた存在として、地下でその時を待つしかなかった。


「ホップー、おい、ホップ」


 鉄扉の向こうから、音がする。


「なんすか、ロブさん」


 ホップはベッドから降り、扉の小窓に顔を寄せた。


 そこには、この半年で一番顔を合わせている牢兵、ロブの顔があった。


「なんか上で動きがあったらしいぞ」


「動き?」


「お前の……処刑だとかなんとか」


「──は?」


 ホップの背筋に、冷たいものが走る。


「まさか、俺ですか」


「かもしんねえな」


 ロブは肩をすくめた。


「バルダン様も最近、打つ手なしって感じで悩んでたみてぇだしよ」


「ここで一発、帳尻合わせってわけかもな」


「そんな……」


(処刑……俺、殺されるのか?)


「ホップ!」


 その時、別の声が廊下に響いた。


「ホップはいるか!」


 聞き慣れた、張りのある声。


「ガレオンさん!?」


 ロブが慌てて姿勢を正す。


「ここです!」


「入るぞ」


 ガチャ、と重い鍵の音がして、鉄扉が開く。


 ガレオンが、いつもの鎧姿のまま部屋へ入ってきた。


「ホップ」


 真剣な顔つきで、ホップの肩をつかむ。


「大丈夫か」


「大丈夫じゃないです」


 ホップは、引きつった笑いを浮かべた。


「俺、処刑されるかもしれないって聞きました」


「お前を逃す」


 ガレオンは、一切迷いのない声音で言った。


「……は?」


「俺、逃亡者にはなれないですよ」


 ホップは首を振る。


「そんなの、嫌です」


「違う」


 ガレオンは、少しだけ目尻を和らげた。


「バルダン様直々の命令だ」


「お前を処刑されたことにして自由にする」


「……え? どういう、ことですか」


 ホップは、ガレオンの顔を見上げる。


「長く話している暇はない」


 ガレオンは首を振った。


「俺も、全部を分かっているわけじゃない」


「ただ、バルダン様が、お前を裏口へ案内せよ、と仰った」


「裏口……」


「でもな、ホップ」


 ガレオンは、ぐっとホップの肩に力を込めた。


「バルダン様の命令とか、そういうの抜きにしてもだ」


「俺は、お前を信じたい」


「お前は真っ直ぐだ、そして芯のある奴だ」


「そんな奴を、ただ殺されるままに放っとく気はない」


「ガレオンさん……」


 ホップの喉が、熱くなった。


「俺……」


「正直、もっと鍛えたかったがな」


 ガレオンは、少し寂しそうに笑う。


「お前はきっとモノになる」


「剣も、人間もな」


「正直隣に並んで戦える日を楽しみにしてたんだ」


 そう言って、腰の後ろから何かを引き抜いた。


 長い布でぐるぐるに巻かれた、それをホップに差し出す。


「それと──」


「これも持っていけ、とバルダン様が」


「これは……」


 ホップは両手でそれを受け取り、布の端をめくった。


 月光のような刃が、かすかに光る。


「ああ」


 ガレオンが頷く。


「王家の剣だ」


「そんな……!」


 ホップは慌てて布をかぶせ直した。


「俺なんかが、持っていっていいものじゃ──」


「お前には、何かあるんだろう」


 ガレオンは、静かに言う。


「運命みたいな、何かがな」


 ホップは、言葉を失った。


(運命、なんて)


(そんな大層なもん、俺が持ってていいのか)


(でも──)


「ありがとうございました」


 ホップは、ぎゅっと柄の部分を握りしめる。


「ガレオンさん」


「いつか必ず、俺──」


「いい」


 ガレオンは笑って手を振った。


「そんな先の話は、その時でいい」


「今は、とにかく生きろ」


 ガレオンは、布の端を整えながらホップの背中をぽんと叩く。


「いいから、早く行け!」


「他の者に見られたら、全部ぶち壊しだ」


「はいっ!」


 ホップは、王家の剣を布でぐるぐるに包み直し、背負うようにして抱えた。


 ロブが、廊下の様子をうかがっている。


「今だ」


 ガレオンが扉の外を示した。


「ホップ!」


 振り返りざま、ガレオンが叫ぶ。


「達者でな!」


「はいっ!」


 ホップは、全身で頷いた。


「ガレオンさんも、お元気で!」


 地下の小部屋を飛び出し、暗い廊下を走る。


 処刑されたことにされる青年と、背中には王家の剣を携えて。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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