第五話 テイム
次の朝、僕はいつもより少し早く目を覚ました。
布団の中で少しだけ天井を見つめる。
昨日、おじいちゃんに呼ばれてから、頭のどこかがずっと落ち着かなかった。
祠でのこと。
あの時、自分の中で何かが動いたような感覚。
僕は布団から起き上がり、顔を洗った。
冷たい水が頬に触れると、少しだけ頭がはっきりする。
簡単に朝食を済ませる。
「今日はおじいちゃんのところに行くんでしょ?」
母さんが声をかけてきた。
「昨日、呼ばれたからね」
「そう、ちゃんと話を聞いておいで」
「分かったよ」
短く返しながらも、心の中では少し不安だった。
僕は支度を整えると、家の戸を開けた。
朝の空気が、少し冷たくて、気持ちいい。
僕は村の坂へ向かって歩き出した。
⸻
村の真ん中の坂を上がると、おじいちゃんの家が見えてくる。
祠で起きたこと。
あの時、自分の中で何かが動いた気がしたこと。
それが全部、おじいちゃんの話に繋がっているような気がしていた。
玄関の前で一度深呼吸してから、扉をノックする。
「おじいちゃん、フライだよ」
「入っといで」
おじいちゃんの声は、いつも通り穏やかだった。
囲炉裏の火は小さく、湯気の立つ湯呑が二つ並んでいる。
その変わらない景色に少しだけ安心しながら、僕は中へ入った。
「座りなさい」
「うん」
言われるまま腰を下ろすと、おじいちゃんはすぐに本題に入った。
「文献を解読してみて、分かったことがある」
「ゼインの血筋、竜の眠る周期、それから契約」
「この三つが噛み合っとるのが……どうやらフライ、お前になる」
その言葉に、胸の奥がざわっとした。
「どういうこと?」
おじいちゃんは、囲炉裏の火を見つめるようにして続ける。
「文献には、こう書いてあった」
『血を継ぎし者は、竜と契り、力を持つ』
「文献によると、その力は、モンスターと繋がり、心を通わせる力らしい」
「名を“テイム”と言う」
「……テイム?」
思わず聞き返していた。
おじいちゃんはゆっくり首を振る。
「わしも詳しく分かっとるわけではない」
「じゃが、お前は昔から言っとったろう」
「何か気配を感じるとか、動物の声が聞こえるとか」
「今でも聞こえるよ」
僕は頷いた。
「それもテイムの力、その入り口なんじゃないかと、わしは思う」
「もう少し文献を読み解ければ、分かることも増えるじゃろう」
おじいちゃんは少し困ったように笑った。
「なんせ、文字が見えたり見えなかったりでな」
「詳しく知るには封印文字の解読を進める必要がある」
「それまでは、フライ自身がその力を自分で知ることも大事じゃと思う」
「自分で……」
僕は膝の上の手を見た。
あの時の手の甲の感覚を思い出す。
「竜がこの地で眠ってくれたおかげで、この村はここまでやってこられた」
おじいちゃんの声が、少しだけ低くなる。
「じゃが、それが揺らぎはじめとる今、どうせねばならんか」
「わしは、フライのその力にこそヒントがあると思うておる」
その言葉を聞いて、僕は俯いた。
「僕に……本当にそんな力があるのかな」
実感なんて、まだほとんどなかった。
竜だの契約だのと言われても、急に自分のことだとは思えない。
おじいちゃんは、そんな僕を責めるでもなく見つめた。
「全部を今すぐ分かろうとしても無理じゃろうな」
「ただ、竜の力がお前にあるということだけは、わしは確かじゃと思う」
「今まで祠に入れた者などおらんかったしな」
僕は、祠でのことを思い返す。
「祠でのこともあったから、僕に何か特別な力があるのかなって気はしてる」
「でも、具体的に何ができるのかは、さっぱりで……」
頼りない声だった。
それでも、おじいちゃんは満足そうに目を細めた。
「それで十分じゃ」
「今から知っていけばよい」
(竜の力、テイム……)
僕は心の中で呟いた。
話を聞き終えても、しばらく言葉が出てこなかった。
「わしも、まだ分からんことだらけじゃ」
おじいちゃんが湯呑を手に取りながら言う。
「ゼインが残した文献にも、読み解けた部分で書いてあるのは、テイムの力のこと、竜の眠り、この地の話……そのくらいじゃ」
「じゃがな」
「わしは、この地にモンスターが溢れる前に、何ができるのか探すつもりじゃ」
みんな、自分にできることを探している。
おじいちゃんも。
ホルスさんも。
ホップだって、そうだった。
村のために何かできるかもしれない。
誰かを助ける力になるかもしれない。
そう考えると、何もしないままではいたくなかった。
「僕も……できることがあるなら、村のために力になりたい」
気がつけば、そう口にしていた。
「そうか」
おじいちゃんがゆっくり頷く。
「それなら、まずやるべきことは、自分の力を知ることからじゃろうな」
「モンスターの心が本当に読めるかどうかを確かめるところからじゃろうな」
「心を読む……」
「グラムが、モンスターに襲われた場所がある」
おじいちゃんは、北の森の方角を指した。
「あの周辺には、まだ痕跡が残っとるはずじゃ」
「そこへ行って、その力でどこまで感じ取れるか試してみるのはどうじゃ」
「それって……」
「危険はある」
おじいちゃんは、はっきり言った。
「じゃが、お前一人では行かせん」
「ホルスに同行してもらう」
「グラムのところにも話を通して、ハンターの狩りにお前を同行させてもらうつもりじゃ」
「狩りに、僕が……」
「そうじゃ」
おじいちゃんは、僕を見て続けた。
「もともとハンターたちも、近いうちにグラムを襲ったモンスターの痕跡を探りに行くつもりじゃろう」
「グラムがやられて、黙っている連中ではない」
「危険をそのままにはしておけんしの」
「ただし」
そこで、おじいちゃんの声が少しだけ強くなる。
「フライの役目は戦うことではない」
「ホルスたちハンターが戦う」
「退路も確保する」
「お前はその後ろで、自分の力がどこまで使えるか、それだけを確かめればいい」
「……もし、その時に何もできなかったら」
そう聞くと、おじいちゃんはきっぱり言った。
「それはそれでよし」
「できんかったという事実を持ち帰ればいい」
「知ること自体が、お前にとって大事な一歩じゃ」
何もしないでいるより、ずっといい。
できなかったとしても、力と向き合うことにはなる。
そう思うと、不思議と怖さだけではなくなった。
「行ってみるよ」
「僕も、自分の力のことを知りたい」
おじいちゃんの口元が、少しだけゆるむ。
「そうか」
「急にこんな話になってすまんの」
「ホルスとハンターには、話を通しておく」
僕は、ゆっくり顔を上げた。
もう、この不思議な力から逃げたくなかった。
「やってみる」
自分の声が、今度は思ったよりしっかりしていた。
「グラムさんが何に襲われたのか」
「これから何が起きそうなのか」
「できるなら、僕のこの力をちゃんと確かめたい」
おじいちゃんは、しばらく何も言わずに僕を見ていた。
やがて、ゆっくり頷く。
「じゃあ、決まりじゃな」
「明日の朝までに準備をして、村の門へ行ってくれ」
「うん」
僕は前を向いて頷いた。
「皆、きっと力を貸してくれる」
「危ないと感じたときは、迷わず逃げろ」
「わかったよ、おじいちゃん」
そう答えると、おじいちゃんは満足そうに頷いた。
⸻
おじいちゃんの家を出ると、昼の日差しが眩しく感じた。
小高いおじいちゃんの家は風がよく通る。
森にはグラムさんを襲ったモンスターがいる。
そして、自分の中にはテイムと呼ばれる未知の力がある。
「僕に何ができるんだろう」
胸元に手を当て、小さく呟く。
不安が消えたわけじゃない。
でも、逃げたいだけの気持ちはなくなっていた。
明日。
ホルスさんと、ハンターのみんなと一緒に森へ行く。
自分の力を知るために。
村のために、できることを探すために。
そう心の中で言い聞かせながら、僕は家へ向かって歩き出した。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
次話しも読んでいただけると嬉しいです。




