第五話 テイム
次の朝、僕はいつもより少し早く目を覚ました。
顔を洗い、簡単に朝食を済ませる。
「今日はおじいちゃんのところに行くんでしょ?」
母さんが声をかけてくる。
「昨日、呼ばれたからね」
「そう、ちゃんと聞いておいで」
「分かったよ」
そう返して家を出る。
⸻
村の真ん中の坂を上がると、おじいちゃんの家が見えてくる。
玄関の前で一度深呼吸してから、扉をノックした。
「おじいちゃん、フライだよ」
「お、入っといで」
おじいちゃんの声は、いつも通り穏やかだった。
囲炉裏の火は小さく、湯気のたつ湯呑が二つ並んでいる。
「座りなさい」
「うん」
言われるままに腰を下ろすと、すぐに本題が来た。
「わしも少しは知っておったことじゃが」
「文献を少し解読してみて、わかったことがある」
「ゼインの血筋、竜の眠る周期、それから契約」
「この三つが噛み合っとるのが……フライ、お前なんじゃよ」
そう言われた瞬間、胸がざわっとした。
「文献……」
小さく呟く。
「そこには、こう書いてあった」
「『血を継ぎし者は、竜との契りを継ぎ力を持つ』とな」
「竜の契り、力……」
僕は、少し戸惑う。
「ゼインの文献によると、力というのは、モンスターと繋がり、心を通わせる力のことらしいのじゃ」
「名を“テイム”と言う」
「……テイム、繋がる?」
僕は思わず聞き返した。
「わしも、詳しく分かっとるわけではない」
おじいちゃんは僕をまっすぐ見た。
「お前は昔から声が聞こえると言っとったろう」
「何か感じるとか、動物の声が聞こえるとか」
「うん……」
僕はおじいちゃんを見て頷いた。
「それも、テイムの力、その入り口なんじゃないかと、わしは思う」
「それで何ができるのかは、正直分からん」
「でも、もう少し文献を読み解くと、解ることも増えるかもしれん」
おじいちゃんは静かに続けた。
「じゃが、そんな力を持ったとして、自分は何ができるのか、戸惑うだけじゃろう」
「じゃから、お前には、その力を自分で知ってもらわねばならん」
「力を知る……」
僕は考えなら呟いた。
「竜がこの地で眠ってくれたおかげで、この村はここまでやってこられた」
「それが揺らぎはじめとる今、次に誰がこの村を守り、支えるのか」
「わしは、フライなんじゃろうと感じておる」
その言葉を聞いて、僕は俯いた。
「僕に、本当にそんなことができるのか分からないよ」
ようやく、それだけ口から出た。
すると、おじいちゃんは静かに言う。
「全部を今すぐどうにかしろとは言わん」
「ただ、竜の力がお前にあるということだけは確かじゃ」
正直実感がなさすぎて、僕は戸惑った。
しかし、祠でのことを思い返すと、自分には何かやらないといけないことがあるのかと思った。
「……祠でのこともあったから」
「僕に何か特別な力があるのかなって気はしてる」
「何かができるのかもって……」
小さな声だった。
「それで十分じゃ」
おじいちゃんは満足そうに目を細めた。
(竜の力……)
答えの出ない問いだけが、自分の中に残った。
⸻
話を聞き終えたあとも、しばらく言葉が出てこなかった。
モンスターと繋がり、通わせる力。
それが自分の中にあるかもしれない。
「正直、わしも分からんことだらけじゃ」
「ゼインが残した文献にも、読み解けた部分で書いてあるのは、テイムの力のこと、竜の眠り、この地の話、そんなところじゃ」
おじいちゃんが僕を見て続ける。
「じゃがな、分からんからといって、何もせんまま見ておるだけというのも、きっと違う」
「わしは、この地にモンスターが溢れる前に何ができるのか探すつもりじゃ」
(みんな自分に出来る何かを探している、おじいちゃんもホルスさんも、ホップだって……)
僕にも力があって、村のために何か出来るかもしれない。
そして、今も森で、誰かを噛みちぎろうとしている気配があるかと思うと、放っておけないと思った。
「僕も、出来ることがあるなら、村のために力になりたい」
自然とその言葉が口から出た、今度は、はっきりと。
「そうか、そうじゃな……」
「それなら、やらないといけなことは、自分の力を知ることからじゃな」
「フライはまず、モンスターの心が読めるかどうかを確かめるところからじゃろうな」
「心を読む……」
「グラムが、モンスターに襲われた場所がある」
おじいちゃんは、北の森の方角を指さした。
「あの周辺には、まだグラムを襲ったモンスターの痕跡が残っとるはずじゃ」
「そこに行って、お前の力でどこまで感じ取れるか、やってみるのはどうじゃ」
「森へ……」
「正直、危険はある」
おじいちゃんははっきり言った。
「じゃが、お前一人では行かせんよ」
「ホルスに同行してもらう」
「グラムのところにも話を通して、ハンターの狩りにお前を同行させてもらう」
「狩りに……僕を?」
「そうじゃ」
ゆっくりと言葉を選ぶように続ける。
「もともとハンターたちは、近いうちにグラムを襲ったモンスターの痕跡を探りに行くつもりじゃろう」
「グラムがやられて黙っている連中ではないからの、それに危険はほってはおけんじゃろ」
「行くとして、お前の役目は戦うことではない」
おじいちゃんは、はっきりと言った。
「ホルスたちが戦い、退路も確保する」
「お前はその後ろで、どれだけ力を使えるか、だけに意識を向ければいい」
「……もし、その時に何もできなかったら?」
「それはそれでよし」
おじいちゃんは、きっぱりと言う。
「何もできんと分かったとしても、できなかったという事実を持ち帰ればよい」
「知ると言うことは、お前にとって大事な一歩じゃ」
できなかったとしても、一歩。
何もしないでいるより前に進んでいる、力と向き合う、自然とそうしたいと思った。
「ホルスとハンターには、話は通しておく」
「わかった、行くよ」
おじいちゃんは、少しだけ口元をゆるめた。
「フライ」
おじいちゃんの声が、少しだけ低くなる。
「これは、お前にしか頼めん話じゃ」
そう言われると、逃げ道がなくなる気がした。
でも僕は、この不思議な力からもう逃げない、向き合うと決めた。
そして、ゆっくりと顔を上げた。
「……やってみる」
自分の声が、今はしっかりしていた。
「グラムさんが何に襲われたのか、これから何が起きそうなのか……」
「できるなら、僕のこの力をちゃんと確かめたい」
おじいちゃんは、しばらく何も言わずに僕を見ていた。
やがて、ゆっくりとうなずく。
「じゃあ、決まりじゃな」
「明日の朝までに準備をして、村の門へ行ってくれ」
「はい」
僕は前を向いて頷いた。
「いいか、もう一度言う、お前の役目は、戦うことではない、ちゃんと自分の力と向き合うことじゃ」
「みんな力を貸してくれる、危ないと感じたときは、迷わず逃げろ」
「わかったよ、おじいちゃん」
そう答えると、おじいちゃんは満足そうに頷いた。
⸻
おじいちゃんの家を出ると、昼の日差しが眩しく感じた。
小高いおじいちゃんの家は風がよく通る。
あの先に、グラムさんを襲ったモンスターがいる。
そして、自分の中には“テイム”と呼ばれる、未知の力がある。
「……向き合う、か」
小さく呟いて、胸元に手を当てる。
覚悟ができたのか、心は落ち着いていた。
明日。
ホルスさんと、ハンターのみんなと一緒に、自分の力を知るために森へ行く。
向き合いたい、そのために一歩踏み出す。
そう自分に言い聞かせながら、僕は家へと歩き出した。
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