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第四十八話 救出への手順

 翌朝。


 宿の小さな部屋に、淡い朝の光が差し込んでいた。


 ホルスさんが、ベッドの端に腰を下ろした。


「……今日からだ」


 そう言って、僕の方を見る。


「ホップ奪還に向けて、本格的に動く」


「はい」


「フライは、いつも通り魔杖使いとしてギルドに顔を出してくれ」


「依頼板を眺めたり、軽い討伐を受けたり、いつものな」


「普通のハンターとして、ですね」


「ああ」


 ホルスさんは頷き、自分の胸元を軽く叩いた。


「俺は、今日バルダン王のところに行く」


「……ついに」


「テュリップには、今日だと伝えてある」


 ホルスさんは窓の外を見る。


「バルダン王を動かせなきゃ、この国ごと終わる」


「僕も一緒には──」


「行けない」


 ホルスさんが、言葉を遮った。


「サラームの目がどこにあるか分からねぇ。そう思って行動した方がいい」


「お前には、お前の役目がある」


「……ただ、状況は知っててほしいんだ」


「どうやって?」


「ムーだよ」


 僕が首をかしげると、胸元から、ひょこっと半透明の手が伸びてきた。


(ムーも、お手伝いするのん)


 ムーが、ぷるぷる震えながら顔を出す。


「ムーを俺のローブの中に忍ばせる」


 ホルスさんが言った。


「ムーを通して、話を聞いておいてくれ」


「会話全部とまではいかなくても、大事なところくらいは伝わってればいい」


 僕は、胸のあたりを押さえた。


(ムー、お願いね)


(まかせてなのん)


 ムーが、誇らしげに小さくふくらんだ。


「……分かりました」


 僕は、しっかりと頷いた。


「じゃあ、僕はハンターとしてギルドに行ってきます」


「ああ」


 ホルスさんも立ち上がる。


「こっちはこっちで、うまくやってくるさ」



 ホルスさんは、ローブのフードを深くかぶり、朝のガルディアの通りを歩いていた。


(……相変わらず、騒がしい。いい街だ)


 石畳の道を、行商人が行き交う。


 遠くから聞こえる、鍛冶屋の金属音。


(まずは魔法屋、蒼の帽子だな)


 脇道に入ると、少し古びた木の扉の店が見えてくる。


 頭上には、小さな青い帽子を描いた看板。


 ホルスさんは周囲を軽く見回し、扉を開けた。


 チリンチリン、と鈴の音。


「いらっしゃい」


 カウンターの向こうで、店員の青年が顔を上げる。


「鍵はあるか?」


 ホルスさんがぼそりと言うと、店員の表情が一瞬だけ固まった。


「……!」


 すぐに取り繕うように、営業用の笑顔に戻る。


「伝えておきます」


 棚の奥に手を伸ばし、小さな封筒をひとつ取り出した。


「それと、こちらをお預かりしてました」


 ホルスさんは、封筒を受け取る。


 店内では開かず、そのまま店を出た。


 通りの角まで歩き、人目の少ない路地に入ってから封を切る。


(さて、中身は……)


 几帳面な筆跡が並んでいた。


 テュリップさんの字だ。


『これを読んでいるということは、作戦実行ということですね』


 思わず口の端が上がる。


『最終確認と、バルダン王と密会する手段を伝えます』


『まずタータス商会に行き、ハーリスという人物に会ってください』


『受付には、リュミナの使いだ、ハーリスに会いたい、と言えば通じます』


(テュリップ、この街で何枚顔持ってやがんだ)


『ハーリスには、例の物は持ってきた、と言ってくだださい』


『準備として、ホルスを信用させるために、ルミナストーンがいります』


『できれば、少し大きめのものを用意しておいてください』


 ホルスさんは、自分の荷物の中身を思い返す。


(そこそこサイズはあるが、決め手ってほどじゃねぇな)


『それをハーリスに見せて、これだが、と言ってください』


『すぐにバルダン王に話がいくようになっています』


『サインはしていいです。こちらで手は打ってあるので』


『そこから先は、アルミ村で話した通りです』


『では、検討を祈ります』


 ホルスさんは、手紙をたたんで懐にしまう。


「……ルミナストーン、まずそっちの調達か」


 そう呟いた時だった。


 胸元で、ムーがむくっと動いた。


(ルミナストーンなら、あるのん)


(でも、ホルスに言えないのん……)


 ムーが少し悩んでから──


(あ、でも、こうすればいいのん)


 ローブの隙間から、半透明の小さな手がにゅっと伸びる。


 ぴょこぴょこと揺れたあと、きゅっと伸びた指が、ある方向を指し示した。


 それは、ガルディアの大通り、ハンターギルドのある方角。


「おい、ムー、見つかるぞ」


 周りを気にして小声で言う。


「……ってなんだ、ムー。あっちに行けってことか?」


 ホルスさんが問いかける。


 ムーの指が、こくこくと頷くように上下した。


 続けて、親指を立てて「グッ」の形を作る。


(ギルドか……顔を出すのは、ちょっとまずいんだがな)


 ホルスさんは、しばし考え込む。


(フライがいりゃ、話は早いんだが……)


 ムーの指が、ぐいぐいと同じ方向を押し示す。


(……分かった分かった、行くよ)


 ホルスさんはフードを少し深くかぶり直し、人気の少ない側道を選びながらギルドへ向かった。



 ハンターギルドの前に立つと、中からはいつものように賑やかな声が漏れてきた。


(……目立ちたくはねぇが)


 ホルスさんは、さりげなく出入りするハンターたちに紛れて、建物の中へ入る。


 中は、昼前のせいか、そこそこ混んでいた。


 依頼板の前には、人だかり。


 ホルスさんは壁際を歩きながら、素早く辺りを見渡す。


(フライは──)


 依頼板の一角。


 見慣れた後ろ姿が、真剣な顔つきで紙を眺めている。


 ホルスさんはその横に、何食わぬ顔で立った。


「……フライ、フライ」


 小さな声で呼びかける。


「こっち見るなよ」


 僕は視線を依頼から外さずに、同じく小声で答えた。


「はい、どうしました?」


「ルミナストーン、持ってねぇか?」


 ホルスさんがぼそりと言う。


「できれば、大きければ大きいほどいい」


「手持ちだと……」


 僕は、ローブの内ポケットを探るふりをしながら、記憶をたぐる。


「どれも小粒ですね……」


(ファラがいつも持ってるやつを借りるのん)


 ムーが僕に教えてくる。


「あ、そうだね」


(ありがと、ムー)


 ムーに礼を言うと、ふと顔を上げる。


「ファラなら、ばっちりなの持ってます」


「おお、助かる」


 ホルスさんが小さく息を吐いた。


「悪いが頼めるか?」


「少し外で待っててください」


 僕は、ほんの少しためらってから付け足す。


「あと、その……えっと」


「それ、また返してもらえますよね?」


「人を借りパクする奴みたいに言うんじゃねぇ」


 ホルスさんが口を尖らせる。


「見せるだけだ。すぐ返すわ」


「す、すみません」


 僕は苦笑した。


「なら、いいんです」


「じゃあ俺は外で待つ」


 ホルスさんは、依頼板から離れ、人混みに紛れてギルドの外へ出た。



 ギルドの前の通りは、午前の光で明るかった。


 ホルスさんは、近くの壁にもたれかかりながら、人の流れをぼんやり眺める。


(……懐かしいもんだ)


 ふと、若い頃この街で過ごした日々がよみがえる。


 やがて、ギルドの扉が開く音がした。


 僕は、何でもない顔で通りに出た。


 すれ違いざまに、布袋をひとつ、ホルスさんの手にそっと押しつけ、そのまま歩き去った。


(……やるじゃねぇか)


 ホルスさんは、わざとその場を離れず、少し時間を置いてから通りの角まで移動し、人気の少ないところで袋の中を確認する。


 中には、大人の拳ほどもある、澄んだ光を宿したルミナストーンがひとつ。


(なんだこれ、でけぇな)


 指先でそっと撫でる。


(これなら、十分だろう)


 袋を閉じ、ホルスさんはルミナストーンをローブの内側に収める。


(……フライも、こんな自然に動けるようになったか)


 口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


「次はタータス商会のハーリスだな」



 ガルディアの商業区の一角。


 大きな看板を掲げた石造りの建物が見えてきた。


 立派な扉の上には、タータス商会の文字。


 出入りする人々の服装を見るに、貴族や大商人も出入りするような規模の店らしい。


 ホルスさんは扉を押し開け、中へ入った。


「いらっしゃいませ」


 受付カウンターの向こうで、きちんとした服装の女性が頭を下げる。


「リュミナの使いの者だが」


 ホルスさんは、声を落として言った。


「ハーリスに会いたい」


 受付の女性の目が、一瞬だけ細くなる。


「……かしこまりました」


 すぐに、にこりと笑顔を作った。


「ハーリスは、そこの階段を上がって三階におります」


 壁際の階段を示す。


「どうも」


 ホルスさんは軽く会釈し、階段を上がった。


 三階の突き当たりに、一枚の扉をノックする。


「リュミナの使いの者だ」


「どーぞー」


 中から、気の抜けたような声が返ってきた。


 扉を開けると、帳簿と帳簿に囲まれた部屋の中央に、細身の男が座っていた。


 鋭い目つきに、商人特有の笑み。


「やあ」


 男が椅子から立ち上がる。


「ハーリスだ。リュミナさんの使いだってね」


「ああ」


 ホルスさんは頷いた。


「早速だが、ルミナストーンを見せてもらえるかい?」


「これだが」


 ホルスさんは、袋からルミナストーンを取り出し、机の上にそっと置いた。


 部屋の灯りが反射し、虹色の光がほのかに揺れる。


「……こりゃ」


 ハーリスが目を丸くした。


「すごいな。超上物じゃないか」


 石を様々な角度から眺める。


「この規模の石、そうそうお目にかかれないよ」


「バルダン王と話がしたい」


 ホルスさんが言うと、ハーリスの視線が、じろりとホルスさんをなめる。


「商売の話、ってことでいいのかな?」


「リュミナが王を救えるルートを持ってる、とだけ言っておこう」


「……ふむ」


 ハーリスの口元に、商人らしい笑みが浮かぶ。


「いいでしょう。取り次ぎましょう」


「助かる」


「たーだし!」


 ハーリスが指を一本立てた。


「その利益の二割はいただく。どうだい?」


「いいだろう」


 ホルスさんは即答した。


「話が早くて助かるね」


 ハーリスは机の引き出しから一枚の紙を取り出し、さらさらと何かを書きつける。


「じゃあここにサインを」


 紙をホルスさんに差し出す。


「リュミナさんの名前でいいですよ」


「……わかった」


「こっちにも話は通ってるから」


 ハーリスが意味ありげに笑った。


「リュミナさんなら、これくらいの商売は想定済みってね」


 ホルスさんは、少しだけ苦笑しながらペンを取った。


(テュリップのやつ……)


 リュミナの名で署名する。


「よし」


 ハーリスが紙を受け取り、満足そうに頷いた。


「じゃあ手順を説明するよ」


 椅子に座り直しながら、指を折っていく。


「これからガルディア城に行って、門の左側に立っている守備兵にこう言うんだ」


 ハーリスが言葉を区切った。


「タータス商会の者です。例の件で、バルダン王と会いたいのですが」


「それで、通じるのか?」


「通じるようにしてある」


 ハーリスは肩をすくめる。


「じゃあ、頼んだよ」


 商人特有の笑顔で言う。


「こっちは商売だからね」


「助かった」


 ホルスさんは軽く頭を下げた。


「そりゃどうも」


 ハーリスは笑った。



 タータス商会を出ると、昼の光が少し眩しく感じられた。


 街路の先には、遠くガルディア城の塔が見える。


 胸元で、ムーがちょこんと揺れた。


(バルダン王に会う道は開いた)


(あとは踏み込むだけだ)


 ローブの中のルミナストーンが、かすかに重みを主張した。


「さて、いよいよだな」


 ホルスさんは、城の方角へ向き直った。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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