表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/42

第三十九話 平野の赤い目 前編

 ガルディアの城壁が、遠く見えるくらい平野を歩いたころ。


 西の方角に、うっすらと木々の影が見え始めていた。


「もうすぐ川ですよ」


 ファラさんが、辺りを見回して言う。


「そろそろですかね」


 僕も、小さく頷いた。


(クロープ)


 僕は器からクロープに聞いた。


(さっきの嫌な感じ、まだ続いてる?)


(んー、感じてるけど……赤目だろうねー……)


(これはまずいんじゃないかなー……)


(正直、帰った方がいいねー……ZZZ)


 そこで一拍置いてから。


「……そっか」


 僕は、深く息を吐いた。


「ファラさん」


 足を止め、ファラさんの方を向く。


「赤目がいます」


「は?」


 ファラさんの顔から、すっと血の気が引いた。


「いやいやいや、全然無理ですよ?」


 思わず、両手をぶんぶん振る。


「冗談とか、ですよね?」


「本当に全然無理ですよ?」


 声が半分裏返っていた。


「冗談じゃないです」


 僕は、真剣な声で言った。


「ここで言うのは酷かもしれないけど」


「赤目と……戦うことになるかもしれません」


「冗談は」


 ファラさんが真面目な顔になった。


「やめてください!!」


 さっきまでの慌てぶりが嘘みたいに、真顔になっている。


「死にに行く人間に、行ってこいなんて言うヒーラーはいません」


 その言葉には、ヒーラーとしての強い線引きがあった。


「だから──」


「僕はファラさんには、帰ってもらっても……」


「……ふざけんな」


 思わず、ファラさんが素で言いかける。


「……ふざけないでください」


 それでも、芯は変わらない。


「さっきも言いましたが」


「死にに行く人に、行ってこいなんて言えません」


「全力で、止めます」


「理由が、あるんだ」


 僕は、拳を強く握った。


「パディットも、昔赤目になったことがあるんです」


 自分の足元を見る。


「パディットさんが!?」


 ファラさんが、目を見開いた。


「それを、僕のテイムが解除しました」


「だから、もしかしたら今の赤目も、暴走してるだけかもしれない……」


 パディットの声が響く。


(……赤目になると、もう破壊衝動と飢えしか残らない)


(あの時、下手したらグラムも、フライも、誰もかも噛み砕いてた)


「パディットは、赤目の件と向き合いたいって、自分から言ってきました」


「だから僕は、仲間の覚悟を、無下にはできない」


 視線を落としたまま呟く。


「それは……」


 ファラさんは、唇を噛んだ。


「でも、ファラさんは別です」


「巻き込むのは、僕の本意じゃない……」


「ここまで来ちゃってから、言うのも勝手なんですが……」


 ファラさんをまともに見られなくなる。


「ただ、赤目の存在が出てきた以上」


「僕も、無関係ではいられない」


(ファラには、無事街に帰って欲しいのん)


 ムーが小さく呟く。


 赤目が何なのか、調べないといけない。


 仲間のために、みんなのために。


 ファラさんは、しばらく黙っていた。


「……ヒーラーです」


 やがて、ぽつりと口を開いた。


「私は、ヒーラーで、ハンターです」


 その言い方は、自分に言い聞かせているようでもあった。


「こんなところで一人逃げるなんて」


 ぎゅっと拳を握る。


「それこそフライさんに何かあったら」


「私はヒーラーではいられなくなる」


「……」


「フライさんの覚悟も、仲間想いなところも」


 ファラさんが、真正面から僕を見る。


「優しさも、十分すぎるほど理解してます」


「だからこそ」


 きっぱりと言った。


「死なせたくないです」


 風が、二人の間を吹き抜けていく。


「生存確率が少しでも上がるなら」


 ファラさんは、一歩前に出る。


「私も行きます」


 パディットが、小さく笑った。


(……いい子だな)


(なかなか、この覚悟はできない)


(フライ)


 パディットが、言葉を続ける。


(ネールも呼べ、あいつは強い、頼りになる)


(ファラを守らせろ)


「ファラさん」


 僕は、ひとつ頷いてから言った。


「もう一人、仲間を呼びます」


「ファラさんに何かある前に、その仲間に守ってもらう」


「……いいですか?」


「もう今さらですよ」


 ファラさんが、ふっと肩を落とす。


「何があっても驚きませんよ」


「ありがとうございます」


 僕は、杖を出して前に構えた。


「いきます」


 ネールの魔力を器から杖の先に流す。


「〈〈テイムバンク〉〉」


 足元の草むらの上に、白い魔法陣が浮かび上がる。


「ピィイイイイイイイ!」


 甲高い鳴き声とともに、ネールが現れた。


 茶色い羽に、ところどころ雷を思わせる青い模様。

 翼を広げると、と小さな火花が散る。


(我は雷鳥!)


 ネールが、胸を張る。


(空の支配者、ネールである!)


(……出てきて早々、元気ですね)


 僕は、半分呆れながらも笑った。


(ネールさん)


 真顔に戻る。


(ファラさんを守ってください)


(僕たちが危なくなったら、ファラさんを連れて全力で逃げてください)


(承知)


 ネールは、すぐに頷いた。


(我が翼にかけて、必ず守り抜こう)


 それから、ちらりとパディットの方を見る。


(さっきから危なくなったらとか、死んだらとか……)


(誰に向かって言ってやがる!)


 地面を一歩、ぐっと踏みしめる。


(我は森の覇者、キラーウルフのパディットだ!!)


 牙をちらりと見せる。


 僕は、その背中を見つめてから、ファラさんの方を振り向いた。


「ファラさん、安心してください」


 ぎゅっと拳を握る。


「僕の仲間たちは、頼もしいです」


「絶対に、負けません」


 その横顔を見て、ファラさんが一瞬だけぽかんとした顔になる。


「本気の顔……」


 小さく呟く。


「かっこいい──」


 すぐに、自分で両頬をぺちっと叩いて言い直した。


「いえ!頼もしいです!」



「パディット!」


(おう!)


「ムー!」


(いるのん!)


「ネールさん!」


(応!)


「行こう!」


 僕は、川辺の方角へ視線を向ける。


 パディットが、高らかに遠吠えをした。


「ワオオオオオオオオオオン!!」


「行くぞ!!」



 川音が、少しずつ大きくなってくる。


 近づけば近づくほど、魔力が濃くなっていく。


(……感じるか)


 パディットが、牙をむき出しにする。


(もう近い)


(嫌な魔力なのん)


 ムーが、小さく震える。


(フライ)


 ネールが、空から報告する。


(安定しない魔力を感じるぞ)


 川辺の土の上には、何か大きなものが通ったような跡がいくつも刻まれていた。


 えぐれた地面。

 擦ったような跡。


 そして──


「……っ」


 僕は、思わず息を飲んだ。


 川のほとり。


 岩場の上に、それはいた。


 頭が二つ、一方はタテガミを逆立てた獅子の頭。

 もう一方は、ねじれた大角を生やした山羊の頭。


 体は、タテガミの延長のように毛皮をまとった獅子。

 その背からは、竜を思わせる黒い翼が伸びている。


 前脚には、鋭い鷲の鉤爪。

 後ろ脚は、獅子のように太く、地面をえぐる力を感じさせた。


 尻尾の先には、うねる二本の蛇。

 その舌が、チロチロと空気を舐めている。


 そして何より──


 獅子の頭も、山羊の頭も。


 蛇の小さな目でさえも。


 全部が、真っ赤に燃えるような色に染まっていた。


「キマイラの……赤目です」


 僕が言ったその瞬間。


「ワオオオオオオオオオオン!!」


 パディットが、腹の底から咆哮した。


 空気が震える。


 キマイラの獅子の頭が、ギロリとこちらを向いた。


「グルォオオオオオオオオオオン!!」


 重い咆哮。


 川辺にいた小さな鳥たちが、一斉に飛び立った。


 刹那。


 パディットの姿が、視界から消えた。


「……っ!」


 気づいた時には、もうキマイラの足元まで迫っていた。


「ワオオオオオオオン!!」


 もう一度、吠える。


(くらえ──)


(〈〈エレク〉〉)


 雷鳴のような音とともに、激しい電撃がキマイラの体を走った。


 毛皮が焦げる匂い。

 空気が、ビリビリ震える。


「グルァァァァァァァ!!」


 キマイラが、苦痛とも怒りともつかない声を上げて暴れた。


 僕は、すぐさまテイムを放つ体制に入った。


「一旦、心を見る!」


 キマイラの声を探ろうと気配を伸ばす。


 すると、視界がぐにゃりと歪む。


 ──暗闇。


 赤い、どろどろとした液体。

 血のような、何かのような。


(ジャマスルナ アカイ コワス クウ ハカイスル)


 意味を成しているようで、していない。


 繋がったかと思えば、すぐに途切れる。


 ただ一つはっきりしているのは──


 そこに「恐怖」も、「迷い」も、「悲しみ」も。


 元の心を感じさせる何かが、ほとんど残っていないということだった。


「……っ!」


 フライは、はじき飛ばされたように意識を戻した。


「ダメだ」


 歯を噛みしめる。


「もう、ぐっちゃぐちゃになってる」


「長いこと経ちすぎたんだ、魔力も、心も」


 川辺の向こうで、キマイラが翼をばさりと広げる。


 焦げた毛皮から、まだ煙が上がっている。


「ファラさん!」


 僕は、振り返った。


「もう……救えません」


「放置するのも、危険すぎます、倒します!」


 ファラさんは、一瞬だけ目を閉じた。


 それから、しっかりと目を開く。


「覚悟は、できました」


 両手を胸の前で組む。


「たしかに、ガルディアまで行かすわけにはいきません」


 キマイラの方を見据える。


「ここで、止めます」


(ネールさん)


 僕が、横目でネールを見る。


(ファラさんを、お願いします)


(任せるがいい)


 ネールが、翼を広げる。


(ファラは、騎士たるこの私が)


 胸を張る。


(必ず守る)


 パディットが、地面を蹴った。


(行くぞ!フライ!)


 キマイラの足元で、蛇の尾がしなる。


 獅子の口から、炎が漏れた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

次回いよいよ、赤目と激突します。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ