第三十七話 平野の噂
翌朝。
ガルディアの宿の小さな窓から差し込む光で目を覚ました。
顔を洗い、運ばれた朝食を食べ、服を着替えた。
(今日からか)
器からパンが呟く。
(行くんだね、ガルディアの街へ)
(うん、いよいよだ)
(パン、アルミ村の様子はどうかな)
パンが村の様子を答える。
(何もないよ、ハンターたちが森でモンスターを討伐してくれているおかげだね)
(フライはフライのことをがんばってね、こっちは任せてよ)
(ありがとう、お願いね)
小さく頷いた。
(あと、今日はムーを連れて行くよ)
(モンスターの件もあるから、魔力の探知がこっちにいた方がいいしね)
(ムー、大丈夫?)
するとムーが返事をする。
(大丈夫なのん、フライに周りのこと伝えるのん)
僕はテイムバンクでムーを呼び出した。
そして、胸元を軽く押さえる。
僕はただの、新人ハンターとしてギルドに様子を見に行く。
できればファラさんから、今のギルドのことを聞く。
やることを確認すると、僕は宿の外に出た。
⸻
宿を出て、大通りへと出る。
朝のガルディアは、すでに忙しい。
城へ向かう兵士の列。
荷物を抱えた商人。
治療所の方へ急ぐ人。
その流れを横目に見ながら、僕は東側の区画へと足を向けた。
ハンターギルドは、東の交易区の外れにあると、門兵が教えてくれていた。
(あれ、かな)
少し歩いた先に、ひときわ目立つ建物が見えた。
三階建ての大きな石造りの建物。
入口の上には、交差した剣と盾の紋章。
その横に、ガルディア・ハンターギルド本部と刻まれている。
周囲には、武具を身に着けた人たちが何人か出入りしていた。
(……村の詰所とは、全然違う)
村のハンター詰所は、半分は雑談の場みたいな、ゆるい空間だった。
ここは──
入口付近の空気からして違う。
モンスターが出るからだろうか、薄い緊張みたいなものが常にある。
(……行こう)
僕は、小さく息を吐いて、扉を押した。
⸻
中は、かなり広かった。
受付カウンター。
依頼掲示板。
奥には簡易な食事も出す、酒場スペース。
人数だけ見れば賑わっているのに、どこか戦場の控え室みたいな雰囲気があった。
まず受付へと向かう。
「いらっしゃいませ」
カウンターの向こうにいた女性が、手元の帳簿から顔を上げる。
「他所からいらした、ハンターさんですか?」
「あ、はい」
「通行証はお持ちですか?」
女性が、穏やかな口調で続ける。
「そちらにハンターの印を打ちますので、通行書をお持ちならお出しください」
「あ、持ってます。これです」
僕は、ホルスさんから預かった通行証をそっと差し出した。
受付の女性は、それを確認すると、カウンター下からひとつのスタンプを取り出した。
「では、こちらに判を押させてもらいますね」
ドン。
少し重みのある音がして、通行証の隅に新しい紋章が刻まれた。
剣と盾の印、その下に小さく、ガルディア・ハンターギルドと文字がある。
「これで、ガルディアのハンターギルドが発行する依頼と賞金を受け取ることができます」
受付の女性が、通行証を返しながら言う。
「依頼の一覧は、そちらの掲示板に張り出してありますので、ご確認ください」
指さした先には、広い板にびっしりと紙が張られていた。
「危険度の目安も記載してあります」
「基本的には、どんな依頼でも受けていただけますが──」
そこで、女性は少しだけ真剣な表情になる。
「今は、平野の危険度が上がっています」
「ご自身の実力に見合った依頼を、お受けください」
「……分かりました」
僕は、素直に頭を下げた。
「ありがとうございます」
「では以上になります」
受付の女性は、短く会釈する。
「ご武運をお祈りします」
⸻
(……一旦、依頼を見てみるか)
掲示板へと向かった。
紙には、それぞれ「依頼内容」「討伐対象」「危険度」「報酬」などが書かれている。
(危険度S……A……)
上から順番に見ていく。
目立つのは、「大型討伐」「群れの殲滅」「平野の掃討」など、物騒な文字ばかり。
小さな雑用や荷物運びの依頼もあることはあるが、その多くにはすでに受付終了の印が押されていた。
(トックの兵士が言っていた通り、大型依頼が多い)
(絶対勝てる依頼は減って、危険だけど儲かる依頼ばかりが残ってる)
(ほう)
器の中でネールが興味を示す。
(これが討伐依頼か)
(モンスターが、ぞろぞろと並んでいるな)
(腕が鳴るな)
(ネールさん)
僕は、心の中で苦笑した。
(あまり目立てないから、今のところ出番はなし、です)
(……承知)
ネールが、少し残念そうな気配を出す。
(それよりアルミ村のこと頼んだよ、あと、あんまり遠くまで行かないでね)
(……承知)
そうやって掲示板の前で考え込んでいた時だった。
「平野のモンスター、強すぎるよな」
耳に飛び込んできたのは、少し疲れたようなハンターの声。
隣の方で、二人のハンターが紙コップを片手に話していた。
「無理だろ、あんなの」
「普通に自殺行為だ」
「しかもよ」
最初に話していた方が、声を落とした。
「出たらしいぞ、また」
「……また?」
「赤目だってよ」
僕は、心臓がドクンと跳ねた。
「強個体か……」
もう一人が、苦い顔をする。
「こりゃいよいよ、ガルディアも厳しいな」
「いっそ移動して、他所で討伐した方がよくないか」
「賛成だわ」
(今、赤目って……)
思わず足を止める。
(やはりこっちの方に出ているのか、赤目……)
器の中で、パディットがたまらず声をかけてきた。
(もう少し情報が欲しい、あのハンター達に話を聞けないか?)
僕は二人の方へと歩み寄った。
「あの、すみません」
「お?」
ハンターの一人が、僕の方を見る。
「どうしたんだ?」
「さっきの、その……」
言葉を選びながら、続けた。
「赤目って」
「ああ」
ハンターは、ため息をつきながら説明をはじめた。
「ここ一ヶ月くらい前の話だ」
「あるベテランハンターが、大型討伐に出かけたんだとよ」
「大型のキマイラ──」
そこで、少し顔をしかめる。
「……のはずだったんだが」
「見た目は似てるのに、狂ったみたいに凶暴な個体がいたらしい」
「戦闘を試みたが、討伐は叶わず、命からがらトックに逃げ込んだそうだ」
「それで、噂によると、目が真っ赤だったってよ」
「赤目は噂には聞いていたけど、実在するとはな」
最初のハンターが、吐き捨てるように言った。
「あんなのが何体も平野を彷徨いてたら、この辺も終わりだよ」
「平野に討伐に行くなら」
もう一人が、僕の肩をぽんと叩いた。
「お前も気をつけて行けよ」
「この辺りは、そうじゃなくても強いモンスターが多いからな」
「……はい」
深く頭を下げた。
「教えてくださって、ありがとうございます」
ハンターたちは、「おう」とだけ言って、また依頼板の方へ戻っていった。
(赤目……)
ぎゅっと拳を握る。
器の中でパディットが言う。
(あれは、内側から何かに押し広げられる感覚だった)
(力を貸してくれてた何かが、急に牙をむいたような)
(グラムには、本当に悪いことをした)
胸の奥がざわざわとした。
(ガルディアで赤目が出てる)
(ハンターギルドの資金が減って、大型討伐が増えてる)
(王都は通行証制になって、他所から来る人を警戒してる)
(ホップが巻き込まれた、あの事件)
(全部、どこかで繋がってる気がする)
そのときだった。
「あっ!」
聞き覚えのある、少し間の抜けた声。
「フライさん!」
振り返ると、緑髪を揺らしたファラさんが、受付の方から歩いてきていた。
「やあ、ファラさん」
僕は、自然と笑顔になる。
「依頼ですか?」
ファラさんが、興味津々といった顔で依頼板を見上げる。
「ガルディアまで来たってことは、討伐しに来たってことですよね?」
「まぁ、そんなところ」
僕は言葉を選ぶ。
「平野に、少し気になることがあって」
「軽い偵察に、行こうと思ってます」
「……一人で?」
ファラさんの笑顔が、すっと消えた。
「ダメですよ」
きっぱりと言う。
「そんな、よわっちい──」
言いかけて、慌てて口を押さえた。
「おほん……間違えました」
「単独行動はダメです」
「ちょっと見にいくだけですし、大丈夫ですよ」
なんとか笑ってみせる。
胸の器に声を送る。
(大型とか赤目の気配が近くなったら、すぐ教えて)
(わかったのん)
ムーが、小さく頷いた。
ファラさんは、一歩詰め寄る。
「とにかく、ダ・メ・で・す!」
ひと文字ずつ区切って言った。
「行くなら、パーティーを組むこと」
「絶対条件です!」
(パーティー組んで牧場の仲間を出すのはまずい)
ちらりと周囲を見る。
(テイムを使うのは……さすがにまずいのん)
ムーも、そっと言った。
(パディット)
器の中で呼びかける。
(どう思う?)
パディットは、しばし黙ってから答えた。
(もし、誰かが意図的にやってるなら──)
(今すぐに止めたい)
「……調査だけ、です」
僕は、ファラさんの目を見る。
「戦いに行くんじゃなくて、確かめに行くだけ」
「それで」
言葉を継ぐ。
「パーティーは組めません」
「でも──」
ごくりと唾を飲み込む。
「ファラさんが、一緒に来てくれませんか?」
「……え?」
ファラさんが、目を丸くした。
「雇用費は、ちゃんと払います」
そう言って、僕は腰の小袋に手を当てる。
(それでもし赤目がいるなら──)
(危ない目には絶対に合わせない、いざとなったら……)
ファラさんは、しばらく僕をじっと見つめていた。
「……どうしても、行くんですか?」
「どうしても、です」
はっきりと言った。
「止められても、きっと一人で行きます」
「……はぁ」
ファラさんが、大きくため息をついた。
「分かりました」
ゆっくりと、頷く。
「私も、行きます」
「ただし」
指を一本立てた。
「絶対無茶しない、大型と戦闘しないこと」
「これが誓えるなら一緒に行きましょう」
「……はい!」
僕は、強く頷いた。
「よろしくお願いします」
(いいの?)
器の中でパンが聞いてくる。
(テイム、使えないよ)
僕は器の中で答えた。
(大丈夫、調べに行くだけだから)
(それに、ホルスさんからファラさんに色々聞いてきてくれって頼まれてる)
(ギルドのこと、赤目のこと、オーガスさんのこと)
(何か繋がるかもしれない)
⸻
短い打ち合わせのあと、二人はギルドを出た。
ガルディアの東門へ向かって歩く。
「さっきの赤目の話」
道すがら、ファラさんがぽつりと言う。
「ここ一ヶ月だけで、帰ってきてないパーティーが三組います」
「……三組」
思わず息を飲んだ。
「全部、大型討伐か、平野の掃討依頼」
ファラさんが続ける。
「怪我して帰ってきた人の治療してると、たまに聞くんですよ」
「目が赤かったとか」
「気配が違ったとか」
「治療所もハンターギルドも、ここ最近ずっとピリピリしてます」
「だからこそ」
ファラさんは、僕の方を見た。
「単独で平野に近づくのは、絶対ダメです」
「……はい」
僕は、真面目に頷いた。
⸻
やがて、城壁の東門が見えてきた。
昨日入ってきた門とは別の、平野に直接出る門だ。
「お」
門の上から、見覚えのある兵士が顔を出した。
「お、ハンターさん、ガルディアでの初仕事かい?」
「はい」
僕は、通行証を見せながら答える。
「近場まで、偵察に」
「気をつけなよ」
兵士が、少し真剣な顔になる。
「この辺り、強い個体が出たって噂がまた広まってる」
「……」
ファラさんが、引きつった笑顔を作る。
「フライさんは、そんなの調べに行くわけじゃないから、ね?」
じろっと横目で睨んでくる。
「大丈夫ですよ、ね?」
「は、はい」
目をそらしながら答えた。
(図星なのん)
ムーが、小さく呟く。
「なら、ファラも一緒だし」
兵士が、ふっと笑う。
「ちょっとは安心だな」
「通ってよし!」
槍の石突きが、コンと鳴る。
「気をつけてな!」
「ありがとう、兵士さん」
ファラさんが手を振り、僕も頭を下げた。
⸻
門を抜けると、ガルディアの外の風が一気に吹き込んできた。
城壁を背にして、広い平野が広がっている。
遠くまで続く草むら、ところどころに、小さな丘と、ぽつんと立つ木。
昨日は、ホルスさんの傷を気にしながら通り過ぎた場所。
「じゃあ、行きましょうか」
ファラさんが、腰のポーチを軽く叩く。
「何があっても、無茶しないことが最優先ですからね」
「はい」
僕は、草むらの向こうを見つめた。
(クロープ、今日も頼むよ)
(んー……)
眠たそうな声が返ってくる。
(強いのがいたら、ちゃんと教えるー……ZZZ)
(頼りにしてる)
ガルディア城塞都市の外。
平野の赤目捜索がはじまった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございました。
特殊個体って何かいいですよね、報酬がよかったり違う装備を作れたり、イベントでしか戦えなかったり、某ゲームの話しです。
次話も読んでいただけると嬉しいです。




