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第三十六話 目的地の知らせ

 朝から歩き続けて、太陽が頭上を少し過ぎたころ。


 地平線の向こうに、うっすら城壁の線が見える。


 さらに、高くそびえる城壁。

 その向こうに、さらに高く伸びる塔の影。


(……あれが、ガルディア)


「見えてきたな」


 ホルスさんが、小さく息を吐く。


「……でかいですね」


 トックの比じゃない。

 城壁の高さも、幅も、門の大きさも、高い位置の砲台も、全部が守るために作られている。


 街道と合流する地点、次第に人の気配も増えてくる。


 ……と、思ったが。


「あれ……?」


 思わず首を傾げた。


 人はいる。けれど、多いとは言い難い。

 王都の城門ならもっと人でごった返していてもよさそうなのに、今並んでいるのは、せいぜい行商キャラバンが数組。


「お、あそこかな」


 ホルスさんが、門とは別の方向を顎で示した。


 城門から少し外れた場所。

 石畳の端に、フードを深くかぶった人物が一人、壁にもたれかかっている。


「ちょっと先に行ってくる」


「はい」


 僕が答えるより早く、ホルスさんはそちらに向かって歩き出していた。


 フードの人物は、こちらに気づくと、ゆっくりホルスさんの方を向いた。

 二人は、短い言葉を交わす。


 遠くて内容までは聞こえない。

 けれど、その表情の変化だけは見て取れた。


 ホルスさんの顔が、一瞬だけ固くなる。

 何かを受け取り、軽く頷き合うと、二人は別れた。


 戻ってきたホルスさんは、少し神妙な顔つきになっていた。


「……気になるな」


「ホルスさん?」


 思わず声をかけると、ホルスさんは小さく首を振る。


「後で話す」


 そこで一度言葉を切った。


「今は、とりあえずガルディアに入るのが先だ」



「ところで、通行証は……」


 門の前まで来たところで、僕はこっそり尋ねた。


「ほれ」


 ホルスさんが、紙片を掲げる。


 分厚い紙に、王家の紋章と、ガルディアの刻印。

 きちんとした判がいくつも押されている、正式な通行証だった。


(本当に持ってたんだ、よかった)


 そう思いながら通行列に並ぶ。


 門の前には、槍を持った兵士が二人。

 そのうちの一人が、こちらに手を伸ばした。


「通行証を」


「これな」


 ホルスさんが、一歩前に出て通行証を差し出す。


 兵士はそれを受け取ると、こちらを見て目を丸くした。


「ハンターか!? 助かる!」


「ギルドは街の中に入って東に向かった先だ」


 兵士が、城壁の内側を指さす。


「でかい建物だからすぐ分かる」


「門兵さーん」


 横から、ファラさんが手を振った。


「いつもご苦労様です」


「ファラじゃないか」


 兵士が、ぱっと顔を明るくする。


「またトックに行ってたのか」


「ハンターを連れてきてくれたのはありがたい」


「いえ、この方は怪我人なので」


 ファラさんが、ホルスさんの包帯の上から軽く触れる。


「しばらくは動けません」


「そうか、ファラはこのままギルドまで行くのか?」


「ええ、めんどくさいけど……」


 口が滑りかけて、慌てて言い直す。


「いえいえ。お父さんに報告しないと」


 そう言って、自分の通行証も見せた。


「なら──」


 兵士が、改めて声を張る。


「ハンター・フライ、ホルス、同行ヒーラー・ファラ!」


「ガルディアへの入城を許可する!」


 槍の石突きが、コン、と石畳を叩いた。


 重たい門が、ゆっくりと開いていく。



 中に入った瞬間、思わず息を呑んだ。


 これまでの街とは、明らかに空気が違う。


 まず、建物が高い。

 二階建て、三階建ては当たり前で、中には四階以上ありそうな建物まである。


 城へ続く中央通りは、馬車が何台も横並びで通れそうなほど幅広い。


 そこから左右に、いくつもの区画へと道が枝分かれしていた。


 城へ向かう道を中心に、


 兵士たちが行き交う軍の区画。

 商人やキャラバンが集まる交易区。

 一般の人々が暮らす居住区。

 さらに奥には、煙突の多い工房区画らしき一角も見える。


 何より正面に堂々とそびえる、ガルディア城に圧倒された。


 街全体が、城を守りながら生きるために組まれている。


(これが……ガルディア城塞都市)


「ようやく、辿り着きましたね」


 ホルスさんが、短く頷いた。


「ようやくだ」


「ここまで、ありがとうございました」


 ファラさんが、くるりとこちらに向き直る。


「助かりました」


「私はハンターギルドに向かいます」


 東側の区画を指さす。


「ホルスさんは、まず治療所です」


 その指先が、通りを一本挟んだ先の白い建物を示した。


「ガルディアの治療所は、腕のいい先生がそろってます」


「もう一度、きちんと診てもらってください」


「はい」


 僕とホルスさんは、同時に頷いた。


「それと、フライさん」


 ファラさんが僕の方をじっと見る。


「今日は、もう休むことです」


「ギルドに行くなら明日にしてください」


「しっかり、旅の疲れを取ること」


「……はい」


 僕は、少しだけ苦笑して頭をかいた。


「よろしい」


 ファラさんが満足そうに頷く。


「では私は、もう行きます」


 緑髪を揺らして少しだけ笑った。


「ギルドで、また会いましょう」


「またね、ファラさん」


 ファラさんが手を振る。


「道中、ホルスさんをありがとうございました」


「本当に助かりました」


 ホルスさんも、短く礼を言う。


「ありがとな」


「どういたしまして」


 ファラさんは、照れくさそうに笑ってから、くるりと背を向けた。


 人混みの中へ、あっという間に消えていく。



 その後、僕たちはガルディアの治療所へ向かった。


 白い壁に、王家の紋章と治癒の印。

 トックの治療所よりもさらに大きく、設備も整っている。


 ホルスさんは再び傷を診てもらい、縫い直しと治癒魔法を受けた。


 治療が終わった後、ホルスさんはそのまま治療所の簡易宿泊室に泊まることになった。


「お前は、宿を取っとけ」


「それとさっきの話の続きをする、ひと段落ついたら中央通りまで来い」


 ホルスさんにそう言われ、

 僕は通りを歩いて宿を探した。


 城へ続く大通りから一本外れたところに、ほどよく静かな宿を見つけた。


 中は清潔で、客もそれなりに入っていた。


 一部屋を借り、荷物を置き、ひとまずベッドの感触を確かめる。


「……ちゃんとベッドだ」


 ベッドに触れると、想像以上に体が疲れているのが分かった。

 このままベッドに身を預けて眠りたいと思った。


(でも、ゆっくりしてる時間は、あんまりない)


 夕方の光が、窓から差し込む。


 ホルスさんとこれからの話をしないといけない。



 日がすっかり傾き、部屋にランプの灯りがともったころ。


 「さ、行くか」


(確かホルスさんは中央通りにこいって)


 中央通りに出ると、夕方の賑わいがあった。


 夕飯時なのだろう、街からは食欲をそそる匂いがしていた。


 飲み屋の明かりもぽつぽつ灯り始めていた。


 中央通りの街灯下、フードを深くかぶった人物がこちらに気がついた、ホルスさんだ。


「よお」


「さっそくと行きたいとこだが一目につく、お前の宿に行こう」


「はい、わかりました」



 宿につくとさっそくこれからの話しがはじまった。


 ホルスさんの包帯は新しく巻き直されていて、顔色も少しよくなったように見える。


「どうですか、具合は」


「問題ねぇ」


 ホルスさんが、椅子に腰を下ろす。


「それで──」


 フライは、ずっと気になっていたことを切り出した。


「門のところで話していた人は……」


「ああ」


 ホルスさんが、小さく頷く。


「テュリップの密偵だ」


 声を落とす。


「通行証の手配をしてくれたのも、あいつだ」


「やっぱり」


(テュリップさん、謎多き人だ)


 半分驚き、半分予想は当たっていたと思いながら、僕は続きを待った。


「それと、これだ」


 ホルスさんは、懐から一通の封筒を取り出した。


 しっかり封がされていて、表には簡単に伝言とだけ書かれている。


「テュリップからだ」


「お前も知っとけ」


 ホルスさんが、封を切りながら頷く。


「どうせ、これから一緒に動くんだ」


 封を切ると、きちんと整理された字が目に入った。


 ホルスさんは、少し目を通してから、静かに読み上げる。



『まずはガルディアまでの長旅、お疲れ様です』


『早速本題です』


『バルダン王との密会を取り付けられそうです』


 僕の胸が、どくんと鳴った。


『ただし、バルダン王には、まだホルスさんのことは話していません』


『会うときに、ご自分で名乗ってください』


 ホルスさんが、ふっと目を細める。


「……そう来るか」


 ホルスさんは、続きを読む。


『密会の理由は──』


『この危機を脱出できるかもしれない術を持つ商人とだけ伝えてあります』


『これで多分、バルダン王側は大丈夫です』


『ただ、内部で調べているうちに、色々見えてきました』


 ホルスさんの声が、ほんの少しだけ低くなる。


『ライゼル側近の一人、オーガスが生きてガルディアにいると思われます』


「……っ」


 ホルスさんは思わず椅子から立ち上がった。


「オーガス!嘘だろ!?」


「すまない、続けるぞ」


 椅子に腰を下ろすと、手紙を再び読みはじめた。


『今は、ハンターギルド幹部・ヴェンドと名乗っています』


『真実を知っているのは、きっとホルスさんと私だけです』


『私は何か関係があると思います』


 ホルスさんが険しい表情で言う。


「オーガス……」


(さっきも出てきた、軍神ライゼルの側近の名前……)


 手紙は、まだ続く。


『あと、私は城の商人として潜り込んでいますが』


『残念ながら、会うことはできません』


『素性が割れると色々困るので』


『動き方は、あの作戦通りで大丈夫です』


『ハンターギルド、商人、王』


『順番に、気をつけて』


『お二人の健闘を祈っています』


 そこまでで、手紙は終わっていた。



「……だそうだ」


 ホルスさんが、紙をそっと畳む。


「誰ですか、オーガスさんって」


 抑えきれずに聞いた。


「ライゼルのところにいた時、側近の一人がいた」


 ホルスさんは、天井を一度見てから、僕に視線を戻した。


「名前はオーガス」


「優秀なキレ者だった」


「王に戦術、陣形、他国の情勢なんかも教えていたはずだ」


 少し懐かしむような声になる。


「参謀というに相応しいやつだった」


「ただ、表にはなかなか出ていないから、知る者はそう多くないがな」


「でも──」


 そこで、言葉の色が変わった。


「俺とホップ以外の生き残りがいたのは、初耳だ」


「確か、王族諸共、家臣や側近も……」


「そうだ」


 ホルスさんの声が低くなる。


「全員殺されたと聞いていた」


「何かあるのか、でもあのオーガスが……」


「ホルスさんが、その人と直接話すのは……ダメなんですか?」


「……それはダメだ、今はオーガスを信じる訳にはいかねぇ」


「それどころか、引っかかる」


 ホルスさんが、フライをまっすぐ見る。


「まず、参謀がなぜ生き残れる?」


「サラーム国としては、参謀なんて生かしておくのはもってのほかだ」


「絶対、何があっても始末するだろ」


「たしかに……」


 フライの背筋に、冷たいものが走った。


「城が攻められた時、たまたま城の中にいなかったなんてことがあるか?」


「おかしいだろ」


「しかも、あの時あいつは必ず城にいた、あいつの助言で俺は……」


 ホルスさんが、ぽつりと言う。


「とにかく、俺は、アイツに何かあると睨んでる」


「でも、俺はあいつが裏切ったなんて考えたくねぇし、考えられねぇ」


「だからこそ、バレるわけにはいかねぇ」


「真実を知るまではな」


「幸い、俺は今戦死したことになってる」


 そこまで言うと、ホルスさんは息を吐いた。


「フライ」


「……はい」


「そこで、お前だ」


 ホルスさんが、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「俺の顔は、王都で割れてる」


「下手に動けば、すぐに噂になる」


「だから──」


「目立たない新人ハンターとして、お前にギルドに潜ってきてほしい」


 ホルスさんが、まっすぐ僕を見た。


「ファラと会えれば、色々今のギルドの状況を教えてくれるかもしれねぇ」


「オーガスのことも、何か分かるかもしれん」


 ホルスさんが真剣な目で言う。


「頼めるか?」


 不安は、ある。


 ハンターギルドは、何か大きな陰謀が動いているかもしれない場所でもあって。

 そこに、一人で踏み込むのは正直怖い。


 けれど──


(ここまで来た)


(ホップを助けたいって、何度も思って)


「……行きます」


 僕は、しっかりと頷いた。


「不安ですけど」


「ファラさんに、もう一度会いに行ってきます」


「そうか」


 ホルスさんの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。


「助かる」


「バルダン王との密会は、その件をある程度調べ終わってからにする」


「どれも中途半端じゃ意味がねぇ」


「……それにしても、オーガスか」


 再び、その名を口にする。


「どんな人だったんですか?」


「一言で言えば、賢いだな」


 ホルスさんが、遠くを見る目をした。


「ライゼルに戦術を教え」


「各国の情勢をまとめていた」


「俺たちから見れば、智のオーガスだった」


「ただ、目立つ行動は取っていない。あくまで自分は影の存在として動いていたって印象だった」


「賢いからなんらかの方法で生き残ったってことは──」


 僕は、そう言いかけて──

 ホルスさんの表情を見て、言葉を止めた。


「……本当に、そうか?」


「あの、オーガスが自分だけ生き残って、ライゼルに何の悪びれもなく、ガルディアで名前を変えて生きている」


「なぜそこでコソコソ名前を変えて生きるんだ、バルダン王に報告もしないで」


「それにあいつは家族もいたはずだ、名前を変えたってことは、その家族を捨ててるってことか?」


 ホルスさんは、首を横に振る。


「いや、昔を知る俺からしたらありえねぇ」


「あいつはライゼルを慕っていた、家族も大事にする奴だった」


 フライは、背中に冷たい汗を感じた。


「そのオーガスさんは、顔はバレていないんでしょうか?」


 ホルスさんが言う。


「バルダン王は知っているかもしれんが、俺と違ってそこまで表に出る存在じゃなかった」


「それに、戦死したと思っているはずだ、多分見ても気付かないだろうな」


「テュリップさんは、よくそこまで突き止めましたね」


 僕は首を傾げて聞いた。


「テュリップだからとしか言えねぇな、あいつの情報網は想像を越える」


「あいつだけは正直ホップの正体も薄々知ってた可能性もあるな、なんせ顔が多すぎる」


 ホルスさんは、指を折って数えながら言う。


「王家付きの商人」


「ギルドと取引する商人」


「各街の貴族と取引する商人」


「そして、ただの流れの商人」


「まだまだあるはずだ」


「テュリップさん、すごいですね」


 素直に驚いた顔をした。


「村の人間で、世界に一番近いのはあいつだ」


「とにかく……明日から動くぞ」


「はい」


 ホルスさんが、椅子から立ち上がる。


「じゃあ俺はそろそろ戻る」


 僕は、静かに頷いた。


 窓の外には、ガルディアの夜の灯りがぽつぽつと灯り始めている。


「待ってて、ホップ……」


 フライは、拳をぎゅっと握りしめる。


(絶対、辿り着く)


(ちゃんと、ホップのところまで)


 これがガルディアでの最初の夜だった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

ガルディアでの行動が始まります。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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