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ドラゴンテイム 〜モンスターと心を結ぶテイマーの物語〜  作者: エフピー
第二章 ガルディア救出編

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第三十話 平野の噂

「ここから先が、ガルディアの本体だ」


 ホルスさんが、軽く伸びをしながら言う。


 そのとき、橋の出口に鎧姿の兵士が目に入った。


 槍を立てかけ、周囲を見張っている。


「あれ……警備兵?」


「最近は、この辺りまで見張りを置くようになったんだな」


 ホルスさんが、呟く。


「昔はいなかったんですか?」


「ああ」


「そもそも、ここから王都までは比較的安全だったからな」


 そんな会話をしていると、その兵士がこちらに気づいた。


「おーい」


 槍を軽く振って、近づいてくる。


 それに気がつくと、ホルスさんはフードを深くかぶった。


「橋の向こうから来たのか?」


「はい」


 僕が答える前に、兵士が僕らをじろりと見た。


「商人ではないな」


「荷物の感じからして……ハンターか?」


「いえ、旅の途中で」


 兵士の目が、少しだけ鋭くなった。


「じゃあ、ここからトックの街まで行くのか?」


「トック……?」


 聞き覚えのない名前に、思わず首をかしげる。


 兵士は続けた。


「なんだ、知らないのか」


「トックは、この先にある街だ」


「戦の時には前線拠点にもなる、ガルディアにとっての要所だな」


 ホルスさんが、小さく頷く。


「橋からは、徒歩三日ほどってところだ」


 兵士が遠くの平野を指差す。


「そのまま街道を行けば、迷うこともない」


「……いや、直接ガルディアに向かうつもりだ」


 ホルスさんが、うつむいたまま言う。


「直接?」


 兵士が目を丸くする。


「そりゃ、構わないけど、危険だな」


「承知の上だ」


 ホルスさんが、きっぱりと答えた。


「そうか」


 兵士は、一度だけ小さくため息をついた。


「まぁいい、どのみち伝えなきゃいけないことは同じだ」


「この先トック周辺に、赤目のモンスターの目撃情報が多発している」


(赤目、やはり出ているのか)


 器でパディットの声が響く。


 兵士が続ける。


「街の中は、まだ安全だが、周囲には気をつけろ」


「……赤目、なぜ平野にそんなものが出ているんだ?」


 ホルスさんが兵士に聞く。


「それが、わからんのさ」


「まぁ、とにかく気を付けてくれ」


 兵士が、最後にそう言った。


「トックに寄るにしろ、寄らないにしろ、ここから先は危険ってことだけは覚えとけ」


「……分かった、ありがとう」


 ホルスさんが、短く礼を言う。


「気をつけてな」


 兵士が、軽く槍を掲げて見送ってくれた。



 しばらく黙って歩いたあとで、僕は口を開いた。


「赤目、どっから出ているんでしょうね?」


「わからんが、この先出会うかもしれない」


「気配の探知をしっかりな」


「はい」


 ホルスさんが、前を向いたまま答える。


「ただ、ガルディア地方はな」


「本来なら、強いモンスターなんてそうそう出てこねぇ場所なんだ」


「どうしてなんですか?」


「それはだな⸻」


 少しだけ、昔を振り返るような口調になった。


「ガルディアには、王直属の騎士団がいる」


「大型モンスターが出たって話が上がれば、すぐに騎士団が出ていって殲滅するのが、普通だ」


「だから、平野を強いモンスターがうろつくなんてことは……まず、ありえねぇ」


 ホルスさんの顔に、険しさが増す。


「騎士団の手が回ってないってことですか?」


 僕は首を傾げて聞く。


「そうかもしれねぇな」


「それか、騎士団が出られない理由があるのか」


「やはり、城で何か動きがあるのはほぼ確実だ」


「橋の砦の兵士も、最近モンスターが増えたって言ってたしな」


「どこも余裕がねぇってことなんだろう」


「あいつらの代わりにってわけじゃねぇが」


「せめて、トックの外側くらいは、ちょっとでも安全にしてってやりてぇな」


「……そうですね」


 僕は気配の探知に集中した。


 平野に伸びる立派な街道をちらりと見た。


 そして⸻


「じゃあ、いつも通り」


 街道から少し外れた、草の多い脇道へ足を踏み出す。


「道なき道ですね」


「そういうこった」


 ホルスさんが、肩の荷物を持ち直す。



 そうして始まった、ガルディア平野一日目の道のりは、拍子抜けするほど静かだった。


 器に流れてくる気配に従って進路を少し変えると、小さなモンスターの群れを何度か遠巻きに見るだけで済んだ。


 そして、夕方。


 僕は、周囲の気配を探る。


「この先、少し高くなった岩場があります」


 僕は、方向を指差しながらホルスさんに伝えた。


「周りにモンスターも、今のところはいないです」


「行ってみるか」


 ホルスさんが頷く。


 少し登ると、草地の中にぽつんと飛び出した岩が、いくつか並んでいた。


 風をしのげる窪みがいくつかある。


「悪くねぇな」


 ホルスさんが、周囲を見渡す。


「ここを、今日の寝床にするか」


 僕は簡単な焚き火台を作り、火を起こす。


 干し肉と乾パンを少しだけ温めて、スープ代わりにお湯に溶かす。


 ムーは、焚き火のそばで小さくなって、ほんの少しだけ身体を温めていた。


(ぷるぷる、あったかいのん……)


 平野一日目の夜。


 焚き火の火が、静かにはぜる。


 スープ代わりの薄い湯気をすすりながら、ホルスさんがぽつりと言った。


「……やっぱり、引っかかるな」


「橋の兵士さんの言葉、ですか?」


「ああ」


 ホルスさんは、焚き火の向こうの闇をじっと見つめていた。


「モンスターが増えているって話しがな」


 声の調子が、どこか遠くを見るようなものに変わる。


「昔も、森や山にはそりゃそこそこいたし平野もゼロじゃない」


「ただ、城の騎士団や、腕利きのハンターによって、だいたい片付けられてたはずだ」


 枝を一本、火にくべる。


「最近増えたとかって」


 ホルスさんが、静かに頷く。


「俺たちは街道を使ってねぇからな」


「この脇道でモンスターと遭遇するのは、まぁ分かる」


「けど、トックの街の周辺にまで出るってのは……」


 ホルスさんが、僕を見る。


「明日、トックには寄れねぇが、その周辺は嫌でも通ることにはなる」


「……はい」


 ホルスさんの目は真剣だった。


「やべぇのがいたら討伐する」


「赤目なら尚更だ」


「あの街が襲われるのは、ダメだ」


「……」


「前線拠点でもある街だからな」


 僕は静かにホルスさんの話を聞く。


「もし、あの街が落とされたら、他国が攻めた場合、ガルディアの中に入るのが一気に楽になる」


「だから、本来は城側が必死で守ってる場所なんだ」


「……危険は承知の上で、なるべく叩いていきたい」


「明日から先は、いつ出てきて戦闘になってもおかしくねぇってつもりで行くぞ」


「わかりました」


 星の明かりが、静かに平野を照らしている。


 こうして、ガルディア平野一日目の夜は、小さな不安を残したまま、更けていった。



 翌朝。


 まだ空が暗いうちに、僕たちは野営の跡を片づけた。


 焚き火の灰を土でしっかりとかき混ぜ、踏みならす。


「……よし、行くぞ」


 ホルスさんが荷物を背負い直す。


 ガルディアの方角へ歩き出す。


 辺りが明るくなるくらいまで歩いた。


 すると、ホルスさんが少しだけ歩幅をゆるめる。


「そもそもな」


 前を向いたまま話し始めた。


「ガルディア周辺にモンスターが出る理由は、だいたい決まってる」


「理由……?」


「もっと東に、少し高い丘みたいな場所がある」


「かつてそこにライゼル城が建っていた。今は、ライゼル城跡になっている」


「その城のさらに奥、丘を少し下ったところに、ウルズ大森林って呼ばれてる魔力の溜まる森がある」


「ウルズ……大森林?」


「魔力の高いモンスターがうろうろしてる森だ」


「だから平野の東には、魔力を蓄えた強いモンスターが多い」


「その分、ルミナストーンも取れて、収入源にもなっていた」


 ホルスさんが、空を見上げる。


「要は、本来ならそのモンスターどもが平野側に流れてこないように」


「森の縁で見張りをして、討伐をまとめて引き受けてたのがライゼルと、その騎士団ってわけだ」


「ライゼルが率いる精鋭騎士団が、東からの押し寄せを一手に引き受けてた」


「そこに俺の部隊もあった」


「ガルディアに強いモンスターが来ねぇように、森の側で全部叩き潰してたんだ」


「だから、本来ならこの辺りは安全圏のはずだった」


 ホルスさんが、周囲の平野を見回す。


「……城が落とされるまでは、ですね」


「ああ」


 短い肯定。


「ライゼルが落ちれば、ガルディアにもモンスターがかなり流れ込む」


「本来は、そうなるはずだった」


「だった?」


 僕は首をかしげた。


「最初はライゼル亡き後、ウルズからモンスターが流れてガルディアも大変だったらしい」


「そうなりますよね」


 僕は小さく頷いた。


「だが、王がバルダンに変わった後、ガルディアの治安の安定が急務だとすぐに動いた」


「それが⸻」


「ガルディアのハンターギルドに、バルダンが介入して王勅命のハンターギルドにすることだった」


「王勅命ハンターギルド……」


「王直々の命令で作られた、ハンター専用の施設だ」


「王国の財源から、破格の報酬を出してな」


「それこそ、各地から腕利きのハンターが、賞金目当てで押し寄せるくらいだ」


「……それで、平野の平和を取り戻したんですね」


「ああ、時間はそうかからなかったと聞いている」


 ホルスさんが空を見る。


「王勅命ハンターギルドは、賢い王のやり方だって」


「みんな、口を揃えてそう言ったらしい」


「王都は、人で活気づき、街は賑わい、人の往来は増えた」


「十八年前と比べりゃ、ガルディア周辺は、さらに発展してった」


 ホルスさんが、わずかに眉間にシワを寄せる。


「それが、最近おかしくなってきてる」


「城か、王族か、ハンターギルドか……それとも、全部か」


「歯車が狂い始めてる、ってこった」


 ホルスさんは、前方を見据える。


「王都や城塞都市がおかしくなった原因を、確かめる必要がある」


「ホップのことも含めてな」


「……はい」


 ガルディアそのものが、何かに侵され始めている。


 そんな感覚が、言葉にならない不安として心につっかえた。



 どれくらい歩いただろうか。太陽がだいぶ高く昇った頃。


(フライ……)


 珍しく、クロープの声が響いた。


(結構先に大きいのがいるー……)


(歩いて半日ほど行ったとこー……ZZZ)


 いつもは一日中眠っていることが多いクロープが、わざわざ起きて告げてくる。


 それだけで、相手の強さが分かる。


「……クロープが反応しました」


 僕は足を止め、ホルスさんを見る。


「大きいのがいるって」


「距離は?」


「ここから、半日くらい先の方角だって」


 ホルスさんの顔つきが、険しくなる。


「クロープが言うなら、かなりの強敵だと思います」


「赤目でしょうか?」


「わからん」


「でも、確かめるしかねぇな」


 クロープは村周辺の徒歩一日くらいの範囲なら、気配を察知できる。


 僕を通しても徒歩半日くらいまでなら察知する。


「フライ」


 ホルスさんが、振り返る。


「テイムバンクも視野に入れる」


「はい」


 僕は、杖を握り直した。


 周囲の気配を探知しながら、慎重に進む。



 しばらく進むと、遠くに地面の色が変わっている場所が見えてきた。


「……あれは」


 ホルスさんが、目を細める。


 平野の中にぽっかりと口を開けた、暗い影。


 近づくにつれて、それが大きな沼地だと分かった。


「ああいうとこには、モンスターが集まるもんだ」


「まだ遠くに見えますけど……」


 僕は、目を細めて沼を見つめる。


 水面の向こう側。


 沼地の中に、どろりとした魔力の塊みたいな気配が、ゆっくりと蠢いているのが見えた。


「あそこです。だんだん分かるようになってきました」


 ムーが、小さくささやく。


(沼地なのん……なんか、いやな魔力なのん)


「……行くしかないな」


 ホルスさんが、腰の剣に手をかける。


「トックも近い」


「ここで見過ごせば、流れていくかもしれん」


 僕も、息を整える。


 沼地の縁まで、慎重に足を進めていく。


「……」


 濁った水が割れ、泥にまみれた何かが、ゆっくりと姿を見せる。


「……ドラワム!?」


 ホルスさんが呟いた。


 沼の主ドラワム。


 沼地の中に潜り住む、獲物を狙う時は平野にも出てこれる、大型の地属性モンスター。


 全長は十メートルほど。


 どっしりとした身体が、ぬかるんだ地面に半ば沈みながら、こちらをにらむ。


 確かに、ドラワムの身体からは、濃い魔力の気配が溢れていた。


「ライゼルのところにいた時に、あれと戦闘になったことがある」


 ホルスさんが、視線を遠くへ向ける。


「ブレスが、とにかくやばい」


「魔杖使いの防壁があればまだマシだが、剣術単体で勝てるやつは、そう多くねぇだろうな」


 ドラワムの口が、ぬるりと開くのが見えた。


「ムーの魔法で防壁を貼れねぇか?」


(ムー、防壁は張れそう?)


 するとムーの声が響いた。


(行けるのん)


「張れるそうです」


 僕は、ホルスさんを見る。


 ホルスさんが、口元だけで笑った。


「なら、頼りにさせてもらうぞ、ムー」


(フライとホルスを、まもるのん)


 ドラワムが、ゆっくりと身体を持ち上げる。


「……強敵だ」


 ホルスさんが、一歩前に出る。


「だが、ここで叩かなきゃ、トックの街に被害が出るかもしれねぇ」


 剣に手をかけたまま、ホルスさんが言う。


 僕は、杖を構えた。

読んでくださりありがとうございます。

次話も読んでいただけると嬉しいです。

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